記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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元彼は記憶喪失

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 駐車場を出た光莉は、突然暗がりからひょいと現れた人影に驚いて、思わずあげそうになった声をかろうじて飲み込んだ。

 人影はすぐに街灯の下にさらされた。若い男の人だった。光莉は彼の顔を見るなり、ますます息を飲んだ。

 青年はどこか戸惑うような表情でこちらを見ている。光莉も同じで、動揺は隠せない。まさか、こんなところで彼に出会うとは思っていなかった。

本田ほんだ……光莉?」

 戸惑いをあらわに、彼は確かめるように言った。

月島つきしま拓海たくみくんだよね? 高校以来だね、久しぶり」

 光莉は心を落ち着けると、わざとらしく明るく振る舞うように手を振った。

 月島拓海は高校時代の同級生で、元彼だ。付き合っていたのは短い期間だったが、彼ほど好きになった男の人は今でもいないと断言できるほど、光莉は彼が好きだった。

「覚えてるんだ……」

 拓海はなぜか、ぼう然とつぶやく。

「覚えてるよ。当たり前じゃない」
「あ……、そういう意味じゃないんだ」

 彼は困り顔で後ろ頭に手を置くと、気まずそうな表情をして、ちらりと視線を理乃のアパートの方へ向けた。

「さっきの女の人、だれ?」

 何か、ごまかされた気がした。しかし、光莉も同様に、理乃の行方がわからない今は、たとえ相手が元彼であったとしても、素直にすべてをさらけ出してはいけないと思った。

「もしかして、見られてた?」
「たまたま。前通ったら、もめる声がしたから。大丈夫かなって、つい」

 ポストの前でのやりとりの一部始終を、どうやら拓海は見ていたようだ。光莉のほおを心配そうに見つめる。

「あー、大丈夫。びっくりするよね」

 わずかにジンジンと痛むほおを押さえて、あっけらかんと笑ってみせる。

「こんなこと言っていいのかわかんないけどさ、不倫とかなんとか聞こえたけど」

 彼は半信半疑な様子で遠慮がちに言う。

「そんなことまで聞こえた? 不倫相手の奥さんに殴られるなんて経験、私はじめてだよ」

 どうやら、松村理乃の名前までは聞き取れなかったようだ。不倫したのは光莉だと、信じ切った様子で、彼はますます心配そうにした。

「よく通るの? この道」

 理乃の手がかりを少しでも見つけたくて、尋ねる。

「ああ、うん。俺のアパート、隣だから」

 拓海はそう言って、右手にあるアパートを指差す。

 そこには、理乃のアパートとまったく同じ外観のアパートが並ぶように建っていた。同じ系列のアパートだろうか。

「隣に住んでるんだ?」
「俺も知らなかったよ、光莉が隣に住んでるなんて」

 拓海はやはり誤解している。理乃が住んでることを知らないのだろう。しかし、理乃はどうだろう。彼が隣のアパートに暮らしてると知っていて、ここに引っ越してきたのだろうか。

「拓海はここに住んで何年?」

 そう尋ねると、拓海は奇妙に表情を歪めた。

「あっ、ごめん。拓海なんて呼び捨て、なれなれしいよね」
「あ……、いや、そういうんじゃないんだ。……うまく言えないけど」

 彼は苦しげに目をそらし、「拓海でいい」とつぶやき、続ける。

「俺が引っ越してきたのは、先月。まだ一ヶ月も住んでない」
「そうだったんだ」

 じゃあ、理乃とは無関係か。

「これからどこか行く予定?」

 拓海は真っ暗な空を見上げて、探るように尋ねてくる。不倫相手に会いに行くんじゃないかと気になっているみたいだ。

「拓海は?」
「俺は夜食買って、コンビニから戻ってきたとこ」

 そう言って、控えめに弁当の入ったレジ袋を持ち上げる。

「あ、そっか。今日は日曜日だもんね。明日から仕事? 日曜日ぐらい手抜きしたいよね」

 拓海は苦笑する。日曜日じゃなくても手抜きしてるんだろう。すぐに情けない顔になる。

「仕事はずっと休んでるんだ」
「ずっと? 体調、良くないの?」

 元気そうに見えるし、休んでる間に引っ越したのだろうか。どういうことだろう。

 聞けば聞くほど疑問が湧いてきて、話題にキリがない。彼もそう感じたのか、おずおずと切り出す。

「来月には復帰する予定なんだけどさ……、あ、あのさ、光莉、立ち話もなんだから、近くに知り合いのバーがあるから、そこで話さないか?」
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