佐鳥姫の憂鬱

水城ひさぎ

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佐鳥姫の憂鬱 〜朝日を羨む夜の月〜

あなたの声が聞こえる理由 2

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「ねぇ、華南。ゼミって週一だよねー?」

 お弁当箱に転がるミニトマトをフォークで刺して、ぱくりと口の中に含んだ深春は、口をもごもごさせながらそう尋ねてくる。

 ランチタイムを過ぎた学食は閑散としている。だから余計に、深春はゼミの話をするのだろう。

 コンビニの前で先生に不毛な叱られ方をしてから、やけに周囲の目を気にしているようだ。よほどの苦手意識を持ってしまったのだろう。それでもゼミは受講すると言い張るのだから、彼女も少し変わっている。

「そうね。毎日でもかまわないって夜間瀬先生は言ってたわ。あくまでも自主ゼミだからだそうよ」
「あの先生、ひまそうだもんねー。いっつも研究室にいるって評判だよ。しかも学長とわけありって話だし」
「わけあり?」

 私は首をひねる。初耳だ。

「華南も情報通だけど、ゴシップ系は疎いよね。あんなやる気のない先生がゼミ講師だけで在職してるんだから、絶対わけありに決まってるって」

 決めつけたように深春は言うが、先生の立場が特別なものなのかは実際よくわからない。

「そういうものなのね。私が知りたいことは全て知ってると言っていたから、相当優秀な方と思うわ」
「優秀だったら人間性に問題があってもかまわないわけじゃないでしょー」
「人間性に問題あるかしら」
「あー、ダメだ。華南は人を見る目が全然ないから」

 深春はそう言うと、手のひらをひたいに当てて、大げさに天井を仰ぐ。

「夜間瀬先生のこと、よく知りもしないで批判するのは良くないわ」
「へ? 何、その擁護発言」

 深春はひどく驚いて、慌ててお茶をゴクリと飲み干す。喉につかえたミニトマトを流し込んだみたいだ。

「事実よ」

 そう言って、パタンとサンドイッチボックスの蓋を閉じる。そろそろ講義が始まる時間だ。

 片付けを始める私に合わせるように、深春もトートバッグをテーブルの上に乗せるが、そのまま身を乗り出してくる。

「何に基づく事実? 知らないのは華南だけだよー。ダメダメ、華南は可愛いから知ってないと」
「なんのこと?」

 首を傾げると、ほおに髪がかかる。やんわりとかきあげて耳にかければ、深春は「それ、それっ」と声を荒げる。

「そういう仕草がいちいち可愛いのっ。無自覚ほど怖いものはないんだからー。夜間瀬先生みたいな誰でもオッケーな男はダメだって」
「意味がわからないわ」
「華南みたいな可愛い子は研究室で先生と二人きりになったらダメって話」
「ならないわ。柚樹くんがいるもの」
「もしもの話。柚樹も私もいなくて一人の時はゼミ休みなよー」
「なぜ?」

 わけがわからなくて眉をひそめれば、深春は唇の端に手のひらを立てて、ひそひそと話す。

「華南だからはっきり話すけど、先生ね、研究室で女の子と遊んでるの。超美女と抱き合ってるの見たことあるって、同期が言ってたもん」
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