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10年後の約束
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しおりを挟む「助けてって、そういうことだったんだ……」
日記を読み終えた光莉は、ぽつりとつぶやく。
理乃はあの日、光莉にメールしようとしていた。おそらく、『助けて』と入力したときに後ろから刺され、ベンチから崩れ落ちた拍子に送信ボタンを押してしまったのだろう。
「この文面を見る限り、松村は素直になれずに生きてきたんだな」
「そうだね……。拓海に再会して、すごくうれしかったんだなって気持ちが伝わってくるよ」
「俺って、そんな人望ある?」
なんて、拓海は笑いつつ、真剣な目をする。
「懐かしい人に会えると、気持ちが高揚することってあるよな。基哉さんだけじゃなく、光莉にも素直になってみようって思ったのかもしれないな」
「これが理乃の本当の気持ちだって、信じていいんだよね……?」
理乃はずっとさみしかったのだろう。だから、味方を作って光莉を傷つけ、優位に立ち、幸せを実感しようとした。けれど、うまくいかなくて、ずっと誰かを傷つけ続けていた。
「光莉が信じたいなら、信じてあげたらいいんじゃないかな」
「……うん」
理乃は、光莉と信頼関係のある姉妹になりたかった、と残した。その可能性をなくしてきたのは、理乃だけじゃない。光莉だって、ずっと逃げていた。
「私も、理乃を傷つけてたんだって思うよ」
悪いのは、理乃だけじゃない。
うつむく光莉の肩を、拓海はそっと抱く。
「人間なんてさ、必ず誰かを傷つけながら生きてるんだ。傷つけずに生きていくなんてできないんだよ」
「でも、もう二度と理乃には会えない。謝ることも、怒ることも、笑い合える日も来ないんだよ」
「松村の最後の気持ちはちゃんと光莉に届いたんだ。それだけでも、俺はよかったと思う」
「拓海……」
「ん、大丈夫さ」
後ろ頭をするりとなでる彼の手に引き寄せられるようにして唇が重なり合う。彼のぬくもりに触れると、ひどく安心する。
「拓海と離れたくない」
「離れなくてもいいよ」
「でももう、ロスに帰らなきゃ……。拓海と一緒に行けたらいいのに」
これはわがままだ。拓海を困らせるとわかっているのに言ってしまって後悔する。
「それもいいな」
「いいって?」
あっけらかんと答える彼には、やはりあきれてしまう。
「実はさ、11日の日記、まだ続きがあるんだよな」
「続き?」
「2ページめ、読んでみて」
光莉はふたたび、日記に目を落とす。
これで何度目だろう。海外赴任の希望を出したが、今回もにべもなく断られた。まだまだ日本で活躍してもらわないと困るという話だが、実力不足だろう。こんなにも頑張ってきたのに、俺は何をやっているのだろう。
同僚には、部長に気に入られているから手放したくないんだろうとなぐさめられるが、納得はいってない。いっそ、会社をやめて光莉に会いに行こうか。何もない俺を受け入れてもらえるかはわからないが、とにかく光莉に会いたい。
明日はシオンへ行く。それから、光莉へ松村の伝言を送ろう。そのとき、光莉に会いたいと伝えてみるつもりだ。
拓海はこの日記を書いているとき、理乃は千華に殺されたんじゃないかと疑っていた。理乃との出会いが変化をもたらしたのだろうか。シオンへ行き、自首をすすめたあと、日本を離れる覚悟をしていたんじゃないかと思う。
「実は今日さ、異動の相談してきたんだ」
おずおずと、拓海は切り出す。
「異動って、どこに?」
「ロスにあるドックス支社。部長が推してくれるってさ」
「本当? だって、今までは反対されてたんだよね?」
日記の文面からすると、部長が拓海を日本に引きとめているようだけれど。
「休んでる間に、部長も考えてくれたらしい。どうせ記憶がないなら、アメリカで一からやり直すのも悪くないだろうって。かなりハードだけど、俺なら乗り切れるだろうって言ってくれたよ」
「拓海とロスで暮らせるの?」
「ああ、そうだよ」
拓海は力強くうなずく。必ず来てくれる。そう信じさせてくれる。
「待ってる、私。待ちきれなかったら、会いに行く」
光莉は両手を伸ばして拓海を抱きしめる。抱きしめ返してくれる腕から、もう二度と逃げ出したりしない。
次に会える日には、また伝えよう。あなたが好きだって。私にはあなたしかいないんだって。ずっと側にいるって。10年前に言えなかった言葉で、何度でも約束しよう。
【完】
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