君の世界は森で華やぐ

水城ひさぎ

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君の世界は森で華やぐ 〜1〜

世界は華やぐ

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 リビングでぽつりと座っていた。
 目の前には、クッキーの入った紙袋が置かれている。私たちに対する彼の愛情が、すべてそこに詰まってるような気がする。このクッキーを買うとき、彼は確かに私たちのことを大切に考えてくれてた。

「……兄さんは?」

 いつの間にか、寛人さんが私の目の前に立っていた。頼りなく眉を下げた彼は、主人を見失った迷い犬みたい。

「帰っちゃった。ごめんなさい」

 明敬さんに会いたかっただろう。なかなか会えない兄弟を引き裂く権利は私にはなかったのに。

「なんで謝るの?」
「失望させたの。最後の最後まで期待できない部下だったのよ、私」
「兄さんに謝ればいいのに」

 うつむく私の前にしゃがみ込む彼に、髪をそっとなでられる。あまりにも優しい手つきに、胸がつまる。

「ごめんなさい……」

 両手で顔を覆って、あふれてくる涙をぬぐった。私より悲しい顔する寛人さんを見たくなかった。

「兄さんと帰ればよかったのに」
「そんなこと言わないで。私は寛人さんと一緒にいたいの」

 困り顔の彼の手を握る。

 彼も同じだろう。大切な人を思うあまり、たくさんのことをあきらめてきた。

「俺はずっとここで待ってたんだ」
「何を言うの?」

 いつも彼は唐突だ。

「何を待ってるのかなんてわからなかった。ただここにいたら、出会える気がしてた」
「私に会いたかった?」

 ずいぶんなうぬぼれだ。自覚はある。私はいつだって自信家で、負けず嫌いだった。
 だから惹かれる。こんなにも。自信がなくて、優しくて、決して自分の才能にうぬぼれない人に。

「きっと、会いたかった。ストロベリーショートケーキが好きな、女の子に」
「私のこと、知ってた?」
「兄さんがかわいいって言ってた。わがままだけど、かわいいって。どんな子だろうって、こっそりのぞき見したことある。かわいい子だった」
「もうずいぶんと前のことよ」

 そう言うと、寛人さんはちょっと笑った。

「そうだね。今はとても綺麗な女性になってる」
「寛人さんが褒めるなんて、変な気分」
「ずっと褒めてるよ」
「うそ」

 くすっと笑ってしまう。涙はかわいた。寛人さんは簡単に人を癒す才能に長けてる。

「紺野さんはここへ来てすぐに言ってたね。満ち足りた人生を歩んできたのに、いつも何かが足りない気がしてたって。その足りないものは、見つかった?」
「見つかったわ」
「予感は当たったんだ?」
「私を待ってくれてる人に出会えたの。私ね、寛人さんに会いにここへ導かれたんだと思ってる」

 寛人さんの暮らすこの森の家で、私の世界はいつも華やいだ。彼がいてくれると、すべてが明るく色づいた。

 彼でなければ、私にこんな世界見せられない。

「ねぇ、寛人さん、あれ……」

 急に庭先が賑やかしくなって、私は立ち上がる。鳥のさえずりがリビングにまで聞こえてくる。

「スズメだね」
「助けたスズメかしら」
「さあ、それはどうだろう」

 ちょっと見てくる、と駆け出すと、足音に驚いたのか、数羽のスズメは瞬く間に飛び去った。

「ん、もうっ」

 ほおをふくらませると、後ろから寛人さんが話しかけてくる。

「ねぇ、ゆかりちゃん」

 あんまり自然に呼ぶから、驚いたけど何も言えない。振り返ると、目の前まで来ていた寛人さんが、後ろから優しく抱きしめてくる。

「ここに住んだらいいよ。そうしたら、いつかのスズメにまた会えるから」






【第一話 完】
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