仮初めの甘い誘惑

水城ひさぎ

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永遠の条件

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***


 神林邸のリビングは、久しぶりににぎやかだった。

 充寿さんが退院し、お祝いに駆けつけた神林家の面々の前には、豪華な食事が並んでいる。

 叶冬さんが持ってきてくれたシャンパンをグラスに注ぐと、秋花さんが、「佐那子ちゃんも座って」とグラスを運んでくれる。

 長テーブルの中央に座る充寿さんの両隣に叶冬さんと夏凪さん、彼らの向かい側に私と秋花さんは腰を下ろす。

「じゃあ、父さんの退院を祝して、乾杯しようか」

 叶冬さんがグラスを持ち上げようとすると、充寿さんが手で制す。

「その前に、おまえたちに重大な話がある」

 私たちは一斉に充寿さんへ視線を向けた。

 神林家の家長である充寿さんの命は絶対的なもので、何を言い出すのだろうと、誰もがかたずを飲んだ。

「入院している間、かなり時間があったからな、ずいぶんといろいろ考えた。夏凪もこうして日本へ帰ってきて、以前とは状況が違う。そこでだ、佐那子さんに関して、ある提案をしようと思う」

 私? 不安を覚えて充寿さんを見ると、彼は思いもよらないほど穏やかな笑顔をしている。

 きっと悪いことではないのだと思う。そう信じながら、夏凪さんに視線を移すと、彼はいぶかしそうに充寿さんを見ていた。

「佐那子に関する話って?」

 夏凪さんがそう言うと、秋花さんがハッとしたように彼を見て、何か考えるようにあごに手をあてた。

 なんだろう。叶冬さんも黙って何も言わないし、みんな何を考えているのだろう。困惑していると、充寿さんが言う。

「神林家へ佐那子さんが来てから6年が経つ。彼女は秋花とともに実の娘と同じぐらいよく尽くしてくれている。遺言書を作成した頃は、佐那子さんもまだ成人したばかりで、私たちもさまざまな不安を抱えていたが、今はもう多くの信頼を得て、何も心配することはなくなったように思う」

 その言葉に、神林家の兄弟は各々にうなずき、何も反論しなかった。

「そこでだ、遺言書にある佐那子さんに関する表記を一部変更しようと思う」
「それって、もしかして……」

 すぐさま反応した秋花さんに、充寿さんがうなずく。

「佐那子さんに財産を譲る権利は残す。ただし、恋人または配偶者がいた場合でも、遺産相続の権利を有するとする。施設の運営に関してはこれまで通りの方針だ。文句はないか?」

 そう言って、充寿さんは夏凪さんを見やる。

 遺産相続に関して大反対していたのは、夏凪さんだけだ。彼は今も反対しているだろうか。しかし、私と彼はもう恋人なのだから、今は遺産相続の権利を失った状態だ。その権利が復活するとしたら、彼は何を思うだろう。

 夏凪さんはすぐには何も言わなかった。何か考え込むように腕を組んでいる。やはり、遺産相続に関しては納得してないのかもしれない。

「叶冬、秋花、夏凪。3人のうち、誰か一人でも反対するのならば、私は佐那子さんと再婚してもいいと考えている」

 ハッとして顔をあげると、叶冬さんは目を見開き、秋花さんは口もとに手をあて、夏凪さんは「なんだってっ?」と叫んだ。

「だってそうだろう、夏凪。血縁者でないから反対するなら、佐那子さんは私の妻になればいい。四季を愛する気持ちは変わらないからな、遺産相続のための契約と考えてもらってもかまわない。それを佐那子さんが承諾するかは別の話だが、私が取れる最善策を提案している」
「それは困る」

 夏凪さんははっきりとそう言って、私へとまっすぐな視線を向けてくる。どんな顔をしたらいいのかわからなくて、困惑してしまう。

「そうよ、お父さん、それは困るわよ」

 秋花さんも同意して、さらに言う。

「それは困るわよねー、夏凪。すっごく気になったんだけど、あなた、前にも佐那子ちゃんを呼び捨てしてたわよね。それって、そういうことよね?」

 にやにやする秋花さんにハッとする。

 さっき、考え込むような態度を見せていたのは、私を呼び捨てにした夏凪さんに違和感を覚えてのことだったのだ。

「別に濁すことじゃない。俺は佐那子と付き合ってる」

 夏凪さんが思いもよらず、みんなの前で堂々と告白するから、ほおが赤らんだ。

「えっ! 付き合ってるの? だって佐那子ちゃん、そんな話、全然。いやだー。夏凪が勝手に片想いしてるのかと思ってたわよー」
「本当なのか? 夏凪」

 叶冬さんまで興味津々に身を乗り出す。

「ああ、結婚するつもりでいる」

 夏凪さんは涼しい顔で、しれっと言う。その様子には、充寿さんもあきれたようだった。

「それは、プロポーズと捉えていいのか? 佐那子さんはびっくりしてるようだが」
「プロポーズはしたよ。父さんが余計な提案をするから、驚いてるだけだよ。俺は佐那子と結婚する。だから、父さんと結婚されては困る。それだけだよ」

 ぶっきらぼうに言う夏凪さんはいきなり立ち上がると、こちらへやってきて、私の前へひざまずく。

 もう何がなんだかわからない。おろおろする私の両手を、夏凪さんが優しく握りしめてくる。まっすぐこちらを見つめる彼の目を見たら、だんだんと冷静になっていく。

「佐那子、父さんと結婚なんてさせない。俺と結婚しよう」

 彼の手は温かくて、いつも私を優しく包み込んでくれる。この手があれば、信じて生きていける。彼の心も、彼の人生も。

「はい、夏凪さん」

 すんなりうなずいていた。

 それなのに、彼のうれしそうな笑顔を見たら涙がこみあげてきて、両手で口もとを覆う。

「やだ、佐那子ちゃん泣かないでよ」

 秋花さんはあわてて駆け寄ってくると、私の背中をなでてくれる。

「そうだよ、佐那子さん。今までも妹のように思ってきたが、佐那子さんが本当の俺たちの妹になるなら大歓迎だよ」

 叶冬さんはそう言って、穏やかに笑む。

「では、今夜は夏凪と佐那子さんの結婚を祝して乾杯するとしようか」

 充寿さんの掛け声で、私たちは各々グラスを持ち、天井へ向かって掲げる。

「乾杯っ!」
「おめでとう、佐那子ちゃん」
「夏凪をよろしく頼むよ、佐那子さん」

 にこやかに笑む彼らに見守られる中、私と夏凪さんは見つめ合い、そっとグラスを重ねる。

「佐那子はもう、今日から俺たちの家族だよ」





 
【完】
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