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佐鳥姫の憂鬱 〜貞華の愛した幻の桜〜
定められた恋に散った華 1
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自動車の後部座席で、虞美人草はまるで車窓の奥を眺めるかのように、開く花びらを外へ向けている。その姿は凛とした佇まいで優美だった。
夜月様かもしれない。そう言われたら信じてしまうほどに。
後部座席から視線を前方へ戻すと、生まれ育った御簾路の家はもう目前だった。
佐鳥家について知りたいからと夜間瀬先生を生家へ誘ったが、本当のところは一緒に過ごしたかっただけだ。
虞美人草を御簾路へ持ち帰りたいという、彼の運転する車で一泊旅行することになるとまでは思っていなかったが。
運転中の先生はずっと無言だった。穏やかな黒い声が車内を満たすのは、先生がこのお出かけを楽しんでいる証拠だろう。
彼が門の前へ車を停車させると、玄関に母である凡子が計ったように現れる。
母が着物姿で優雅に引き戸を開けるさまを見ながら車から降りた先生は、屋敷の周囲を見回す。
「君の家はいつも同じ時を繰り返し刻んでいるかのように静粛だね」
「わりと人の出入りがあるのでそうでもないです」
「そうか。俺たちが来る時は来客が訪れないよう配慮しているのだろうね」
夜間瀬先生は満足そうにうなずくと、一泊分の荷物を肩にかけ、後部座席から虞美人草の鉢を下ろす。
そして、大切そうに鉢を抱えたまま、母へ向かって石畳の上を躊躇なく歩み始めた。
「そろそろお越しになる頃と思っておりましたよ」
挨拶もそこそこに、夜間瀬先生の抱える虞美人草に視線を落とした母の凡子は、愉快げに目を細めた。
「わかっておられた? 意地悪な方だ」
先生もわずかにほおを緩めて、母との会話を楽しむ様子を見せる。
「いたずらしたくなったのよ」
「試したのでしょう。俺が佐鳥家にふさわしいかどうか」
「試すわけではありませんよ。自然とふるい落とされていくのです。最終的に選ぶのは華南。華南の決めた事を反対するつもりはありません」
「だから俺が逃げ出すように仕向けられた? やはり意地悪な方だ」
「多少の親心は理解してくださいな」
母は夜間瀬先生との交際を反対しているのだろうか。そう思わせるようなことを言いながらも、友好的な笑みを浮かべたまま、私たちを玄関に招き入れる。
「早速ですが、この虞美人草はなんですか?」
母に鉢を渡し、靴を脱ぎながら先生は尋ねる。
「貞華様の化身であると代々語り継がれております」
さらりと、すぐには信じられないことを母は口にする。
「貞華というと、二代目の佐鳥家当主ですか。夜月ではなく?」
推測が間違っていたからか、彼は少々驚きながら確認するように問う。
「夜月様ではないかと問われると、違うと言えるほどの確証はございませんが、貞華様ではないかと言われるには理由があります」
「どのような理由が?」
「桜の木です」
「桜ですか」
先生は私に目配せする。桜の花びらエキスが肌に良いなどと話をしていたばかりだからだろう。
「貞華様が亡くなられた桜の木の下に、毎年虞美人草が季節外れに咲くのです。それが貞華様の化身だと言われるようになったのは、桜内吉継の霊が現れるようになってからと聞いています」
「桜内吉継? 誰ですか」
「貞華様の許婚。その桜の木は吉継様が植えたものなのです。今から庭へ行きますか?」
「え……」
「ご覧になりたいのでしょう? 夜間瀬先生は好奇心に忠実な方のようですから」
母は脱いだ草履をはき直すと、「どうぞ」と裏庭へ続く道へと私たちを導いた。
自動車の後部座席で、虞美人草はまるで車窓の奥を眺めるかのように、開く花びらを外へ向けている。その姿は凛とした佇まいで優美だった。
夜月様かもしれない。そう言われたら信じてしまうほどに。
後部座席から視線を前方へ戻すと、生まれ育った御簾路の家はもう目前だった。
佐鳥家について知りたいからと夜間瀬先生を生家へ誘ったが、本当のところは一緒に過ごしたかっただけだ。
虞美人草を御簾路へ持ち帰りたいという、彼の運転する車で一泊旅行することになるとまでは思っていなかったが。
運転中の先生はずっと無言だった。穏やかな黒い声が車内を満たすのは、先生がこのお出かけを楽しんでいる証拠だろう。
彼が門の前へ車を停車させると、玄関に母である凡子が計ったように現れる。
母が着物姿で優雅に引き戸を開けるさまを見ながら車から降りた先生は、屋敷の周囲を見回す。
「君の家はいつも同じ時を繰り返し刻んでいるかのように静粛だね」
「わりと人の出入りがあるのでそうでもないです」
「そうか。俺たちが来る時は来客が訪れないよう配慮しているのだろうね」
夜間瀬先生は満足そうにうなずくと、一泊分の荷物を肩にかけ、後部座席から虞美人草の鉢を下ろす。
そして、大切そうに鉢を抱えたまま、母へ向かって石畳の上を躊躇なく歩み始めた。
「そろそろお越しになる頃と思っておりましたよ」
挨拶もそこそこに、夜間瀬先生の抱える虞美人草に視線を落とした母の凡子は、愉快げに目を細めた。
「わかっておられた? 意地悪な方だ」
先生もわずかにほおを緩めて、母との会話を楽しむ様子を見せる。
「いたずらしたくなったのよ」
「試したのでしょう。俺が佐鳥家にふさわしいかどうか」
「試すわけではありませんよ。自然とふるい落とされていくのです。最終的に選ぶのは華南。華南の決めた事を反対するつもりはありません」
「だから俺が逃げ出すように仕向けられた? やはり意地悪な方だ」
「多少の親心は理解してくださいな」
母は夜間瀬先生との交際を反対しているのだろうか。そう思わせるようなことを言いながらも、友好的な笑みを浮かべたまま、私たちを玄関に招き入れる。
「早速ですが、この虞美人草はなんですか?」
母に鉢を渡し、靴を脱ぎながら先生は尋ねる。
「貞華様の化身であると代々語り継がれております」
さらりと、すぐには信じられないことを母は口にする。
「貞華というと、二代目の佐鳥家当主ですか。夜月ではなく?」
推測が間違っていたからか、彼は少々驚きながら確認するように問う。
「夜月様ではないかと問われると、違うと言えるほどの確証はございませんが、貞華様ではないかと言われるには理由があります」
「どのような理由が?」
「桜の木です」
「桜ですか」
先生は私に目配せする。桜の花びらエキスが肌に良いなどと話をしていたばかりだからだろう。
「貞華様が亡くなられた桜の木の下に、毎年虞美人草が季節外れに咲くのです。それが貞華様の化身だと言われるようになったのは、桜内吉継の霊が現れるようになってからと聞いています」
「桜内吉継? 誰ですか」
「貞華様の許婚。その桜の木は吉継様が植えたものなのです。今から庭へ行きますか?」
「え……」
「ご覧になりたいのでしょう? 夜間瀬先生は好奇心に忠実な方のようですから」
母は脱いだ草履をはき直すと、「どうぞ」と裏庭へ続く道へと私たちを導いた。
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