記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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元彼は記憶喪失

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『家賃を滞納した理乃と連絡が取れなくなったらしい』

 理乃の暮らすアパートの大家から、ロサンゼルスで生活する父に国際電話がかかってきたのは、先週のことだった。どうやら、父は理乃の保証人になっていたらしい。

 苦悩する父からそう聞かされた光莉は、急きょ、仕事をキャンセルして日本へやってきた。それには理由がある。

 光莉と理乃は異母姉妹だ。だけれど、最後に会ったのは、もう10年以上前になる。

 その間、父が理乃と連絡を取り合っていたのかどうかは聞いていない。母は理乃の話を極端に嫌う人だったし、光莉だって彼女に対してあまりいい感情は持っていない。

 それでも、光莉には気になることがあった。ひと月ほど前、差出人不明のメールが仕事用のアドレスに届いた。

 そのメールには『助けて』と、たったひとことだけ添えられていた。何かの間違いか、いたずらだろう。そのときはそう思ってすぐに忘れてしまったが、理乃が行方不明になったと聞かされた今、ふたたび、あのメールを開いていた。

 rino0506@……

 メールアドレスを確認した光莉は、5月6日が理乃の誕生日だということを思い出した。

『私は5月6日生まれ。光莉より先に生まれたから、私がお姉さん』

 居丈高に仁王立ちした理乃はそう言って、萎縮する光莉に憎悪の目を向けた。当時、小学6年だった光莉が覚えた恐怖は、今でもなお、忘れられずに残っている。

 しかし、理乃は異母姉だ。もし、彼女が何かのトラブルに巻き込まれ、光莉に助けを求めたのだとしたら……。そう思うと、居ても立っても居られず、父の代わりに日本へ行かせてほしいと申し出ていた。

 光莉は集合ポストの中をのぞいた。下の方にハガキや封筒がいくつも折り重なっているのが見えた。何日も留守にしているのだろう。

 もし、メールが来た日から帰宅できていないのだとしたら、ひと月分の郵便物が入っているはずだ。そう言われたら、納得できるような量にも見える。

 理乃は不倫相手と一緒にいるんだろうか。だから、奥さんである彼女がこのアパートに来たのか。疑問は尽きない。会社には出勤してるのだろうか。そうだとしたら、奥さんから不倫をバラされ、居心地の悪い思いをしているだろう。

 しかし、光莉の知る理乃は気の強い女性だ。何食わぬ顔で出勤している可能性もある。

 実際、不倫していると聞かされても、人違いだとは思わなかったし、驚きもしなかった。彼女は人のものを奪うのが好きだ。いつも自分が一番でいたかった。それは父に愛されていない不安から来るものだったのだろうと今なら思えるが、彼女の執念に満ちた言動の理解はいまだにできない。

 光莉は理乃から離れることでしか、彼女から向けられる悪意からは逃れられなかった。文字通り、逃げ出した。彼女に立ち向かう勇気はなかった。

 今さらだ。今さらだから、余計に気になった。今になってどうして、理乃は光莉に助けを求めたのか……。

 辺りはすっかり暗くなっている。日本の秋は日没が早い。明日になったら、理乃の会社に電話してみよう。

 彼女は大手の商社勤めだと聞いている。休んでいるにしろ、金銭的には困っていないはずだ。だからこそ、大家は家賃が振り込まれない不自然さにすぐに気がついたのだろう。
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