29 / 29
永遠の条件
11
しおりを挟む
***
神林邸のリビングは、久しぶりににぎやかだった。
充寿さんが退院し、お祝いに駆けつけた神林家の面々の前には、豪華な食事が並んでいる。
叶冬さんが持ってきてくれたシャンパンをグラスに注ぐと、秋花さんが、「佐那子ちゃんも座って」とグラスを運んでくれる。
長テーブルの中央に座る充寿さんの両隣に叶冬さんと夏凪さん、彼らの向かい側に私と秋花さんは腰を下ろす。
「じゃあ、父さんの退院を祝して、乾杯しようか」
叶冬さんがグラスを持ち上げようとすると、充寿さんが手で制す。
「その前に、おまえたちに重大な話がある」
私たちは一斉に充寿さんへ視線を向けた。
神林家の家長である充寿さんの命は絶対的なもので、何を言い出すのだろうと、誰もがかたずを飲んだ。
「入院している間、かなり時間があったからな、ずいぶんといろいろ考えた。夏凪もこうして日本へ帰ってきて、以前とは状況が違う。そこでだ、佐那子さんに関して、ある提案をしようと思う」
私? 不安を覚えて充寿さんを見ると、彼は思いもよらないほど穏やかな笑顔をしている。
きっと悪いことではないのだと思う。そう信じながら、夏凪さんに視線を移すと、彼はいぶかしそうに充寿さんを見ていた。
「佐那子に関する話って?」
夏凪さんがそう言うと、秋花さんがハッとしたように彼を見て、何か考えるようにあごに手をあてた。
なんだろう。叶冬さんも黙って何も言わないし、みんな何を考えているのだろう。困惑していると、充寿さんが言う。
「神林家へ佐那子さんが来てから6年が経つ。彼女は秋花とともに実の娘と同じぐらいよく尽くしてくれている。遺言書を作成した頃は、佐那子さんもまだ成人したばかりで、私たちもさまざまな不安を抱えていたが、今はもう多くの信頼を得て、何も心配することはなくなったように思う」
その言葉に、神林家の兄弟は各々にうなずき、何も反論しなかった。
「そこでだ、遺言書にある佐那子さんに関する表記を一部変更しようと思う」
「それって、もしかして……」
すぐさま反応した秋花さんに、充寿さんがうなずく。
「佐那子さんに財産を譲る権利は残す。ただし、恋人または配偶者がいた場合でも、遺産相続の権利を有するとする。施設の運営に関してはこれまで通りの方針だ。文句はないか?」
そう言って、充寿さんは夏凪さんを見やる。
遺産相続に関して大反対していたのは、夏凪さんだけだ。彼は今も反対しているだろうか。しかし、私と彼はもう恋人なのだから、今は遺産相続の権利を失った状態だ。その権利が復活するとしたら、彼は何を思うだろう。
夏凪さんはすぐには何も言わなかった。何か考え込むように腕を組んでいる。やはり、遺産相続に関しては納得してないのかもしれない。
「叶冬、秋花、夏凪。3人のうち、誰か一人でも反対するのならば、私は佐那子さんと再婚してもいいと考えている」
ハッとして顔をあげると、叶冬さんは目を見開き、秋花さんは口もとに手をあて、夏凪さんは「なんだってっ?」と叫んだ。
「だってそうだろう、夏凪。血縁者でないから反対するなら、佐那子さんは私の妻になればいい。四季を愛する気持ちは変わらないからな、遺産相続のための契約と考えてもらってもかまわない。それを佐那子さんが承諾するかは別の話だが、私が取れる最善策を提案している」
「それは困る」
夏凪さんははっきりとそう言って、私へとまっすぐな視線を向けてくる。どんな顔をしたらいいのかわからなくて、困惑してしまう。
「そうよ、お父さん、それは困るわよ」
秋花さんも同意して、さらに言う。
「それは困るわよねー、夏凪。すっごく気になったんだけど、あなた、前にも佐那子ちゃんを呼び捨てしてたわよね。それって、そういうことよね?」
にやにやする秋花さんにハッとする。
さっき、考え込むような態度を見せていたのは、私を呼び捨てにした夏凪さんに違和感を覚えてのことだったのだ。
「別に濁すことじゃない。俺は佐那子と付き合ってる」
夏凪さんが思いもよらず、みんなの前で堂々と告白するから、ほおが赤らんだ。
「えっ! 付き合ってるの? だって佐那子ちゃん、そんな話、全然。いやだー。夏凪が勝手に片想いしてるのかと思ってたわよー」
「本当なのか? 夏凪」
叶冬さんまで興味津々に身を乗り出す。
「ああ、結婚するつもりでいる」
夏凪さんは涼しい顔で、しれっと言う。その様子には、充寿さんもあきれたようだった。
「それは、プロポーズと捉えていいのか? 佐那子さんはびっくりしてるようだが」
「プロポーズはしたよ。父さんが余計な提案をするから、驚いてるだけだよ。俺は佐那子と結婚する。だから、父さんと結婚されては困る。それだけだよ」
ぶっきらぼうに言う夏凪さんはいきなり立ち上がると、こちらへやってきて、私の前へひざまずく。
もう何がなんだかわからない。おろおろする私の両手を、夏凪さんが優しく握りしめてくる。まっすぐこちらを見つめる彼の目を見たら、だんだんと冷静になっていく。
「佐那子、父さんと結婚なんてさせない。俺と結婚しよう」
彼の手は温かくて、いつも私を優しく包み込んでくれる。この手があれば、信じて生きていける。彼の心も、彼の人生も。
「はい、夏凪さん」
すんなりうなずいていた。
それなのに、彼のうれしそうな笑顔を見たら涙がこみあげてきて、両手で口もとを覆う。
「やだ、佐那子ちゃん泣かないでよ」
秋花さんはあわてて駆け寄ってくると、私の背中をなでてくれる。
「そうだよ、佐那子さん。今までも妹のように思ってきたが、佐那子さんが本当の俺たちの妹になるなら大歓迎だよ」
叶冬さんはそう言って、穏やかに笑む。
「では、今夜は夏凪と佐那子さんの結婚を祝して乾杯するとしようか」
充寿さんの掛け声で、私たちは各々グラスを持ち、天井へ向かって掲げる。
「乾杯っ!」
「おめでとう、佐那子ちゃん」
「夏凪をよろしく頼むよ、佐那子さん」
にこやかに笑む彼らに見守られる中、私と夏凪さんは見つめ合い、そっとグラスを重ねる。
「佐那子はもう、今日から俺たちの家族だよ」
【完】
神林邸のリビングは、久しぶりににぎやかだった。
充寿さんが退院し、お祝いに駆けつけた神林家の面々の前には、豪華な食事が並んでいる。
叶冬さんが持ってきてくれたシャンパンをグラスに注ぐと、秋花さんが、「佐那子ちゃんも座って」とグラスを運んでくれる。
長テーブルの中央に座る充寿さんの両隣に叶冬さんと夏凪さん、彼らの向かい側に私と秋花さんは腰を下ろす。
「じゃあ、父さんの退院を祝して、乾杯しようか」
叶冬さんがグラスを持ち上げようとすると、充寿さんが手で制す。
「その前に、おまえたちに重大な話がある」
私たちは一斉に充寿さんへ視線を向けた。
神林家の家長である充寿さんの命は絶対的なもので、何を言い出すのだろうと、誰もがかたずを飲んだ。
「入院している間、かなり時間があったからな、ずいぶんといろいろ考えた。夏凪もこうして日本へ帰ってきて、以前とは状況が違う。そこでだ、佐那子さんに関して、ある提案をしようと思う」
私? 不安を覚えて充寿さんを見ると、彼は思いもよらないほど穏やかな笑顔をしている。
きっと悪いことではないのだと思う。そう信じながら、夏凪さんに視線を移すと、彼はいぶかしそうに充寿さんを見ていた。
「佐那子に関する話って?」
夏凪さんがそう言うと、秋花さんがハッとしたように彼を見て、何か考えるようにあごに手をあてた。
なんだろう。叶冬さんも黙って何も言わないし、みんな何を考えているのだろう。困惑していると、充寿さんが言う。
「神林家へ佐那子さんが来てから6年が経つ。彼女は秋花とともに実の娘と同じぐらいよく尽くしてくれている。遺言書を作成した頃は、佐那子さんもまだ成人したばかりで、私たちもさまざまな不安を抱えていたが、今はもう多くの信頼を得て、何も心配することはなくなったように思う」
その言葉に、神林家の兄弟は各々にうなずき、何も反論しなかった。
「そこでだ、遺言書にある佐那子さんに関する表記を一部変更しようと思う」
「それって、もしかして……」
すぐさま反応した秋花さんに、充寿さんがうなずく。
「佐那子さんに財産を譲る権利は残す。ただし、恋人または配偶者がいた場合でも、遺産相続の権利を有するとする。施設の運営に関してはこれまで通りの方針だ。文句はないか?」
そう言って、充寿さんは夏凪さんを見やる。
遺産相続に関して大反対していたのは、夏凪さんだけだ。彼は今も反対しているだろうか。しかし、私と彼はもう恋人なのだから、今は遺産相続の権利を失った状態だ。その権利が復活するとしたら、彼は何を思うだろう。
夏凪さんはすぐには何も言わなかった。何か考え込むように腕を組んでいる。やはり、遺産相続に関しては納得してないのかもしれない。
「叶冬、秋花、夏凪。3人のうち、誰か一人でも反対するのならば、私は佐那子さんと再婚してもいいと考えている」
ハッとして顔をあげると、叶冬さんは目を見開き、秋花さんは口もとに手をあて、夏凪さんは「なんだってっ?」と叫んだ。
「だってそうだろう、夏凪。血縁者でないから反対するなら、佐那子さんは私の妻になればいい。四季を愛する気持ちは変わらないからな、遺産相続のための契約と考えてもらってもかまわない。それを佐那子さんが承諾するかは別の話だが、私が取れる最善策を提案している」
「それは困る」
夏凪さんははっきりとそう言って、私へとまっすぐな視線を向けてくる。どんな顔をしたらいいのかわからなくて、困惑してしまう。
「そうよ、お父さん、それは困るわよ」
秋花さんも同意して、さらに言う。
「それは困るわよねー、夏凪。すっごく気になったんだけど、あなた、前にも佐那子ちゃんを呼び捨てしてたわよね。それって、そういうことよね?」
にやにやする秋花さんにハッとする。
さっき、考え込むような態度を見せていたのは、私を呼び捨てにした夏凪さんに違和感を覚えてのことだったのだ。
「別に濁すことじゃない。俺は佐那子と付き合ってる」
夏凪さんが思いもよらず、みんなの前で堂々と告白するから、ほおが赤らんだ。
「えっ! 付き合ってるの? だって佐那子ちゃん、そんな話、全然。いやだー。夏凪が勝手に片想いしてるのかと思ってたわよー」
「本当なのか? 夏凪」
叶冬さんまで興味津々に身を乗り出す。
「ああ、結婚するつもりでいる」
夏凪さんは涼しい顔で、しれっと言う。その様子には、充寿さんもあきれたようだった。
「それは、プロポーズと捉えていいのか? 佐那子さんはびっくりしてるようだが」
「プロポーズはしたよ。父さんが余計な提案をするから、驚いてるだけだよ。俺は佐那子と結婚する。だから、父さんと結婚されては困る。それだけだよ」
ぶっきらぼうに言う夏凪さんはいきなり立ち上がると、こちらへやってきて、私の前へひざまずく。
もう何がなんだかわからない。おろおろする私の両手を、夏凪さんが優しく握りしめてくる。まっすぐこちらを見つめる彼の目を見たら、だんだんと冷静になっていく。
「佐那子、父さんと結婚なんてさせない。俺と結婚しよう」
彼の手は温かくて、いつも私を優しく包み込んでくれる。この手があれば、信じて生きていける。彼の心も、彼の人生も。
「はい、夏凪さん」
すんなりうなずいていた。
それなのに、彼のうれしそうな笑顔を見たら涙がこみあげてきて、両手で口もとを覆う。
「やだ、佐那子ちゃん泣かないでよ」
秋花さんはあわてて駆け寄ってくると、私の背中をなでてくれる。
「そうだよ、佐那子さん。今までも妹のように思ってきたが、佐那子さんが本当の俺たちの妹になるなら大歓迎だよ」
叶冬さんはそう言って、穏やかに笑む。
「では、今夜は夏凪と佐那子さんの結婚を祝して乾杯するとしようか」
充寿さんの掛け声で、私たちは各々グラスを持ち、天井へ向かって掲げる。
「乾杯っ!」
「おめでとう、佐那子ちゃん」
「夏凪をよろしく頼むよ、佐那子さん」
にこやかに笑む彼らに見守られる中、私と夏凪さんは見つめ合い、そっとグラスを重ねる。
「佐那子はもう、今日から俺たちの家族だよ」
【完】
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる