記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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理乃の行方

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「彼女、9月11日から出社してないんだ。今は有休消化中。今月末には正式に退社手続きをする予定だ」
「出社してないって……。今日は10月12日ですよ。もう一か月です。おかしいと思わなかったんですか?」
「そう言われてもね。理乃から電話があったんだよ」

 ふたたび、赤村は手帳に視線を落とす。

「11日はもともと有休なんだが、12日だな。退社するって、理乃が一方的に電話をかけてきた。辞めるにしても、一度出社しろって言ったんだけどね、そのまま切られたよ。最後の最後まで自分勝手な女だよ」

 赤村の話を信じるなら、9月10日の日曜日、赤村と理乃は別れた。翌日の11日、理乃は有給休暇を取得し、会社を休んだ。その日に光莉のもとへ、『助けて』というメールが届いている。さらにその翌日の12日、理乃は退職の旨を告げる電話を会社にしている。そして、9月に家賃を滞納し、連絡を絶った。

「もういいか? そろそろ、昼休憩が終わる」

 赤村はようやくコーヒーに口をつけ、立ちあがろうとする。

「もう一つだけ。奥さんと理乃はもめてるんですか?」

 赤村は途端に不機嫌な顔を見せる。

「知らないよ。俺はここひと月、ホテル暮らしで家に帰ってない」
「どうしてですか?」

 理乃とは別れたのに?

「全部、理乃のせいだよ。妹のあんたには悪いが、あいつは悪魔だね」

 悪魔か……。そうかもしれない。理乃は悪魔になれる。そういう女だった。

「理乃が奥さんに何か?」
「ああ。あれは、理乃と別れた2日後だ。知らない女から妻宛に手紙が届いた」
「知らない女?」
「偽名だろう。内容は、理乃しか知り得ない話ばかりだった。あの手紙は理乃が出したものだ」
「どんな内容だったんですか?」
「そんなの決まってるだろう。俺との関係を全部妻にバラしたんだ、理乃は。自分は好きな男ができたって言いながら、俺と妻が何もなかったように暮らすのは許せなかったんだろう」

 赤村はテーブルにこぶしをぶつけると、周囲の視線を気にするように声をひそめた。

「あの日から俺の家はめちゃくちゃだ」
「奥さんはまだ赤村さんと関係があるって誤解を?」
「そうさ。いくら、別れたって言っても信じない。そればかりか、妻は俺の顔を見るとヒステリックにわめく。俺はずっとホテル暮らしだ」
「じゃあ……」
「俺が帰らないから、妻は理乃と一緒にいると誤解してるんだろう。昨日は妻から連絡があった。理乃に会った、と。あれは……、あんたのことだったんだな」
「ええ。理乃のアパートにいたら、奥さんが突然……」

 光莉は平手打ちされたほおに手を当てる。

「それは、妻に代わって俺が謝る。俺はただ、理乃が妻にまた何かしたんだろうと思って、アパートに行っただけだ。妻にもう嫌がらせするな。そう言いに行っただけなんだ」

 赤村は両手を髪に差し込み、苦しげに息をつく。

 理乃に関わった人は不幸になる。その苦しみは知っている。だから、理乃に関わってはいけない。

「奥さんを理乃に近づけない方がいいと思います」

 光莉がそう言うと、赤村は驚いたように顔をあげた。

「そこは、理乃に近づくなじゃないのか? 妹なのに、おかしなことを言うんだな」
「妹だからわかるんです」

 お互いにじっと見つめ合ったあと、赤村は力なくまぶたを伏せた。

「あんたはまともそうだから、頼みたい。妻はすっかり病んでしまっている。近々、入院させるつもりだ。いま話したことは警察には言わないでくれ」
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