記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

文字の大きさ
56 / 75
10年後の約束

4

しおりを挟む
 ふたりは血のつながらない兄妹だ。それでも助け合って生きている。半分とはいえ、光莉と理乃は確かなつながりのある姉妹だったのに、どうして助け合って来れなかったのだろうと、途方に暮れる。

「そんな理乃でも、親のせいで苦しんだ彼女には幸せになってほしい気持ちが私にはあったんです。それなのに、思うだけで何にもしてあげられなかった。理乃は私に助けを求めてくれたのに……。だから最後ぐらいは、理乃のために犯人を見つけたいんです」
「なんだか、すごく綺麗事に聞こえるよ。本田さんは彼女が嫌いだったんだろう? 内心は死んでくれてホッとしてる。その気持ちを認めたくないから、彼女のためだなんて言ってるように聞こえるよ」

 淡々とそう語る基哉の言葉に、光莉は胸に針が刺さるような痛みを覚える。図星だろう。理乃がいなくなって、光莉は未来永劫、彼女の執拗な執着から逃れられた。

「そうだったとしても、私は理乃を殺したいなんて思ったことはないです」
「こういったらなんだけど、今の話聞いてると、犯人だって苦しめられたかもしれないって思うよ。自首させるって簡単じゃない。だいたい、犯人に心あたりがあるんですか?」
「あります」

 基哉の目を見て、きっぱりと答える。彼もまた、光莉の覚悟をしっかりと受け止めるように見つめ返してくる。

「でも、証拠がないんですよね。だから、自首を願ってる」
「はい。私は……、理乃のために苦しんだ人を憎めません。それでも、殺してほしくなかった。いつか、理乃がしてきたことは理乃に償ってほしかった」

 理乃の怖さは誰よりも知っている。犯人は、苦しめられ、追い詰められ、殺してしまった。そうだったとしても、理乃の生きる権利まで奪う必要はなかっただろう。

「償う機会を奪ってしまった……か」
「すみません。こんな話をしてしまって」

 光莉は立ち上がると、卒業アルバムをトートバッグにしまい、入り口へと向かう。

「本田さん」

 ドアを開けようとすると、基哉に呼び止められる。いつの間にか、彼はカウンターを出てきていて、光莉の後ろにいた。

「なんですか?」
「今日、ここへ来ること、拓海くんには?」
「話してないです、誰にも。それが何か?」
「いや。もう少し待ってくれたら開店の時間です。よかったら、飲んでいきませんか?」

 基哉はいつものように穏やかに笑む。

「いえ、帰ります」

 光莉がドアに手をかけようとしたとき、基哉が取っ手をつかむ。

「もう少し、俺が話したいんです」

 基哉は相変わらず、穏やかな表情でこちらを見下ろしている。しかし、彼の発した言葉は強引な響きを含んでいて、光莉は戸惑う。

「これから行くところがあるんです」
「どこに? 警察?」

 探るような目を向けてきた基哉は、突如耳をそば立てるようにし、何を思ったのか、取っ手を押した。

 ゆっくりドアが開く。外気が流れ込んできて、光莉は無意識に息をつく。と同時に、視界に入ってきた笑顔の女性に驚く。ドアの前に立っているのは、端山署の前山だった。

「前山さん?」
「奇遇ですね、本田さん」

 彼女はそう言うと、基哉と千華へ視線を移し、店内の様子をうかがった。

「佐伯さん、お久しぶりです。お変わりはないですか?」
「ああ、刑事さん。見ての通り、細々とやってます」

 基哉も前山とは面識があるようだ。

「そうですか。近くまで来たので寄らせてもらいました。お元気そうで何よりです」
「用事はそれだけですか?」
「まあ、パトロールみたいなものです。また寄らせてもらいます。本田さんはお帰りですか?」

 不意にこちらへ視線を向けてくると、前山はドアをつかんで大きく開く。来たばかりなのに、もう帰るようだ。

「どうぞ」
「え……、ああ、はい。ありがとうございます」

 前山に促された光莉は、面食らいながら店外へと足を踏み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

雪とともに消えた記憶~冬に起きた奇跡~

梅雨の人
恋愛
記憶が戻らないままだったら…そうつぶやく私にあなたは 「忘れるだけ忘れてしまったままでいい。君は私の指のごつごつした指の感触だけは思い出してくれた。それがすべてだ。」 そういって抱きしめてくれた暖かなあなたのぬくもりが好きよ。 雪と共に、私の夫だった人の記憶も、全て溶けて消えてしまった私はあなたと共に生きていく。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

処理中です...