記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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10年後の約束

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 シオンの入るビルから少し離れた川沿いに、黒の乗用車が停まっていた。運転席にはネクタイを締めた若めの男が乗っている。

 前山はその男に片手をあげて合図を送ると、車に背を向けて歩き出す。そのままとどまるように指示を出したのだろうか。車は停車したままだ。

「私を監視してたんですか?」
「あたらずといえども遠からずですね」

 前山はうっすら笑むと、「冗談ですよ」と言う。まったく面白くない冗談だ。不満げな光莉に気づいたようだが、彼女は素知らぬふりで続ける。

「伝えたいことがありまして、ペンタプリズムを訪ねたんですよ。お留守でしたので、周辺を探していたら、シオンへ入っていく本田さんを見かけました」

 そしてそのまま、開店前のシオンに何の用があるのだろうと監視していた……というところだろうか。

 やはり、あまり気分のいい話じゃないが、前山がシオンへ現れたときにホッとしたのも事実で、気を取り直して光莉は尋ねる。

「それで、伝えたいことって?」
「実はですね、捜査に進展がありました。月島さんの件の通報者と、松村理乃さんを名乗って丸山商事に電話をかけてきた女の声が、同一人物のものとわかったんですよ」
「えっ、本当ですか?」
「例の腕時計、月島さんが持っていたそうですね。月島さんと松村さんがつながったので、念のため、調べてみたんですよ。驚きました。まさか、松村さんの事件に関与した人物が、月島さんの事故の目撃者だとは」
「誰の声かわかったんですか?」
「いえ、それはまだ」

 前のめりになる光莉を、前山は冷静にかわす。わかっていたとしても話すはずがないか。前山は味方のようでいて、味方ではない。しかし、頼りになる存在なのは間違いがない。

「ひとつ、お伺いしてもいいですか?」

 光莉はそう尋ねる。

「ええ、どうぞ」
「前山さんはご存知ないですか? 佐伯基哉さんの恋人が誰なのか」
「なぜ、そんなことを知りたいんです?」

 意外な質問だったのか、前山の眉が微妙にあがる。

「千華さんがケガをしたっていう話を、ある人から聞いたんです。ある人っていうのは、ごめんなさい。ただの事故かもしれないので、今は伏せさせてください」
「わかりました。佐伯さんがケガをしたのは、いつ頃の話か聞きましたか?」
「たしか、夏だって言ってました」
「それで?」
「千華さんは自分で足を滑らせて階段を落ちたって言ったそうなんですけど。ほら、あのシオンの階段、滑りやすそうですよね。でも、どうしても腑に落ちなくて」
「本田さんは何か気にかかることがあるんですね?」
「ええ……。千華さんがケガをしたときの様子を聞いたときに思ったんです。もしかしたら、基哉さんの恋人が千華さんを階段から突き落としたんじゃないかって……」

 前山がこちらを注意深く見つめているのに気づいて、光莉は口をつぐむ。軽率な発言だっただろうか。これは、勝手な憶測だ。

「理乃の事件があって、疑心暗鬼になってるだけかもしれないんですが」
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