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佐鳥姫の憂鬱 〜貞華の愛した幻の桜〜
定められた恋に散った華 2
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***
樹齢400年の桜は広大な土地に威風堂々と枝を伸ばし、その枝先までも生き生きとした生命力を感じる大木だった。
春になり、桜の花が咲けば、それは見事な眺めとなるだろう。その大木の根元で、虞美人草の鉢を地面に下ろす凡子さんの背に声をかける。
「戻すんですか?」
彼女の足元には、ちょうど鉢がすっぽり収まるぐらいの穴が空いている。まるで俺が鉢を戻しに来たことを知っていたみたいに。
「戻しに来られたのでしょう?」
凡子さんは質問に質問で答え、俺を振り返る。
「夢を見るんですよ」
続けなさいとばかりに、彼女は無言で俺の目を見つめる。
「夜月が虞美人草を抱えて毎晩現れる夢を見るんです。夜月がここへ戻りたいと訴えているのだと思っていましたが、貞華かもしれないと聞き、気が変わりました」
「どうされたいのです?」
「この華が朽ちるさまを見てみようと思います。二度とこの場所に咲かないよう、見守りたいと思います」
「二度と咲かないように、ですか」
「それが願いなのでは? と思いましてね。夜月と、あなたの」
凡子さんはゆっくりとまばたきをして、鉢を抱えると俺の前に歩み寄る。
「佐鳥の姫は男運がないことで有名ですが、華南は良い方を選んだようですね」
「男運が? その運命を変えられたのは、あなたでしょう」
俺の言葉に彼女はほんのりと口元をゆるめる。すると虞美人草も微笑むように揺らいだ。
「お母さん、虞美人草に貞華様が宿っているとしたら、それは未練を残してこの世に留まっているということ?」
華南は佐鳥家で起きる不思議な出来事に過敏ではない。あたかも息を吸うようにあたりまえのこととして受け入れ、そう凡子さんに尋ねる。
「そうね。咲いては枯れ、枯れては咲きを繰り返す。この世に遺る吉継様を心配されてのことと理解していますよ」
「桜内吉継様の名は初めて聞いたわ」
華南の知らないことはたくさんあるのだろう。
凡子さんは多くを語らないまま彼女を育てて来たのか。それとも、この事実もまた、彼女が十四代佐鳥家当主となった後に語り継がれる逸話だったのか。
「貞華様の夫は堤源助様でしょう? なぜ吉継様という方を心配してるの?」
「それは吉継を貞華の許婚だと紹介した時点でわかる話だよ、佐鳥くん」
俺は不思議そうにする華南に視線を移す。
黒い髪が風になびき、白い面を際立たせる赤茶の瞳が俺を見つめる。
赤茶の瞳は夜月の子孫である証拠。
凡子さんの瞳の色もまた赤茶なら、佐鳥家当主はみな、このミステリアスな瞳を受け継いできたのだろうと想像がつく。
心惹かれる瞳だ。
華南と目を合わせるたびに思う。
この美しくも神秘的な瞳に魅せられてきた男は、この瞳を持つ娘が生きた時代にただ一人とは限らないだろうと。
「婚約は何かによって破棄され、その源助という男と貞華は結婚した。しかし今もなお、貞華と吉継が思いを遺してこの地に留まるなら、二人は400年も前からこの桜の下で愛し合っているのだろう」
「それは源助様に対する裏切りではないの?」
「命ある時に身体を許し合っていたなら裏切りだろう。心を繋げていたなら、源助にとっては屈辱だろうが、残念ながら俺は源助の性格を知らない。それでも良しとして生きる男もいるかもしれないね」
「心と身体、どちらか一方を繋いでいても裏切りに思うわ」
「君は純粋だね。愛の形はきっと一つではないよ」
「私たちの今も、一つではない愛の形の一つですか?」
やたらと華南が真面目に問うから、俺はうっすらと笑んで、凡子さんへ視線を移す。
「娘さんをまっすぐに育てられたあなたに敬服します」
凡子さんもまたくすりと笑い、華南の肩を愛おしそうになでる。
「あまり先生を困らせてはなりませんよ。口にできない想いほど、深いものはないのかもしれないわね、華南」
樹齢400年の桜は広大な土地に威風堂々と枝を伸ばし、その枝先までも生き生きとした生命力を感じる大木だった。
春になり、桜の花が咲けば、それは見事な眺めとなるだろう。その大木の根元で、虞美人草の鉢を地面に下ろす凡子さんの背に声をかける。
「戻すんですか?」
彼女の足元には、ちょうど鉢がすっぽり収まるぐらいの穴が空いている。まるで俺が鉢を戻しに来たことを知っていたみたいに。
「戻しに来られたのでしょう?」
凡子さんは質問に質問で答え、俺を振り返る。
「夢を見るんですよ」
続けなさいとばかりに、彼女は無言で俺の目を見つめる。
「夜月が虞美人草を抱えて毎晩現れる夢を見るんです。夜月がここへ戻りたいと訴えているのだと思っていましたが、貞華かもしれないと聞き、気が変わりました」
「どうされたいのです?」
「この華が朽ちるさまを見てみようと思います。二度とこの場所に咲かないよう、見守りたいと思います」
「二度と咲かないように、ですか」
「それが願いなのでは? と思いましてね。夜月と、あなたの」
凡子さんはゆっくりとまばたきをして、鉢を抱えると俺の前に歩み寄る。
「佐鳥の姫は男運がないことで有名ですが、華南は良い方を選んだようですね」
「男運が? その運命を変えられたのは、あなたでしょう」
俺の言葉に彼女はほんのりと口元をゆるめる。すると虞美人草も微笑むように揺らいだ。
「お母さん、虞美人草に貞華様が宿っているとしたら、それは未練を残してこの世に留まっているということ?」
華南は佐鳥家で起きる不思議な出来事に過敏ではない。あたかも息を吸うようにあたりまえのこととして受け入れ、そう凡子さんに尋ねる。
「そうね。咲いては枯れ、枯れては咲きを繰り返す。この世に遺る吉継様を心配されてのことと理解していますよ」
「桜内吉継様の名は初めて聞いたわ」
華南の知らないことはたくさんあるのだろう。
凡子さんは多くを語らないまま彼女を育てて来たのか。それとも、この事実もまた、彼女が十四代佐鳥家当主となった後に語り継がれる逸話だったのか。
「貞華様の夫は堤源助様でしょう? なぜ吉継様という方を心配してるの?」
「それは吉継を貞華の許婚だと紹介した時点でわかる話だよ、佐鳥くん」
俺は不思議そうにする華南に視線を移す。
黒い髪が風になびき、白い面を際立たせる赤茶の瞳が俺を見つめる。
赤茶の瞳は夜月の子孫である証拠。
凡子さんの瞳の色もまた赤茶なら、佐鳥家当主はみな、このミステリアスな瞳を受け継いできたのだろうと想像がつく。
心惹かれる瞳だ。
華南と目を合わせるたびに思う。
この美しくも神秘的な瞳に魅せられてきた男は、この瞳を持つ娘が生きた時代にただ一人とは限らないだろうと。
「婚約は何かによって破棄され、その源助という男と貞華は結婚した。しかし今もなお、貞華と吉継が思いを遺してこの地に留まるなら、二人は400年も前からこの桜の下で愛し合っているのだろう」
「それは源助様に対する裏切りではないの?」
「命ある時に身体を許し合っていたなら裏切りだろう。心を繋げていたなら、源助にとっては屈辱だろうが、残念ながら俺は源助の性格を知らない。それでも良しとして生きる男もいるかもしれないね」
「心と身体、どちらか一方を繋いでいても裏切りに思うわ」
「君は純粋だね。愛の形はきっと一つではないよ」
「私たちの今も、一つではない愛の形の一つですか?」
やたらと華南が真面目に問うから、俺はうっすらと笑んで、凡子さんへ視線を移す。
「娘さんをまっすぐに育てられたあなたに敬服します」
凡子さんもまたくすりと笑い、華南の肩を愛おしそうになでる。
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