俺は君の秘密を知ってる

つづき綴

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 数日後、事故に遭った井坂先生は、ギプスで右腕を固定したまま復帰した。

 学校へ向かう途中で、いきなり歩道に突っ込んできた乗用車にはねられたらしい。近くに学生もいたけど、けがをしたのは先生だけ。不幸中の幸いだったって、先生は笑っていた。

 先生の元気そうな顔を見た私はホッとして、綾人先輩のいる陸上部の練習を見に行くことにした。

 何度か麻里に「先輩、見に行こうよ」って誘われていたが、先生のけがのことが気にかかって断っていた。だから、先生の復帰を機にようやく誘いに乗ることにしたのだ。

 見に行くと言っても、綾人先輩はあいかわらず人気で、グラウンドのフェンスに張り付く女子生徒たちの後ろを歩くだけ。私たちはたまたま通りかかっただけみたいに、先輩を遠目に見るしかできない。

 引退となる最後の大会をひかえた先輩は、毎日練習に明け暮れている。グラウンドを走る彼の真剣な眼差しは、まるで少女漫画のヒーローみたいにキラキラしてる。

「カッコいいねー、綾人先輩」

 うん、って心の中で返事する。

 綾人先輩とは一年生のときに委員会が一緒だった。困ったときにはさりげなく助けてくれる優しい先輩。いつも先輩から一方的に話しかけられるだけで、まともに話したことはなかったけど、気にかけてもらえるだけで幸せだった。

 二年生になってからは同じ委員会になれず、ほとんど見かけることがなくなった。たまにこうして麻里と一緒に部活を見に来るぐらい。近くにいてもいなくても、先輩はいつも遠い存在だ。

「先輩、ヤバイね。走ってるときはともかくさー、お茶飲んだり、汗ふくだけで女の子大騒ぎ」

 麻里が周りを見回して、からかうように笑う。

 一幅の絵になるぐらいカッコいいんだから仕方ない。私だって冷静を装ってるけど、さっきから胸はきゅんきゅんしてる。

「行こっか」

 私は興味ないよって顔をして、そう麻里に声をかける。

 部活は終わったらしい。グラウンドから出てきた綾人先輩が、タオルで汗をぬぐいながら、スポーツバッグを背負う。

 そのとき、先輩に駆け寄った別の陸上部員が、彼の肩を乱雑に何度か叩く。

 なに?、なんて聞こえてきそうなしぐさで振り返った先輩に耳打ちした部員が、フェンスの方を指差す。

 その指し示す方向へ先輩が視線を移す。目が合ったような気がしてどきりとした瞬間、最前列でフェンスにしがみついていた女の子たちが悲鳴をあげた。

「すごっ。みんな先輩が私を見たって思ってそうー」

 図星だ。あははって笑うと、麻里が「加奈子を見たんだったりしてね」ってからかうから、そうだったらいいなって思っちゃう。

「絶対そんなことないよ。もう帰ろう」
「もう、加奈子はー」
「麻里は考えすぎ」

 胸の内とは裏腹に言ってかかとを返したとき、私の目はそれをとらえてしまった。

 綾人先輩の左足、ひざから下が透けて見えるのだ。それは、大会を間近にひかえた綾人先輩に決して見えてはいけないもの。

 私はぎゅっと目を閉じた。
 こんな予知能力、なくなっちゃえばいいのに。
 そう心の中で叫びながら、足早にグラウンドを離れた。
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