あなたと恋ができるまで

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理不尽な要求

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 ソファーに並び、身体を寄せ合って過ごすのは、何度目になるのだろう。
 いつの頃からか、大知くんと過ごす時間に居心地の良さを感じてる。それを認めてしまうのは、油断してるみたいで、どうにも表に出せない。ひとことで言えば、素直になれてないのだと思う。

「来週、お盆ですね。どこかへ行きますか?」
「そうねー。毎年、実家に帰るんだけど」
「いいですね。俺も行きたいなぁ」
「えぇ?」
「だって、千秋さんのご両親に会ってみたいじゃないですか」

 大知くんは無邪気に笑う。本気みたい。ちょっと信じられないぐらいに、すごくフレンドリーな子なんだろう。

「ダメですか?」
「……ダメっていうか」

 じゃあ、いいですよね。なんて言い出しかねない。うまく丸め込まれちゃう気がして、目をそらす。

 大知くんは、ふふって息をもらすと、テーブルの上のマグカップを持ち上げた。憎らしいぐらい、余裕だ。

 ソファーから身を乗り出し、そらした視線の先にあった紙袋を引き寄せる。忘れるところだった。ハナちゃんに頼まれたサンプルを、大知くんに見てもらわなきゃいけなかった。

「なんですか? それ」

 相変わらず、興味津々に彼は紙袋をのぞき込む。

「サンプルなんだけどね。大知くんの意見ってすごく的確で参考になったみたい。だから、今回もお願いできないかって」

 それは嬉しいなって、彼は笑顔を見せつつ、尋ねてくる。

「またパンツですか?」
「あー、今回は違うの。ねぇー、大知くんって、お姉さんいない?」
「姉はいないです。兄との、ふたり兄弟です」
「そうなの。お兄さんがいるのね」

 期待外れだった。どうしようか。大知くんの友人に、胸の大きい女の子がいるか? なんて聞けない。

「女性用のサンプルですか?」
「ええ、大きめサイズのブラなの。ニッチな商品だから、モニターもすんなりとは行かなくて」
「じゃあ、千秋さんがつけたらいいじゃないですか」
「えー?」
「俺が見てあげますよ」

 胸元に視線が下がってくるから、思わず、サッと胸の前で腕を交差する。

「やだな。警戒しないでくださいよ。仕事なんですよね?」
「私、そんなに大きくないし」
「それは、嘘です。それとも、試着済みなんですか?」
「それは……まだなんだけどね」
「じゃあ、つけましょう。つけるまで、帰りません」

 大知くんは言い切ると、絶対譲らない。がんこなようでもあるし、自分の判断に間違いはないと自信を持ってるようでもある。

「でも、本当に大きいのよ?」
「足りないなら、詰め物してみたらどうですか?」
「そうねー。……って、何言わせるの」
「千秋さんの役に立ちたいだけです」

 そうもはっきり言われると、折れなきゃいけない気持ちになる。

「じゃあ、つけてみるわ。ちょっと待ってて」
「はい」

 素直に正座する大知くんを見てると、調子が狂う。無邪気で真っ直ぐで、なんていい子なんだろう。彼じゃないけど、私も彼の家族に会ってみたい気がしてくる。

 バスルームに移動すると、サンプルのブラをつける。思った通り、隙間ができる。ガーゼのハンカチを何枚か詰めてみると、形のいい胸が出来上がった。

 ブラウスを羽織り、バスルームを出る。大知くんはまだ、律儀に正座して待っていた。

「やっぱり私には大きすぎるみたい。モニターにならないと思うわ」
「千秋さんより胸の大きい女性は知り合いにいないです」

 真顔で言われるから、戸惑ってしまう。気まずくなるから、話を進める。

「……あ、今回はね、胸が大きくてもスッキリ見えるブラの開発に取り組んでるの。ノンワイヤーでね。休日に、ストレッチしたり、のんびり過ごすときに負担の少ないもので。でも、誰かに見られても、おしゃれだねって思ってもらえるような」

 ふむふむ、と大知くんはうなずき、私の前に立つ。

「気心の知れた彼氏に見られてもいい、おうちブラってことですね。ぴったりのシチュエーションです」
「まだ気心は知れてないけど……」
「じゃあ、見せてください」

 ほんの少しの抵抗なんて意に介さず、大知くんは、前身を合わせる私の指を外させて、肩からブラウスをさげていく。

 いくら詰め物をしてるとはいえ、恥ずかしくて、大知くんの顔が見れない。それでも彼の指は、容赦なくブラに触れてくる。変な感じがする。職場で同僚に見られたって、議論しながら触れられたってなんとも思わないのに。

「千秋さんって、グラマーなのに、めちゃくちゃ細いですよね」
「トップは作り物だけどね」

 苦笑いしちゃうけど、彼の両手はアンダーを測るように添えられる。

「すごく綺麗だなぁって思ってて」
「あの……、見るのは商品よ」
「見てますよ。細いのに胸が大きいと、サイズ選び大変そうだなって思ったんですけど、違いますか?」
「……やけに詳しいのね」

 チクッと胸が痛む。きっと、そんな悩みを持った女性と付き合ったことがあるんだろう。

「何か、妬いてるんですか?」
「妬かないわ」

 強がってみる。
 大知くんは、ふぅんって言って、床にひざをつく。

「脱がせたくなるから、合格です」
「基準はそこなの?」

 照れ隠しにふくれてみせる。

「気合い入ってないのに、さりげなくおしゃれだから、休日でも気を抜かない女の子なんだろうなって思うし、形も、胸のボリュームをうまく隠してるし、主張しすぎてなくてすごくいいです。脱がせたらすごいって知ってるわけだし、ほかの男の視線集めないなら、大歓迎です」

 真っ赤になってるだろう顔を、彼は下からのぞくように見上げてくる。

「今まで、何人と付き合ったんですか?」

 上目遣いは鋭いのに、彼の指先はブラの形に沿って滑っていく。素材を確かめてるのかもしれないけど、やっぱり落ち着かない。

「ふ、2人かな……」

 彼に見つめられると、どうしても嘘がつけなくなる。

「へえ」

 人数を聞いて、どう思ったかはわからない。

「大知くんは……?」
「俺は、3人」
「……」

 ちょっと複雑。私より多いじゃない。

「でも、千秋さんを好きになったみたいに好きにはなれなかったな。千秋さんって、ゴミ捨て場が汚れてると掃除してますよね? 花壇の手入れする大家さんの手伝いしてるの見たことあるし。さりげなく手助けできる人なんだなって、ずっと思ってました。そういう女の子、周りにはいないから」
「見てたの……」
「素敵だなって思ってました。勇気がなくて、俺は手伝えなかったけど」

 大知くんは立ち上がり、両腕を背中に回してくる。

「妬けるな、俺は」
「え……?」
「ひとりでもふたりでも、千秋さんに触れた男がいるんだって思ったら、すごく妬ける」

 後ろに回った彼の手がホックをはずす。

「滑らかに外れますね。外されたがってたみたいで、うれしいな」
「なっ……」

 冗談ばっかりって、軽口を叩こうと思ったのに、彼の瞳がやけにさみしげだから、どきりとする。

「好きな人がいたりするんですか? そうじゃないなら、はやく千秋さんの彼氏だって言える男に、なりたいです」
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