記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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君を守りたくて

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「誰? って、聞いてもいい?」
「それは言えない。言いたくない。だけどさ、その人と俺が今さらどうこうなることはないし、その人を好きだった記憶もまったくない。だから……」
「だから?」
「だから、いま好きな人を大切にしたい」

 思ってもない言葉が飛び出すから、光莉は息を飲む。

「……好きな人、いるんだ?」
「いる。俺、光莉が好きだ」
「え……」
「昔、付き合ってたからとかじゃなくて、唯一俺が覚えてた人だからとかでもなくて、光莉といると楽っていうか……、しっくりくる感じがあってさ。光莉じゃないとダメなんだって感じてる俺がいるんだ」

 すぐに言葉が出てこない。自分も拓海が好きだ。だから、ずっとここにいるんだと思う。だけれど、唐突な告白に戸惑っている。

「……ごめん、困るよな。松村のことが解決してないのに、こんなこと言われても」
「ううん。拓海の気持ちはうれしいけど、私たちは一度別れてるし、覚えてないことがあるから言える気持ちかもしれないから……」
「俺はただ、今の気持ちを光莉に知ってて欲しかっただけなんだ。今すぐ付き合いたいとか、そう思ってるわけじゃない」
「……そうなんだ」

 ちょっと拍子抜けして、まぶたを伏せる。

 記憶が戻ったとき、好きな人がふたたび彼の前に現れても、それでも自分を選んでくれるだろうって、うぬぼれたい気持ちがあっただろうか。

「あ、いや、付き合えるなら付き合いたいっていうか」

 焦るように身を乗り出した拓海と間近で目が合う。いま、拓海が好きって、付き合いたいって告白したらキスをするだろう。そんな距離に恥ずかしくなる。

「ねぇ、拓海。通報してくれた人の話。あれ、考えてたんだけど、通報した人が理乃ってことはないかな?」

 思い切り、話をそらす。前にもこんなことがあった。しかし、どうしても、あと一歩が踏み込めずに逃げてしまう。

「急になんだよ」

 ふてくされるように言いつつも、拓海はほっとしてるみたいだった。結論を出すには早すぎる。彼もそう感じてるんだろう。

「別に根拠はないんだけどね」

 そう言うと、拓海は悩ましげに腕を組む。

「うーん、どうなんだろうな。もし、松村だったとして、現場にとどまらなかったのはなんでだろうな?」
「そうだよね……。自己主張が強い理乃の性格だったら、警察が来るまで待ってそうだよね」
「まあ、松村が俺を突き落としたっていうなら、わからないでもないけどな」

 拓海は冗談っぽく笑うが、目の奥は深刻そうに落ち着いている。案外、本気でそう思ってるのかもしれない。

「突き落としたあとに、やっぱり怖くなって通報したとか?」
「ありえなくはないよな」
「突き落とされるような覚えがあるの?」
「ないよ、ない。なんにも覚えてないからさ、例えばだよ。……そうだ。会社にかかってきたっていう松村の電話さ、音声が残ってるとか言ってたよな? 通報した人の声と照合したら、松村かどうかわかるんじゃないか?」

 拓海ははぐらかす。しかし、彼の提案に光莉は興味を持つ。

「私の思いつきだよ? 警察が調べてくれるかな?」
「前山さんに伝えてみるよ。自分で探そうとするなって釘刺されたしな。なんでも前山さんに相談だな」

 ずいぶんと前山を慕ってるみたいだ。

「前山さんって、信用できる?」

 光莉はぽつりとつぶやくように言う。

「え、なんで? できない?」
「情報を出してるようで、こっちを疑ってる感じがしたから」
「そうかな?」

 拓海はお気楽に首をかしげる。ここに警察が訪ねてきたとき、彼はそれを感じなかったのだろうか。

「警察は私を疑ってるよ。理乃から届いたメールも、私が偽装したって思ってる」
「若村だっけ? あの刑事が偽装を疑ってたのは確かだけど、考えすぎだよ。いろいろあったって言っても、松村は光莉の姉だろ?」
「姉だからだよ。理乃には今でもいい感情はないけど、憎いとか恨んでるとか、そういうんじゃない。ボタンをかけ違えてたら、私が理乃だったかもしれない。同情とも違うけど、理乃にはどこかで元気に生きていて欲しかった。だから、殺すはずがない」

 はっきりと言い切る光莉を見て、拓海は生真面目な表情になって、ひざの上でこぶしを握りしめる。光莉の置かれてる状況が、少しは彼に伝わったのだろう。

「拓海が少しでも不安に思うなら、私を好きだなんて言わない方がいいよ」
「不安なんかない。信じるよ、俺は。だから、この気持ちは撤回しないよ」
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