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君の世界は森で華やぐ 〜2〜
空の秘密 3
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*
「よかったの? 寛人さん。海の虹、小野寺さんにお譲りして」
海の虹を買い取りたいと願った小野寺は、空さんをギャラリー・シエルで雇うと約束した。
交渉は早かった。もしかしたら、小野寺はすでに空さんをギャラリストとして迎え入れる準備をしていたのかもしれないと思うほど。
空さんの提示した条件が、迷う気持ちを後押ししたのだろう。
「好きにしていいって言ったよ」
「うん。この家に眠ってるより、ギャラリーに飾られてる方がいいと思うから、私に後悔はないの」
買い手がつけば、もう見ることも叶わない絵画になるかもしれないけれど、しばらくはギャラリーに行けば見られるだろう。あの絵画に倉庫部屋は似合わない。明るい場所でこそ、その魅力を発揮するだろう。
「ゆかりちゃんがそう言うなら、それが正しいと思うよ」
「寛人さんが、あのふたりを結びつけたのね」
「大げさだよ」
「大げさじゃないわ。……実はね、小野寺さんと空さん、親子だったの」
不倫してるなんて騒いでしまって恥ずかしい。赤らむほおに手をあてると、寛人さんがおかしそうに笑んで、私を見下ろす。
「知ってたよ」
「えっ!」
驚く私を見て、彼はくすくす笑う。知ってて黙ってるなんて、本当にいたずらっ子だ。
「シエルの意味、知ってる?」
彼は唐突にそう言う。
「知らないわ。どういう意味なの?」
「フランス語で、天空だよ」
「天空……? 天と空。天秀さんと空さんっ?」
ようやく気づいた? と、ふふっと笑う寛人さんは、縁側に腰かけて、茜色に染まる空を見上げる。
「すごいわっ、寛人さん。お店の名前だけで、ふたりが親子だってわかるなんて」
彼の前に立って、両手を握る。
「小野寺さんがそう言ってたしね」
「言ってた?」
感極まる私に水を差した彼は、きょとんとする私を、またもや笑う。
「うん。娘の空が何回か訪ねてきたようで申し訳ないって謝ってたよ」
「なーに、それ」
「怒った?」
「怒らないけど……」
「よかった」
安堵したようにふんわりとほほえんだ彼は、つないだ私の手を優しく引く。
自然とお互いに歩み寄るように顔を寄せて、唇を重ねる。触れ合って、安心するみたいに。
「ゆかりちゃん、返事は? ずっと待ってる」
唇が離れると、彼は囁くようにそう言った。
「返事って、なんの?」
何か、相談されてた? と首をひねると、彼は頼りなげに眉をさげた。ちょっとすねてるみたいにも見える。
「ここにずっと住んだらいいのにって言ってるのに、何も言わないから」
「あっ、それはー」
返事を必要としてるなんて、気づいてなかった。
「今夜は泊まる?」
「あ、うん」
ほおが赤らむのを自覚しながら、うなずく。
「明日も」
「……うん」
「その次も?」
「うん、ずっといる」
そう言ったら、彼はもう何も尋ねてこないで、腕の中に私を閉じ込めた。
「あ、ねー、寛人さん。空さんね、新しく書いてる絵画も見せてほしいって」
「それは、だめ」
「だめなの? どうして?」
腕の中から、寛人さんを見上げる。離れたりしないのに、彼は逃さないとばかりに私を抱き寄せる。
「俺だけのものにしておきたいから」
「そんなに大切なものを描いてるの?」
「ゆかりちゃん」
「何?」
「ゆかりちゃんを描いてる」
「私……?」
「うん、世界で一番好きな人だから、誰にも見せてあげないよ」
【第二話 完】
「よかったの? 寛人さん。海の虹、小野寺さんにお譲りして」
海の虹を買い取りたいと願った小野寺は、空さんをギャラリー・シエルで雇うと約束した。
交渉は早かった。もしかしたら、小野寺はすでに空さんをギャラリストとして迎え入れる準備をしていたのかもしれないと思うほど。
空さんの提示した条件が、迷う気持ちを後押ししたのだろう。
「好きにしていいって言ったよ」
「うん。この家に眠ってるより、ギャラリーに飾られてる方がいいと思うから、私に後悔はないの」
買い手がつけば、もう見ることも叶わない絵画になるかもしれないけれど、しばらくはギャラリーに行けば見られるだろう。あの絵画に倉庫部屋は似合わない。明るい場所でこそ、その魅力を発揮するだろう。
「ゆかりちゃんがそう言うなら、それが正しいと思うよ」
「寛人さんが、あのふたりを結びつけたのね」
「大げさだよ」
「大げさじゃないわ。……実はね、小野寺さんと空さん、親子だったの」
不倫してるなんて騒いでしまって恥ずかしい。赤らむほおに手をあてると、寛人さんがおかしそうに笑んで、私を見下ろす。
「知ってたよ」
「えっ!」
驚く私を見て、彼はくすくす笑う。知ってて黙ってるなんて、本当にいたずらっ子だ。
「シエルの意味、知ってる?」
彼は唐突にそう言う。
「知らないわ。どういう意味なの?」
「フランス語で、天空だよ」
「天空……? 天と空。天秀さんと空さんっ?」
ようやく気づいた? と、ふふっと笑う寛人さんは、縁側に腰かけて、茜色に染まる空を見上げる。
「すごいわっ、寛人さん。お店の名前だけで、ふたりが親子だってわかるなんて」
彼の前に立って、両手を握る。
「小野寺さんがそう言ってたしね」
「言ってた?」
感極まる私に水を差した彼は、きょとんとする私を、またもや笑う。
「うん。娘の空が何回か訪ねてきたようで申し訳ないって謝ってたよ」
「なーに、それ」
「怒った?」
「怒らないけど……」
「よかった」
安堵したようにふんわりとほほえんだ彼は、つないだ私の手を優しく引く。
自然とお互いに歩み寄るように顔を寄せて、唇を重ねる。触れ合って、安心するみたいに。
「ゆかりちゃん、返事は? ずっと待ってる」
唇が離れると、彼は囁くようにそう言った。
「返事って、なんの?」
何か、相談されてた? と首をひねると、彼は頼りなげに眉をさげた。ちょっとすねてるみたいにも見える。
「ここにずっと住んだらいいのにって言ってるのに、何も言わないから」
「あっ、それはー」
返事を必要としてるなんて、気づいてなかった。
「今夜は泊まる?」
「あ、うん」
ほおが赤らむのを自覚しながら、うなずく。
「明日も」
「……うん」
「その次も?」
「うん、ずっといる」
そう言ったら、彼はもう何も尋ねてこないで、腕の中に私を閉じ込めた。
「あ、ねー、寛人さん。空さんね、新しく書いてる絵画も見せてほしいって」
「それは、だめ」
「だめなの? どうして?」
腕の中から、寛人さんを見上げる。離れたりしないのに、彼は逃さないとばかりに私を抱き寄せる。
「俺だけのものにしておきたいから」
「そんなに大切なものを描いてるの?」
「ゆかりちゃん」
「何?」
「ゆかりちゃんを描いてる」
「私……?」
「うん、世界で一番好きな人だから、誰にも見せてあげないよ」
【第二話 完】
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