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君の世界は森で華やぐ 〜1〜
世界は華やぐ
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*
リビングでぽつりと座っていた。
目の前には、クッキーの入った紙袋が置かれている。私たちに対する彼の愛情が、すべてそこに詰まってるような気がする。このクッキーを買うとき、彼は確かに私たちのことを大切に考えてくれてた。
「……兄さんは?」
いつの間にか、寛人さんが私の目の前に立っていた。頼りなく眉を下げた彼は、主人を見失った迷い犬みたい。
「帰っちゃった。ごめんなさい」
明敬さんに会いたかっただろう。なかなか会えない兄弟を引き裂く権利は私にはなかったのに。
「なんで謝るの?」
「失望させたの。最後の最後まで期待できない部下だったのよ、私」
「兄さんに謝ればいいのに」
うつむく私の前にしゃがみ込む彼に、髪をそっとなでられる。あまりにも優しい手つきに、胸がつまる。
「ごめんなさい……」
両手で顔を覆って、あふれてくる涙をぬぐった。私より悲しい顔する寛人さんを見たくなかった。
「兄さんと帰ればよかったのに」
「そんなこと言わないで。私は寛人さんと一緒にいたいの」
困り顔の彼の手を握る。
彼も同じだろう。大切な人を思うあまり、たくさんのことをあきらめてきた。
「俺はずっとここで待ってたんだ」
「何を言うの?」
いつも彼は唐突だ。
「何を待ってるのかなんてわからなかった。ただここにいたら、出会える気がしてた」
「私に会いたかった?」
ずいぶんなうぬぼれだ。自覚はある。私はいつだって自信家で、負けず嫌いだった。
だから惹かれる。こんなにも。自信がなくて、優しくて、決して自分の才能にうぬぼれない人に。
「きっと、会いたかった。ストロベリーショートケーキが好きな、女の子に」
「私のこと、知ってた?」
「兄さんがかわいいって言ってた。わがままだけど、かわいいって。どんな子だろうって、こっそりのぞき見したことある。かわいい子だった」
「もうずいぶんと前のことよ」
そう言うと、寛人さんはちょっと笑った。
「そうだね。今はとても綺麗な女性になってる」
「寛人さんが褒めるなんて、変な気分」
「ずっと褒めてるよ」
「うそ」
くすっと笑ってしまう。涙はかわいた。寛人さんは簡単に人を癒す才能に長けてる。
「紺野さんはここへ来てすぐに言ってたね。満ち足りた人生を歩んできたのに、いつも何かが足りない気がしてたって。その足りないものは、見つかった?」
「見つかったわ」
「予感は当たったんだ?」
「私を待ってくれてる人に出会えたの。私ね、寛人さんに会いにここへ導かれたんだと思ってる」
寛人さんの暮らすこの森の家で、私の世界はいつも華やいだ。彼がいてくれると、すべてが明るく色づいた。
彼でなければ、私にこんな世界見せられない。
「ねぇ、寛人さん、あれ……」
急に庭先が賑やかしくなって、私は立ち上がる。鳥のさえずりがリビングにまで聞こえてくる。
「スズメだね」
「助けたスズメかしら」
「さあ、それはどうだろう」
ちょっと見てくる、と駆け出すと、足音に驚いたのか、数羽のスズメは瞬く間に飛び去った。
「ん、もうっ」
ほおをふくらませると、後ろから寛人さんが話しかけてくる。
「ねぇ、ゆかりちゃん」
あんまり自然に呼ぶから、驚いたけど何も言えない。振り返ると、目の前まで来ていた寛人さんが、後ろから優しく抱きしめてくる。
「ここに住んだらいいよ。そうしたら、いつかのスズメにまた会えるから」
【第一話 完】
リビングでぽつりと座っていた。
目の前には、クッキーの入った紙袋が置かれている。私たちに対する彼の愛情が、すべてそこに詰まってるような気がする。このクッキーを買うとき、彼は確かに私たちのことを大切に考えてくれてた。
「……兄さんは?」
いつの間にか、寛人さんが私の目の前に立っていた。頼りなく眉を下げた彼は、主人を見失った迷い犬みたい。
「帰っちゃった。ごめんなさい」
明敬さんに会いたかっただろう。なかなか会えない兄弟を引き裂く権利は私にはなかったのに。
「なんで謝るの?」
「失望させたの。最後の最後まで期待できない部下だったのよ、私」
「兄さんに謝ればいいのに」
うつむく私の前にしゃがみ込む彼に、髪をそっとなでられる。あまりにも優しい手つきに、胸がつまる。
「ごめんなさい……」
両手で顔を覆って、あふれてくる涙をぬぐった。私より悲しい顔する寛人さんを見たくなかった。
「兄さんと帰ればよかったのに」
「そんなこと言わないで。私は寛人さんと一緒にいたいの」
困り顔の彼の手を握る。
彼も同じだろう。大切な人を思うあまり、たくさんのことをあきらめてきた。
「俺はずっとここで待ってたんだ」
「何を言うの?」
いつも彼は唐突だ。
「何を待ってるのかなんてわからなかった。ただここにいたら、出会える気がしてた」
「私に会いたかった?」
ずいぶんなうぬぼれだ。自覚はある。私はいつだって自信家で、負けず嫌いだった。
だから惹かれる。こんなにも。自信がなくて、優しくて、決して自分の才能にうぬぼれない人に。
「きっと、会いたかった。ストロベリーショートケーキが好きな、女の子に」
「私のこと、知ってた?」
「兄さんがかわいいって言ってた。わがままだけど、かわいいって。どんな子だろうって、こっそりのぞき見したことある。かわいい子だった」
「もうずいぶんと前のことよ」
そう言うと、寛人さんはちょっと笑った。
「そうだね。今はとても綺麗な女性になってる」
「寛人さんが褒めるなんて、変な気分」
「ずっと褒めてるよ」
「うそ」
くすっと笑ってしまう。涙はかわいた。寛人さんは簡単に人を癒す才能に長けてる。
「紺野さんはここへ来てすぐに言ってたね。満ち足りた人生を歩んできたのに、いつも何かが足りない気がしてたって。その足りないものは、見つかった?」
「見つかったわ」
「予感は当たったんだ?」
「私を待ってくれてる人に出会えたの。私ね、寛人さんに会いにここへ導かれたんだと思ってる」
寛人さんの暮らすこの森の家で、私の世界はいつも華やいだ。彼がいてくれると、すべてが明るく色づいた。
彼でなければ、私にこんな世界見せられない。
「ねぇ、寛人さん、あれ……」
急に庭先が賑やかしくなって、私は立ち上がる。鳥のさえずりがリビングにまで聞こえてくる。
「スズメだね」
「助けたスズメかしら」
「さあ、それはどうだろう」
ちょっと見てくる、と駆け出すと、足音に驚いたのか、数羽のスズメは瞬く間に飛び去った。
「ん、もうっ」
ほおをふくらませると、後ろから寛人さんが話しかけてくる。
「ねぇ、ゆかりちゃん」
あんまり自然に呼ぶから、驚いたけど何も言えない。振り返ると、目の前まで来ていた寛人さんが、後ろから優しく抱きしめてくる。
「ここに住んだらいいよ。そうしたら、いつかのスズメにまた会えるから」
【第一話 完】
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