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佐鳥姫の憂鬱 〜朝日を羨む夜の月〜
好きかもしれない 6
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のちに夜月様は尚秀様の子を産み落とした。
夜月様に似た可愛らしい娘。貞華と名付けられたその娘は、朝日様の手で育てられ、尚秀様の死後、二代目佐鳥家当主となった。
*
「佐鳥くん、大丈夫か……?」
ぼんやりとかすむ視界が鮮明になる。
重たい頭をしばらく動かせずにいたが、声が聞こえて首をひねらせると、ベッドの脇に腰掛ける夜間瀬先生が見えた。
「私……」
「ずいぶんうなされていた」
「……夢を見てました」
それは切なくも幸せな夢だったような気がする。
「君の周りでは不思議なことが起こるようだね」
「先生には何も?」
「ああ。声が聞こえたような気はしたが、すぐに聞こえなくなった。気のせいかとも思ったが、君が気を失ったところを見ると、見えない何かが起きていたんだろう。さあ、今日は帰りなさい。まともに話ができる状態ではなさそうだ」
そう言って、ベッドから立ち上がる先生に合わせて上体を起こす。
「先生……、私の迷いを解いてくれるのは話し合いなのでしょうか……」
離れていこうとする彼の背に声をかける。
「佐鳥くん?」
先生は眉をひそめて振り返り、ベッドの脇に手をついて私の顔を覗き込む。
「先生は愛していない人を抱けますか?」
たとえ夜間瀬先生が私を愛していなくても、好きな人に抱かれている間は幸福でいられる。それを伝えに夜月様が現れたのだとしたら。そう思ったら、私は先生の手を握りしめていた。
「それを肯定したい気持ちはある」
ベッドに座り直した先生の表情はひどく憂いている。
私を抱きたいからそう言うのではないことはすぐにわかる。
「愛のある行為を否定したいことがありましたか……?」
その行為に愛などなかった、そう思いたい過去が先生にはあるのかもしれない。だから、先生は恋人を作らない。
愛しているのに愛されないから彼は苦悩している。なぜだかそんな風に思ってしまう。
夜間瀬先生は返事をしないまま、私の髪に触れる。指をうずめて、うなじの後ろに手を回す。
「抱いたら七五三田くんと付き合うのはやめるのか?」
「……先生に好きな人がいてもかまいません。ほんの少しだけ、私に心を分けてもらえたら……」
夜月様がそうであったように。
尚秀様は少なくとも、夜月様を恋しく思いながら抱いていた。
そこに愛はなくても、可愛い玩具を愛でるぐらいには恋しく思っていただろう。
「答えになってないな」
先生はわずかに歪めた唇を、私のほおに寄せる。
彼の吐息に触れたら緊張する。ぎゅっとシーツをつかむ手に彼の手が重ねられて、ほおにキスが落ちる。
「せんせ……」
「望まれて抱きしめることはあっても、学生を抱いたことはない。身の潔白を証明したいわけじゃないが、君が気にするといけないから言っておく」
たったそれだけの言葉で安堵する私の気持ちなど、彼にはわからないだろう。
「抱きしめてください。いつもより、強く。少しは愛を感じたいんです……」
「そう。俺も少しは感じたいね。他の男にうつつを抜かそうとしてる君にどう伝えたらいいだろうな」
先生の指がこめかみをさぐる。
「キスしてくれるんですか……?」
「そんな気持ちに君がさせてくれたらね。ふらふらしてる女は好きじゃないんだ」
「……柚樹くんとてんびんにかけてるつもりなんて」
唇に先生の人差し指が立てられて、口をつぐむ。
「その名前を聞くのも腹立たしいよ」
そう言って、彼は私の唇の端にキスをした。そして、そのまま唇を合わせてくる。
どうして……?
唇は……、愛してる人にしか触れさせないのではなくて?
「キスも初めてか……」
「先生……ずるい……」
「なぜ?」
「先生が私を好きなのかもって誤解させるなんて……」
「誤解かな」
やけに優しい先生の声に胸はときめいた。
大切にされているみたいで嬉しくて、彼の胸に顔をうずめるので精一杯だった。
夜月様に似た可愛らしい娘。貞華と名付けられたその娘は、朝日様の手で育てられ、尚秀様の死後、二代目佐鳥家当主となった。
*
「佐鳥くん、大丈夫か……?」
ぼんやりとかすむ視界が鮮明になる。
重たい頭をしばらく動かせずにいたが、声が聞こえて首をひねらせると、ベッドの脇に腰掛ける夜間瀬先生が見えた。
「私……」
「ずいぶんうなされていた」
「……夢を見てました」
それは切なくも幸せな夢だったような気がする。
「君の周りでは不思議なことが起こるようだね」
「先生には何も?」
「ああ。声が聞こえたような気はしたが、すぐに聞こえなくなった。気のせいかとも思ったが、君が気を失ったところを見ると、見えない何かが起きていたんだろう。さあ、今日は帰りなさい。まともに話ができる状態ではなさそうだ」
そう言って、ベッドから立ち上がる先生に合わせて上体を起こす。
「先生……、私の迷いを解いてくれるのは話し合いなのでしょうか……」
離れていこうとする彼の背に声をかける。
「佐鳥くん?」
先生は眉をひそめて振り返り、ベッドの脇に手をついて私の顔を覗き込む。
「先生は愛していない人を抱けますか?」
たとえ夜間瀬先生が私を愛していなくても、好きな人に抱かれている間は幸福でいられる。それを伝えに夜月様が現れたのだとしたら。そう思ったら、私は先生の手を握りしめていた。
「それを肯定したい気持ちはある」
ベッドに座り直した先生の表情はひどく憂いている。
私を抱きたいからそう言うのではないことはすぐにわかる。
「愛のある行為を否定したいことがありましたか……?」
その行為に愛などなかった、そう思いたい過去が先生にはあるのかもしれない。だから、先生は恋人を作らない。
愛しているのに愛されないから彼は苦悩している。なぜだかそんな風に思ってしまう。
夜間瀬先生は返事をしないまま、私の髪に触れる。指をうずめて、うなじの後ろに手を回す。
「抱いたら七五三田くんと付き合うのはやめるのか?」
「……先生に好きな人がいてもかまいません。ほんの少しだけ、私に心を分けてもらえたら……」
夜月様がそうであったように。
尚秀様は少なくとも、夜月様を恋しく思いながら抱いていた。
そこに愛はなくても、可愛い玩具を愛でるぐらいには恋しく思っていただろう。
「答えになってないな」
先生はわずかに歪めた唇を、私のほおに寄せる。
彼の吐息に触れたら緊張する。ぎゅっとシーツをつかむ手に彼の手が重ねられて、ほおにキスが落ちる。
「せんせ……」
「望まれて抱きしめることはあっても、学生を抱いたことはない。身の潔白を証明したいわけじゃないが、君が気にするといけないから言っておく」
たったそれだけの言葉で安堵する私の気持ちなど、彼にはわからないだろう。
「抱きしめてください。いつもより、強く。少しは愛を感じたいんです……」
「そう。俺も少しは感じたいね。他の男にうつつを抜かそうとしてる君にどう伝えたらいいだろうな」
先生の指がこめかみをさぐる。
「キスしてくれるんですか……?」
「そんな気持ちに君がさせてくれたらね。ふらふらしてる女は好きじゃないんだ」
「……柚樹くんとてんびんにかけてるつもりなんて」
唇に先生の人差し指が立てられて、口をつぐむ。
「その名前を聞くのも腹立たしいよ」
そう言って、彼は私の唇の端にキスをした。そして、そのまま唇を合わせてくる。
どうして……?
唇は……、愛してる人にしか触れさせないのではなくて?
「キスも初めてか……」
「先生……ずるい……」
「なぜ?」
「先生が私を好きなのかもって誤解させるなんて……」
「誤解かな」
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