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元彼は記憶喪失
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光莉は誘いを断ることもできたが、拓海との再会をこのまま手放したら心残りになる気がして承諾した。
そして、連れていかれたのは、アパートから程近い雑居ビルの2階に入る、『シオン』という名のバーだった。
ひっそりと目立たない外観から受ける印象は、繁華街にある華やかなバーと違って、住宅街の片隅に間借りした、常連客ばかりが集うお店のようだ。
拓海が友人とたわいない話をするためにたびたび訪れているというなら、納得できる店構えに見える。
アルファベットで店名が表記された、控えめでしゃれた電飾看板を横目に、拓海の背中を追って店内に入る。
入り口からは店内すべてが見渡せた。右手にあるバーカウンターは5席、左手のソファー席は4つあって、全部で20席ほどだ。想像通り、店内は落ち着いた雰囲気。まだ開店したばかりだろうか、先客はたったの二人だった。
「いらっしゃい、拓海くん」
バーカウンターの奥に立つ青年が笑顔で出迎えてくれる。光莉より年上に見えるその青年の隣には、優しそうな若い女性がひかえている。
カウンターに歩み寄る拓海は、背の高い青年が店長の基哉で、ポニーテールが似合う女性を基哉の妹の千華だと紹介し、兄妹ふたりでバーを経営しているのだと教えてくれた。
基哉は笑うと目尻にしわの入る色男で、千華はかわいいと美しいが共存する正統派美人。見目麗しい彼らの接客を楽しみに来店する客も多いだろうと思わせる、美男美女の兄妹だ。
「珍しいね、拓海くんが一人じゃないなんて」
カウンター席に着くと、早速、基哉は光莉に興味を見せた。
「珍しいですか……」
拓海はどこか浮かない様子で、頼りなげにつぶやく。
「うん。珍しいっていうより、はじめてじゃないかな? どういうご関係?」
尋ねられると、拓海は薄く何度か口を開いては閉じた。何か言うのを迷っているみたいだ。
その間に注文を取りに来た千華に、光莉は拓海がいつも何を頼むのか尋ね、一杯目は必ずジントニックだと知ると、同じものを注文した。
カクテルを作るのは基哉だ。そのフォローのため、千華は手際よく彼の周囲を動き回る。まさに、あうんの呼吸というのだろう。基哉が求めるものを、黒子さながら先回りして用意する。兄妹だからこそ成せる技を見せつけられているようだ。
年に数回、光莉は仕事で日本に来ているが、こんなにストレスを感じない接客を見るのは久しぶりだ。気遣い屋の拓海が常連なのもうなずける気がした。
ジントニックが出来上がる頃には、夕食をまだ食べていないという光莉に千華がおすすめしてくれたサンドイッチも運ばれてきた。メニューのないお店だが、フードを作るのは彼女の担当のようだ。
「実は……、彼女は俺の過去を知る人なんだ」
ジントニックをひと口飲むと、お酒の力を借りたのか、ようやく拓海は口を開いた。
過去を知る? さすがに別れた恋人だとは言えないまでも、やけに意味深な言い方をするのだと、光莉は意外に思って、深刻な彼の横顔を無言で見つめる。
「というと?」
基哉が先を促すように尋ねる。
「彼女の顔を見たとき、自然と名前が出てきた。覚えてたんだって、驚いたよ」
「へえ。そんなこともあるんだ」
感心げに基哉はつぶやいたが、すぐさま何か思いついたような表情をした。
「もしかして、小中の知り合い?」
そして、連れていかれたのは、アパートから程近い雑居ビルの2階に入る、『シオン』という名のバーだった。
ひっそりと目立たない外観から受ける印象は、繁華街にある華やかなバーと違って、住宅街の片隅に間借りした、常連客ばかりが集うお店のようだ。
拓海が友人とたわいない話をするためにたびたび訪れているというなら、納得できる店構えに見える。
アルファベットで店名が表記された、控えめでしゃれた電飾看板を横目に、拓海の背中を追って店内に入る。
入り口からは店内すべてが見渡せた。右手にあるバーカウンターは5席、左手のソファー席は4つあって、全部で20席ほどだ。想像通り、店内は落ち着いた雰囲気。まだ開店したばかりだろうか、先客はたったの二人だった。
「いらっしゃい、拓海くん」
バーカウンターの奥に立つ青年が笑顔で出迎えてくれる。光莉より年上に見えるその青年の隣には、優しそうな若い女性がひかえている。
カウンターに歩み寄る拓海は、背の高い青年が店長の基哉で、ポニーテールが似合う女性を基哉の妹の千華だと紹介し、兄妹ふたりでバーを経営しているのだと教えてくれた。
基哉は笑うと目尻にしわの入る色男で、千華はかわいいと美しいが共存する正統派美人。見目麗しい彼らの接客を楽しみに来店する客も多いだろうと思わせる、美男美女の兄妹だ。
「珍しいね、拓海くんが一人じゃないなんて」
カウンター席に着くと、早速、基哉は光莉に興味を見せた。
「珍しいですか……」
拓海はどこか浮かない様子で、頼りなげにつぶやく。
「うん。珍しいっていうより、はじめてじゃないかな? どういうご関係?」
尋ねられると、拓海は薄く何度か口を開いては閉じた。何か言うのを迷っているみたいだ。
その間に注文を取りに来た千華に、光莉は拓海がいつも何を頼むのか尋ね、一杯目は必ずジントニックだと知ると、同じものを注文した。
カクテルを作るのは基哉だ。そのフォローのため、千華は手際よく彼の周囲を動き回る。まさに、あうんの呼吸というのだろう。基哉が求めるものを、黒子さながら先回りして用意する。兄妹だからこそ成せる技を見せつけられているようだ。
年に数回、光莉は仕事で日本に来ているが、こんなにストレスを感じない接客を見るのは久しぶりだ。気遣い屋の拓海が常連なのもうなずける気がした。
ジントニックが出来上がる頃には、夕食をまだ食べていないという光莉に千華がおすすめしてくれたサンドイッチも運ばれてきた。メニューのないお店だが、フードを作るのは彼女の担当のようだ。
「実は……、彼女は俺の過去を知る人なんだ」
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過去を知る? さすがに別れた恋人だとは言えないまでも、やけに意味深な言い方をするのだと、光莉は意外に思って、深刻な彼の横顔を無言で見つめる。
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「彼女の顔を見たとき、自然と名前が出てきた。覚えてたんだって、驚いたよ」
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