記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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10年後の約束

11

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 腕時計には拓海の指紋しかなかった。理乃と付き合っていたのなら、彼女の指紋もなければ不自然だ。だからこそ、拓海は理乃とは付き合ってなかったと結論づけたのだ。

 では、美帆でも、理乃でもない、好きな女性とは誰だろう。しばらく光莉は悩んだが、出した答えは一つだけだった。

 そんな人はいない。

 拓海に新しい恋人なんていなかった。基哉の勘違い。でなければ、彼が嘘をついている。そうとしか考えられない。

「だったら……」

 光莉はキーボードに指を伸ばす。これはうぬぼれかもしれない。それでもいい。

 hikari……そう打ち込んで、手を止める。パスワードは10桁以上だろうか。すぐに、hondahikariと打ち直し、エンターキーを押す。

「エラー……」

 違う。やっぱり、うぬぼれ。なんだか、恥ずかしい。

 ひざにかかる重みが増す。拓海は安心し切った寝顔を見せている。

 今日はあきらめよう。そう思って、パソコンを閉じようとしたとき、スマートフォンのディスプレイがつき、メール通知が表示される。

 すぐにメールを開く。仕事の依頼だ。さいわい、気心が知れたクライアントからで、日本で打ち合わせしたいという内容だった。

 拓海も職場復帰するし、いつまでもこの生活を続けるわけにはいかない。来週打ち合わせしましょう、と返信した光莉は、そのままメールボックスに残された理乃からのメールに目を移す。

『助けて』

 たったそれだけの内容だけれど、どんな気持ちで送ってきたのだろう。すぐに反応しなかった光莉に、理乃は絶望しただろうか。

「理乃……、怖かったよね」

 ため息をついて、アドレスにあるrino0506の文字を見つめる。彼女の名前と誕生日。松村理乃を指し示すのに、こんなにわかりやすいアドレスはない。このアドレスを見たとき、すぐに理乃に何かあったのだと気づいてあげられてたら……。

 光莉はハッと息を飲む。

「そっか。誕生日だ……」

 急いでパソコンを開くと、パスワードの入力欄に、hikari0803と打ち込む。8月3日は光莉の誕生日だ。もちろん、高校時代の拓海も、そのことは知っていた。エンターキーを押す。

「入った……」

 画面が切り替わり、いくつものフォルダのあるデスクトップ画面が現れる。

 ずらりと並んだフォルダは、画面の真ん中を境に、日記と写真に分けられていた。『日記』と書かれたフォルダ名には、日付も入力されている。拓海が記憶を失う前日、9月11日の日記もある。そして、『写真』のフォルダには、おそらくだが、カメラの品番がつけられている。

 光莉は上から順に、一つずつ確認していく。

「XNV2000……あった」

 それは案外、すぐに見つかった。お目当てのフォルダをクリックすると、いくつかの画像が出てくる。最新データの撮影日は9月11日だ。間違いない。最低でも、拓海はこの日まではカメラを保有していた。

 はやる気持ちを抑えながら、ランダムに一つをクリックする。すると、見たことのある景色が現れた。

「ここって、つかさ公園……」

 公園の入り口の階段から夜空を見上げるように撮影した写真の左下に、『つかさ公園』と書かれた銘板が写っている。

 さらに別の画像を開く。これも、つかさ公園で撮影したものだろう。ベンチの前に立つ女性が、左寄りに写っているものだ。光莉はすぐにその女性が誰であるか気づいた。理乃だ。

 拓海は9月11日につかさ公園で理乃と会っていた? これは、どういうことだろう。

 同時に、写真の構図にも違和感を覚える。理乃を撮影しようとしたというより、たまたまシャッターボタンに指があたって撮影してしまったかのような、何もとらえていない一枚に見える。

 光莉は目をこらす。ベンチの奥にある桜の木の下に何かが映り込んでいる。画像を拡大し、そこに人影を見つけると、息を飲む。

「これって……」
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