あなたと恋ができるまで

水城ひさぎ

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何年ぶり?

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 アパートの前までやってきた私は、思わず、パッと振り返った。

 背後の不審者に気づいて辺りを見回したわけじゃない。でも、似たようなもの。私の借りてる部屋の前、103号室の前に、男がうずくまってるのだ。

 振り返ったのは、間違えた? と思ったからだ。

 5年前から借りてるアパートの名前は、ソフトヴィラA。Aというからには、Bもある。

 ソフトヴィラBは住人用の自動車が通れるぐらいの道をはさんで、向かい側にある。向かい側と言っても、入口は向き合ってない。同じ北向きの玄関で、まったく同じ構造のアパートが2軒建っている。

 前々から、ソフトヴィラBの住人が間違えてAの方へやってくることが、しばしばあった。だから、在宅中でも勝手にドアを開けられるといけないから、必ず鍵をかけるようにと、アパートを借りた後に、近所に住む大家に言われたんだった。女一人暮らしだから、気をつけて、と。

 逆も、しかり。ソフトヴィラAの住人が、Bへ行くこともある。だから私も、もしかしてBの方へ来てしまったのかもしれないと、辺りを見回したのだ。

 しかし、見慣れたアパートのベランダと、ゴミ捨て場、自転車置き場などを目にすると、やっぱり私は間違えてないと断言できた。

 そろりと、男に近づいてみる。

 白シャツに黒いジーンズを履いた、若い青年だった。彼はアパートの壁に背を預け、片足を投げ出している。もう片足はひざを立て、腕とあたまを乗せている。だらりと下がる右腕の先は、鍵を握る手のひらが半分開いている。

 やっぱり、間違えてるのは、彼の方。

 私は彼のそばにしゃがみ込み、横顔を眺めて確信した。

 彼は、ソフトヴィラBの103号室の住人だ。
 たまにゴミ捨て場で会う。ベランダに洗濯物を干さない彼とは、しょっちゅう顔を合わせるわけじゃない。
 だけど、たまにベランダに出ていることがあって、部屋を出た途端に顔を合わせたりもした。目があえば、会釈ぐらいはするけど、ただのご近所さん程度の付き合いすらない。

 その彼が、私の部屋の前で眠りこけてるんだから、部屋を間違えたとしか思えない。

 どうしよう。起こそうか。
 いくら夏の夜とはいえ、風邪をひいてしまうだろう。

 でも、どうしよう。起こしたところで、一人で歩いてくれるだろうか。私が担いでいくわけにもいかないし、彼の部屋は真っ暗だ、誰か一緒に暮らしてる人がいるようにも見えない。

 兄の勇一を呼ぼうか。そう考えたら、妙案に思えた。でも時間が遅い。子どもは寝てるだろうし、奥さんがいい顔をしないかもしれない。

「とりあえず、毛布」
 
 ハッと思いついて、かばんから鍵を取り出す。

 カチャンっと小気味のいい音を立てて鍵が開く。その時だった。いきなり、青年がむくりと立ち上がる。

「起きたのっ?」

 驚いて声を上げるが、うつろな目をした青年は、私を押し除けるようにして、ドアノブをつかむ。

 何っ?
 寝ぼけてるの?

 青年はドアを開けると、ためらいもなく中へ入っていく。

 あまりの驚きで声が出せない。ハッとしたときにはドアが閉じかけていて、あわててドアをつかむと、力を入れて押し戻す。

 そのときには青年は、きちんと玄関でスニーカーを脱ぎ、白シャツを脱ぎながらミニキッチンの前を通り、ベルトをはずしてジーンズを足元に落とすと、ベッドメーキングされた真っ白なシーツの上へダイブしていた。

「うそっ」

 私はかすれた声をあげると、1Kのアパートへ駆け込んだ。

 1Kのアパートには、ベッドと小さなソファー、小さな円型テーブルが置かれている。シンプルな部屋だけど、男の子の一人暮らしに見えないぐらいにはおしゃれにしてるつもり。

 ベッドにうつ伏せて、幸せそうに眠る彼は、きっと何にも目に入ってなくて、きっと何にも疑ってない。

「困った……」

 ベッドを見下ろして、腰に手を当てる。

 知らない青年じゃない。でも、知ってる青年でもない。すんなり泊めるなんておかしいのは、わかってる。

 細いけど筋肉質の背中が柔らかく上下してる。その下へさらに視線を移して、目をそらす。黒のボクサーパンツは仕事柄見慣れてるけど、やっぱりちょっと目のやり場に困る。

 こほん、とわざとらしく咳払いして、足元のタオルケットを広げてかけてあげる。

「ん……んぅ……」

 あまりにも気持ちよさそうに寝返りをうつ。ずれたタオルケットをかけ直して、ベッドに両手でほおづえをつく。

 きれいな顔をした男の子だ。大学生か、卒業したぐらい? 20代半ばに見える。

「似てるなぁ」

 ぽつんとつぶやくと、おぼろげだった記憶が鮮明になるみたい。

 青年は、元彼に似てた。
 私が初めてを捧げた元彼に。

 4歳年上の元彼は、今はもう36歳。付き合った時、彼は26歳だった。この青年は、ちょうどそのぐらいの年頃かもしれない。

 似てるって感じるのは、雰囲気かも。顔立ちもなんとなく似てるけど、あごのラインと、イケメンだってところが、一番。若い男の子に共通するカッコよさかもしれない。もしかしたら、単なる私好みの顔立ちってだけかも。

 時々、顔を合わせたときは気づかなかった。似てるのは、やっぱり雰囲気? こうしてベッドにうもれて、幸せそうに見せる寝顔かも。

「追い出せなくなっちゃうな」

 妙な情にほだされながら、部屋の明かりを落とす。青年はまた寝返りをうった。しかしそのまま、眠り続けた。
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