佐鳥姫の憂鬱

水城ひさぎ

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佐鳥姫の憂鬱 〜貞華の愛した幻の桜〜

あなたを知りたい人 1

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「なぜ君は俺を好きだと思う?」

 虞美人草が植わる鉢植えを前に、夜間瀬先生は私にそう問う。

 嬉しげに彼が眺めるのは、母の凡子から譲り受けた鉢植えだ。

 先生はブルーポピーを欲しがっていたが、母が御簾路以外の土地で育てるのは無理だと譲らなかった。

 温度管理が徹底された温室とは言え、高地でもない御簾路でブルーポピーが咲くのは七不思議の一つだなと、先生も感慨深げではあった。

 そうして妥協しながら虞美人草を譲ってもらったのだが、どうやらひどく気に入っているよう。

 さっきから、先生からは黒い玉がころころと弾むような声が聞こえている。

「先生の心の声が聞こえるからです」

 問いに答えると、夜間瀬先生はひどくあきれた顔をする。

「ああ、そうだ。しかし違う。声が聞こえるから好きだと思い込んでいるだけだ。これは前にも言った。俺が言いたいのは、君は俺の何が好きなんだ」
「全部です」

 先生の唇の端が皮肉げに持ち上がる。

「抽象的だね。ナンセンスだ」

 そんな風に私の気持ちを否定するから、私も考え考え答える。

「心の声が聞こえることが本能だとするなら……、夜間瀬先生の遺伝子を欲しがっていると言える、と思います」
「ほう。俺の子を産んで、佐鳥家の存続を願う気持ちはまだ捨てていないわけだ」

 先生はなんだか愉快げで、シルバーメタルフレームの眼鏡の真ん中を人差し指で押し上げるとうっすら笑む。

「先生もご覧になったでしょう? 私は御簾路が好きなんです。先生もきっと……」

 いつか私は御簾路へ帰るだろう。その時は夜間瀬先生と一緒がいいと思う。

「そこまでの気持ちはないよ」
「いつになったらそんな気持ちになってくれますか?」

 大学を卒業するまでは生徒としてしか見れない。先生はそう言うけれど、何度か重ねた唇の意味は? と考えれば、少しは期待してしまう。

 祈るように見つめたら、彼は不意に私の髪をゆるりと撫でた。

「そうだな。俺も君の心を知りたいと思った時かな」
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