あなたと恋ができるまで

水城ひさぎ

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理不尽な要求

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 カップ式自動販売機のボタンを迷いなく押す。仕事中はいつもブラックと決まってる。

 コーヒーが出来上がるまでの間、スマホを眺めていると、メール通知が上部に現れる。

 マッチングアプリで出会った彰さんからのメールだった。

 メールをもらうのは、久しぶり。
 いつも、仕事忙しいですか? とか、元気にしてますか? とか、私を気遣うメールをくれる。当たり障りのないあいさつ程度の会話をするけど、メールを開いた私は、戸惑ってしまった。

『お会いして話したいことがあります』

 唐突な申し出だった。
 会って話さなきゃいけないことってなんだろう。私だって、大知くんのこと、話さなきゃいけない。でも、会って話す必要はない気もしてる。

「千秋っ! 千秋の彼っ、有能!」

 どう返事をしたらいいだろうと考えてると、絵美が廊下の奥から駆けてくる。

 コーヒーを自動販売機から取り出した私は、メールの返事はしないまま、スマホをポケットにしまった。

「有能って、大知くん?」
「ほかにいないでしょ。モニターよ、モニター。すっごく細かく感想書いてくれたから、改善点もバッチリ。仕事がはかどるわー」
「よかったじゃない。大知くんに伝えておくね。週末になっちゃうけど」

 週末以外は会わないし、電話やメールのやりとりもしないと決めてある。メールも、意外と相手の時間を奪ってしまうもの。彼だって司法試験に向けての勉強もあるし、本当なら私と付き合ってるひまなんてないはずだ。

「ほんとに、週末彼氏なの?」
「お試し期間だから。そのうち、別れたいって向こうが言い出すわよ」
「まあ、普通に付き合ってても、毎日どころか、毎週末だって会えないしね。がまんさせてると、週末は余計に盛り上がっちゃうかも」

 にやにやする絵美を軽くにらみつけながらも、私だって内心、それは心配してる。

「もー、やめてよ。それだけの関係みたいじゃない」
「違うの?」
「そりゃあ、今は私のアパートで会うだけだけど」

 金曜日の20時になると、大知くんは必ずやってくる。彼なりに私の帰宅時間を考えて、最善の時間を選んでくれてるみたい。土日は来たり来なかったり。彼も忙しいのだろう。

「デートしてあげたら?」
「んー、大知くんが言い出したらね」
「なにそれー。千秋って、見た目と違って消極的なんだからぁ。ここはビシッと大人のデート教えてあげなさいよ」

 絵美は胸を張り、ぽんっとこぶしで叩く。

「私がその気になってるみたいで、いやじゃない?」
「何がいやよ。毎日迫られたら困るって言ってるみたいよ。若い男なんて、そっちばっか考えてるんだから、観念して相手してあげなさいよ」
「大知くんは違うって思いたいの」
「はあー、真面目ねー、ほんと。大知くんも真面目そうだし、お似合いじゃない?」

 それは薄々感じてる。出会いが出会いだっただけに、彼を知れば知るほど、実は私にはとんでもなくもったいない青年なんじゃないかって思えてくるのだ。

「いいのかな? このまま付き合って」
「それだけ真剣に考えてるなら、いいんじゃない?」
「そうね……って、絵美の方はどうなの?」

 いつも私の恋愛相談に乗ってもらってばかりだから、尋ねてみた。

「マッチングアプリ?」
「うん、そう。使ってみた?」
「したした。いい感じの人と、ちょっとやりとりしてる」
「へえー、どんな人?」

 絵美はなんだかんだと社交的で、打ち解けるのが早い。

「ショウって人でね、同い年。まださぐりさぐりって感じだけど、そのうち、会ってもいいかな」
「いい人だといいね」
「あんまり期待しないでおくわ。私も、千秋みたいなロマンチックな出会いしたい」
「全然ロマンチックじゃないわよー」

 苦笑いしちゃうけど、絵美は至って真面目に、「ほんとほんと」って言いながら、自動販売機にお金を入れた。

 ふたりでソファーに腰かけて、コーヒーを飲む。絵美と一息つく時間が癒しになってる。

「あっ、そうそう。さっき、ハナちゃんがうちの部署に来たわよ」

 絵美が思い出したように言う。

「ハナちゃんが?」
「あの子、仕事熱心よねー。千秋みたいになりたいって憧れてるみたい。婚期遅れるわよって、からかっちゃったわ」
「もー、あきれる」

 あははって笑う絵美は、コーヒーを飲み終えると、「そろそろ行こっか」と立ち上がった。




 オフィスに戻ると、後輩のハナちゃんが紙袋を下げて、私に駆け寄ってきた。

 ハナちゃんは身長が低く、グラマーで、自分に合う下着を開発したいと意気込んで入社してきた女の子。入社3年目。私の良きパートナーでもある。

「絵美さんに聞きましたよっ、千秋さん。有能なモニターくん、ご存知らしいじゃないですかっ」
「えっ?」

 もうそんなに話が広まってるのかとひるむとと、ハナちゃんはにんまり笑む。

「サンプル、ここに入れておきましたから、ぜひぜひ感想もらってきてくださいっ」

 突き出してくる紙袋をチラッとのぞく。

「なんのサンプル?」
「もちろん、グラマーさん用のブラですよー。最終段階に入りましたからね! ようやく念願の商品化ですっ」
「えぇ? 何を聞いてくるのよ」
「それは見てもらわないとわからないじゃないですか。ご家族の方に使っていただいてもいいですし、お願いしてもらえないですかぁ?」

 甘えるようにすり寄ってくる。愛らしいハナちゃんに私は弱い。

「家族ねー」

 大知くんの家族構成は把握してない。胸の大きな女の子の友だちならいるかもしれないけど、モニターをお願いするって考えると、胸がもやっとする。

「じゃ、お願いしますねっ」

 ハナちゃんは紙袋を私に押し付けると、逃げるみたいにオフィスを立ち去ってしまった。
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