記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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君を守りたくて

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「月島さんはシオンの帰り道に、この橋の横手から転落しました」

 前山は橋の手前に立ち止まったまま、ガードレールと橋の隙間にある空間を指差す。今はカラーコーンが立てられて、ロープが貼られている。

 光莉はそこへ歩み寄り、下をのぞき込む。サッと拓海が腕をつかんできたのは、落ちないようにとの配慮だろうが、暗い川底に恐怖は感じても、それほど危険を感じるような隙間ではなかった。

 しかし、ガードレール下に生えた雑草は護岸にまで続き、足もとは滑りやすくなっている。暗くてよく見えないが、街灯のあかりが反射して、川面はうっすら光っている。多少の水かさと流れはありそうだ。

「当時、月島さんは頭を強く打たれ、意識がありませんでした。それでなくてもかなり泥酔されていたので、通報がなければ溺死していた可能性があります」
「溺死って……」

 拓海はちょっと石に頭をぶつけただけなんて言っていたけれど、通報がなければ本当にどうなっていたかわからない状況だったのだ。

 息を飲む光莉の隣へやってきた前山は、今度は後ろ手にある公衆電話を指差した。

「通報はあの公衆電話からありました」

 公衆電話は民家の塀の横にひっそりとたたずんでいる。電信柱と並ぶガラスの箱にどこか不気味さを感じるのは、灯りを受けて暗闇の中に浮かび上がる、その閉塞感だろうか。

 どうにも近づきたい気持ちにならず、辺りを見回す。今はスマートフォンがあるから、公衆電話を使う機会はあまりないだろう。わざわざ、公衆電話から通報したことに何か意味があるのだろうか。

「防犯カメラはないんですか?」

 光莉が尋ねると、前山は厳しい表情をする。

「あるにはあるんですが、確認できるのは、橋を渡った東側とこの通りの北側だけなんです」
「それじゃあ、拓海の落ちたところと公衆電話周辺の映像はないってことなんですね?」
「そうです。シオンから歩いてきた月島さんは、橋を渡ろうとして足を滑らせ、ガードレールが途切れたところで転落したと思われます。きっと、通報者は同じように南の道からやってきたのでしょう。転落を目撃し、近くにある公衆電話から電話をかけてきた」

 前山の話に辻褄の合わない出来事はないように思う。

「さっき、気になることがあるって言ってましたけど」
「ええ。通報があった際、詳しく話を聞こうとすると、女性は急いでいるのでと電話を一方的に切りました」
「それが何か?」
「急いでいるんですから、女性はどこかへ向かっていたと考えるのが普通です」
「そうですね」
「しかし、女性は防犯カメラには映っていませんでした」

 光莉はハッとして、橋の東側と一本道の北側を見つめる。

 南からやってきた人が川向こうへ行くにはこの橋を渡るしかない。しかし、橋を渡れば、川の東側にある防犯カメラに映るはずだ。だったら、橋は渡らず、一本道を北へ進んだと考えるのが自然だが、北側の防犯カメラにも映っていなかった。

「じゃあ、通報者は来た道を戻った?」

 光莉がつぶやくように言うと、前山はゆっくりとうなずく。

「そう。急いでいたのに、です」
「それが、前山さんの気がかりなんだ」

 眉をひそめる拓海もそう言う。

「どうしても不自然に感じてしまうんです」
「だから、こうやって調べてくださってるんですね」

 拓海は申し訳ないとばかりに頭を下げる。

 前山がわざわざ、帰宅時にこの道を通っているのは、何か見つからないかと思ってのことなのだろう。

「あっ、気にされないでください。署では、忘れ物を取りに戻ったのかもしれない、考えすぎだって言われてますから。ですが、見つけますよ、必ず、通報者を」

 力強い言葉に、拓海はふたたび頭をさげる。

「ありがとうございます」
「いえ、仕事ですから。それでは、私はここで」

 きっぱりと言った前山は立ち去ろうとするが、不意に振り返って拓海に釘を指す。

「今の話は他言無用で。くれぐれも、ご自身で通報者を探そうとはされませんように」
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