13 / 75
理乃の行方
2
しおりを挟む
*
拓海が買ってきてくれたコンビニのサンドイッチとコーヒーで遅い朝食を済ませると、クライアントと会う約束があると言って、光莉はひとり、アパートを出た。
赤村という男が指定したクラウンホテルは、丸山商事のオフィスビル近くの駅前にあった。
約束の時間より10分はやくモーメントに到着した光莉は、受付で名前を告げ、赤村という男が来たら席に案内してほしいと頼んだ。
大通りから見えない席をリクエストし、奥まった席に案内されると、ショルダーバッグから一枚の写真を取り出す。
昨夜、理乃のアパートを訪ねてきた男の動画を、拓海に頼んで印刷してもらったものだ。画像処理をしてもらい、表情まではっきりとわかる一枚になっている。
写真をじっと見つめる。推測が外れていなければ、この男はきっと……。
「本田様、お連れ様をご案内しました」
声をかけられ、ハッと顔をあげる。若い女性スタッフの後ろに、写真の男が立っていた。間違いない。昨夜、理乃の部屋を訪ねてきた男だ。光莉はすぐさま写真をバッグにしまい、立ち上がる。
「理乃の上司の赤村さんですね?」
「ええ」
赤村という男は不機嫌そうにうなずくと、光莉の向かいに腰を下ろす。そして、コーヒーでいい? と聞くが、光莉の返事を待たず、コーヒーを2つ注文し、テーブルに腕をついて身を乗り出す。
「本田さんと言いましたか。松村の妹さんか、いとこ?」
「妹です」
「そう。妹がいるなんて知らなかったな。天涯孤独だって聞いていたけどね。本当に妹さん?」
天涯孤独か……。確かにそれは間違っていない。しかし、正しくもない。
「理乃に聞いてみてください。あなたなら出来ますよね?」
「なんで、俺が」
吐き捨てるように言い、イライラと足をゆする。
「理乃は今、主人と一緒にいるんじゃないか。奥さんはそう言ってましたよ」
そう言うと、彼はぴたりと動きを止め、じっと光莉の目をのぞき込む。
「真に受けたのか? そんな話。妻がなんと言ったか知らないが、あいつはおかしくなってるんだ。妄言だよ」
「理乃と交際しているのはお認めになるんですね?」
「へたに隠して、これ以上、会社に電話をかけて来られても困る。もう理乃とは別れたんだ。俺は関係ない」
松村ではなく、理乃と呼んだ。もう隠す気はないようだ。
「じゃあ、どうして昨夜、理乃の部屋に来たんですか?」
光莉はふたたび、バッグから写真を取り出すと、赤村の目の前へ差し出す。それを見るなり、彼はギロリと光莉をにらみつけるが、どうしてか、うっすら笑んで写真を手に取る。
「これは証拠になるな。俺がもう理乃とは連絡を取ってないって証拠」
「あ……」
「だろう? 理乃と一緒にいるって言うなら、俺はわざわざアパートまで行かない。見てたなら知ってるだろうが、理乃は何度チャイムを鳴らしても出てこなかった。俺は理乃に会わずに帰ったんだ」
赤村の言う通りだ。昨夜、一部始終を光莉は見ていた。証拠の動画もある。赤村が理乃と連絡が取れる関係にあるなら、アパートへは来ないだろう。
「理乃に最後に会ったのはいつですか?」
「先月だよ」
「先月のいつ?」
「いつだったかな……。ちょっと待って」
赤村は写真を光莉に押し戻すと、ポケットから手帳を取り出す。
「そうそう、俺たちが最後に会ったのは、9月10日の日曜日だ」
「間違いないですか?」
助けて、とメールが届いた前日だ。
「ずいぶん、疑り深いね。ここにちゃんと記録がある。理乃が有休を取ったのが11日。その前日だから、間違いなく、10日だよ」
「その日に別れ話を?」
「理乃に呼び出されて、好きな男ができた、別れてほしいって言われてね」
じゃあ、あのメールが来たときには、赤村と理乃は別れていた。しかし、別れ話に逆上した赤村が理乃に報復した可能性は否定できないだろう。
「好きな男の人に心当たりはありますか?」
「ないよ。別に俺たちは真剣に付き合ってたわけじゃない。文字通り、遊びだよ。俺以外に男がいても関係ないし、興味もない」
めんどくさそうに、彼は言う。
「あなたにも、奥さんと理乃以外の女性がいるみたいな言い方ですね」
「そう聞こえたなら、誤解だ。アパートの家賃は俺が払ってた。アパート名が気に入ったとかなんとか、ここじゃないと嫌だって言うから、無駄に広いアパートを借りてやったんだ。それなりの愛情は見せていたつもりだよ」
「じゃあ、別れたから家賃が滞納に?」
「俺が金を渡さなくなったからだろうな。まあ、会社も辞めたぐらいだ。引っ越すつもりなんだろう」
だからって、滞納する理由になるだろうか。
「理乃はいつ退職を?」
「正確に言うと、まだ退社していない」
「え……、退職したって言いましたよね?」
赤村は信用できない男だ。光莉が責めるような目を向けると、彼は迷惑そうにため息をつく。
拓海が買ってきてくれたコンビニのサンドイッチとコーヒーで遅い朝食を済ませると、クライアントと会う約束があると言って、光莉はひとり、アパートを出た。
赤村という男が指定したクラウンホテルは、丸山商事のオフィスビル近くの駅前にあった。
約束の時間より10分はやくモーメントに到着した光莉は、受付で名前を告げ、赤村という男が来たら席に案内してほしいと頼んだ。
大通りから見えない席をリクエストし、奥まった席に案内されると、ショルダーバッグから一枚の写真を取り出す。
昨夜、理乃のアパートを訪ねてきた男の動画を、拓海に頼んで印刷してもらったものだ。画像処理をしてもらい、表情まではっきりとわかる一枚になっている。
写真をじっと見つめる。推測が外れていなければ、この男はきっと……。
「本田様、お連れ様をご案内しました」
声をかけられ、ハッと顔をあげる。若い女性スタッフの後ろに、写真の男が立っていた。間違いない。昨夜、理乃の部屋を訪ねてきた男だ。光莉はすぐさま写真をバッグにしまい、立ち上がる。
「理乃の上司の赤村さんですね?」
「ええ」
赤村という男は不機嫌そうにうなずくと、光莉の向かいに腰を下ろす。そして、コーヒーでいい? と聞くが、光莉の返事を待たず、コーヒーを2つ注文し、テーブルに腕をついて身を乗り出す。
「本田さんと言いましたか。松村の妹さんか、いとこ?」
「妹です」
「そう。妹がいるなんて知らなかったな。天涯孤独だって聞いていたけどね。本当に妹さん?」
天涯孤独か……。確かにそれは間違っていない。しかし、正しくもない。
「理乃に聞いてみてください。あなたなら出来ますよね?」
「なんで、俺が」
吐き捨てるように言い、イライラと足をゆする。
「理乃は今、主人と一緒にいるんじゃないか。奥さんはそう言ってましたよ」
そう言うと、彼はぴたりと動きを止め、じっと光莉の目をのぞき込む。
「真に受けたのか? そんな話。妻がなんと言ったか知らないが、あいつはおかしくなってるんだ。妄言だよ」
「理乃と交際しているのはお認めになるんですね?」
「へたに隠して、これ以上、会社に電話をかけて来られても困る。もう理乃とは別れたんだ。俺は関係ない」
松村ではなく、理乃と呼んだ。もう隠す気はないようだ。
「じゃあ、どうして昨夜、理乃の部屋に来たんですか?」
光莉はふたたび、バッグから写真を取り出すと、赤村の目の前へ差し出す。それを見るなり、彼はギロリと光莉をにらみつけるが、どうしてか、うっすら笑んで写真を手に取る。
「これは証拠になるな。俺がもう理乃とは連絡を取ってないって証拠」
「あ……」
「だろう? 理乃と一緒にいるって言うなら、俺はわざわざアパートまで行かない。見てたなら知ってるだろうが、理乃は何度チャイムを鳴らしても出てこなかった。俺は理乃に会わずに帰ったんだ」
赤村の言う通りだ。昨夜、一部始終を光莉は見ていた。証拠の動画もある。赤村が理乃と連絡が取れる関係にあるなら、アパートへは来ないだろう。
「理乃に最後に会ったのはいつですか?」
「先月だよ」
「先月のいつ?」
「いつだったかな……。ちょっと待って」
赤村は写真を光莉に押し戻すと、ポケットから手帳を取り出す。
「そうそう、俺たちが最後に会ったのは、9月10日の日曜日だ」
「間違いないですか?」
助けて、とメールが届いた前日だ。
「ずいぶん、疑り深いね。ここにちゃんと記録がある。理乃が有休を取ったのが11日。その前日だから、間違いなく、10日だよ」
「その日に別れ話を?」
「理乃に呼び出されて、好きな男ができた、別れてほしいって言われてね」
じゃあ、あのメールが来たときには、赤村と理乃は別れていた。しかし、別れ話に逆上した赤村が理乃に報復した可能性は否定できないだろう。
「好きな男の人に心当たりはありますか?」
「ないよ。別に俺たちは真剣に付き合ってたわけじゃない。文字通り、遊びだよ。俺以外に男がいても関係ないし、興味もない」
めんどくさそうに、彼は言う。
「あなたにも、奥さんと理乃以外の女性がいるみたいな言い方ですね」
「そう聞こえたなら、誤解だ。アパートの家賃は俺が払ってた。アパート名が気に入ったとかなんとか、ここじゃないと嫌だって言うから、無駄に広いアパートを借りてやったんだ。それなりの愛情は見せていたつもりだよ」
「じゃあ、別れたから家賃が滞納に?」
「俺が金を渡さなくなったからだろうな。まあ、会社も辞めたぐらいだ。引っ越すつもりなんだろう」
だからって、滞納する理由になるだろうか。
「理乃はいつ退職を?」
「正確に言うと、まだ退社していない」
「え……、退職したって言いましたよね?」
赤村は信用できない男だ。光莉が責めるような目を向けると、彼は迷惑そうにため息をつく。
0
あなたにおすすめの小説
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
雪とともに消えた記憶~冬に起きた奇跡~
梅雨の人
恋愛
記憶が戻らないままだったら…そうつぶやく私にあなたは
「忘れるだけ忘れてしまったままでいい。君は私の指のごつごつした指の感触だけは思い出してくれた。それがすべてだ。」
そういって抱きしめてくれた暖かなあなたのぬくもりが好きよ。
雪と共に、私の夫だった人の記憶も、全て溶けて消えてしまった私はあなたと共に生きていく。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる