非才の催眠術師

水城ひさぎ

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かからない魔法とめざめる奇跡

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「お兄ちゃん、さっきデパートにいた?」

 私は兄の古屋遼と共に商店街近くの公園までやってきた。いきなりママに会わせるのは勇気がいる。その勇気を今は持ち合わせていなかったのだ。

「……あ、ああ、いたよ」

 ベンチに並んで座る遼は、私に身を寄せながらも困惑ぎみにうなずく。私との再会を喜んでいるように見えない。

「迷惑じゃなかった?」

 不安になりながら尋ねる。すると遼はハッとして、私の手をぎゅっと握る。

「それはないよ。俺、ずっと悠紀と話したいって思ってた」
「お兄ちゃん……」

 遼を見上げる。目が潤む。私は両親や兄に捨てられたのだと思っていた。少しでも会いたいと思ってくれているなら、会いに来てくれると思っていた。会えないのは、古屋の家に私がいらない証拠だった。

 兄の顔は覚えていなかった。真咲さんからもらった写真でしか知らない。その写真そのものの遼が目の前にいる。この人はまぎれもなく、私の兄だ。そう確信すると、涙がやまない。

「デパートにいた時にね、名前を呼ばれたような気がしたの。お兄ちゃんだったのかなって思って」

 ハンカチで目元を何度かおさえながら言う。そんな私を遼は戸惑いながら見つめている。

「……そう、だね。呼んだかもしれない。悠紀が見えたからついていったんだ。でもすぐにデパートは出たんだ」
「私……、ずっとお兄ちゃんに会いたかった……」

 遼はそうじゃなかったかもしれない。

 無条件で久しぶりに再会した妹を抱きしめないから、そう考えてしまう。遼を呼び止めたのは間違いだったんじゃないかと不安だ。

「悠紀……、もう泣かないで」

 遼の腕が私を包み込む。そっと抱き寄せられて、兄の胸に顔がうずまる。私はゆっくりと目を閉じる。外は寒いのに、温かくて落ち着く。緊張していた身体から力が抜ける。

「悠紀……」

 しばらく身を寄せ合っていると、遼がためらいがちに私の名を呼ぶ。

「……お兄ちゃん?」

 そっと私の肩を押した遼の顔が近づいてくる。目を細めた兄の頬はほんのりと赤くなって。ふんわりした黒髪が私の頬をかすめて、そのままぴたりと冷たい頬が重なる。

「悠紀……、元気出して」

 わずかに遼が首を傾ける。冷たい唇が頬に触れて、私の身体に新たな緊張が生まれる。

「あ……、お兄ちゃん……なに……」
「俺も、こうやって悠紀を元気づけたい」

 遼が唇を寄せてくる。

「え……っ」

 俺も、ってなに。
 元気づけるためにキスって。

 混乱してる間にも唇は近づいてくるから、慌てて彼の口に手を当てる。

「お兄ちゃん……、私たちは兄妹だからダメだよ」
「兄妹じゃなきゃいいんだ……」
「……ちょっと語弊があるよ」

 腰を引いて遼と距離を置く。

 兄は昔、ひどく私をかわいがってくれていたのだろうけど、もう私はあの時の幼い悠紀ではない。

「真咲は……したよね?」

 唐突に遼は言う。その黒い瞳には苦しみや悔しさのようなものが浮かんでいる。

「え……」
「真咲は悠紀にキスしたよね? 悠紀も嬉しそうだった」

 頬が紅潮する。まったく記憶にないことだ。私の中には存在しない過去が、兄の口から語られると事実なんじゃないかなんて錯覚する。

「そ、そんなことしてない。間違いだよ、お兄ちゃん。何かの見間違いだよ……」
「見間違えたりしないよ……。俺は兄だからダメなんだね」
「……お兄ちゃん」

 遼は不意にベンチから立ち上がる。大きな背中がさみしげだ。兄の想いが見えない。それでも私は歩き出す彼を呼び止める。

「お兄ちゃん、また会える?」
「……どうかな。わからない」

 遼はゆるりと首を振ると、「先に帰るよ」と公園をあとにした。
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