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ずっと愛してた
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翌日、私と絵美は、昨日とまったく同じ時刻に、レストンホテルのラウンジにいた。
「来るかな? 彰さん」
絵美はさっきから、ラウンジの入り口の方ばかり見てる。
「来ると思う。私たちが何か疑ってるなんて、気付いてないから」
「そうだよね。びっくりだよね。私たち、好きな男の趣味、かぶらないしさー」
「彰さんとは、なんとなく流れで会うことになっただけだから」
今はショウを名乗る彼と食事したのは、事実。そこは否定できないけど、気軽に出会えるアプリだから、深い感情なんて存在してない。
「でも彼は、絶対千秋の顔に惚れてたでしょ?」
「実際会ってみたら、タイプじゃなかったって感じだったよ」
困り顔をする私に、「責めてないって」と、絵美は笑う。そして、入り口に目を向けたまま、私の方へいきなり手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと、千秋」
指先で私の腕をチョンチョンと、絵美はつつく。
「来たの?」
「違う。めっちゃイケメン発見っ!」
「は、何それ」
「だって、ほんとだって。あ、やだっ、こっち見てる。わっ、来るよ、千秋。イケメンが、こっちに来るっ」
騒ぐ絵美にあきれながら、振り返る。
テーブルの間を通って、私たちに近づいてくる青年がいる。彼は私を見つけると、うれしそうに笑った。
私がよく知る、その笑顔で。
「大知くん……、なんで」
「えっ! 大知くん? 千秋の彼氏っ?」
そう絵美が叫んだとき、大知くんは私たちのテーブルまでやってきた。
「千秋さん、やっと会えた」
彼は穏やかにほほえむ。どこかすっきりとした晴れ晴れしさを含んだ笑顔で。
「やっとって……、昨日会ったばっかり」
「違いますよ。こっちの俺と、ってこと」
大知くんはスマホをポケットから取り出すと、彰名義のメールアドレスを見せてくる。
「えっ、どういうこと? 彰さんが大知くんなの?」
そう言いながら、そんなはずはないって思ってる。私が出会った彰さんは、間違いなく同い年の青年だった。大知くんがどんなに変装したって、慣れっこない大人の男性。
「お盆に入るとき、呼び出したのは俺です」
「お盆……? あの時、来たのは彰さんだったわ」
鳴宮駅で待ち合わせをした。時間に遅れてやってきた彼は、間違いなく私の知る彰さんだった。
「そうです。俺、熱があって、千秋さんに移したらいけないって思って……」
「え……」
そう。確かに、彰さんはそう言ってた。
一緒に来るはずだった人が、体調不良で来れなくなったって。でもそれが、大知くんだったなんて。
「待って。混乱してる」
ほおに手を当てると、大知くんはくすりと笑って、私の隣に腰を下ろす。そして、絵美に頭を下げる。
「千葉大知です。エミさんですよね? 千秋さんの友だちかなって、ちょっと思ってたんです。千秋さんと同い年だし、下着メーカーで働いてるって聞いてたし、時々、千秋さんがエミさんの話してくれたから」
「あっ、そうなの。私もちょっと混乱してるけど、大知くんが、彰さん?」
絵美も目を開きっぱなし。大知くんが何の話してるのか、全然わかってないみたい。それは、私も同じ。
「ねー、大知くん。彰さんって、誰なの?」
「彰は、兄です。でも、アキラじゃないです」
「えっ! お兄さんっ?」
それに、アキラじゃないって。
大知くんは愉快そうに肩を揺らす。鳩が豆鉄砲を食ったようにぽかんとする私たちがおかしくてたまらないみたい。
「兄の名前は、彰と書いて、ショウって読むんです。千秋さんがプロフィールの漢字見て、アキラだって勘違いしたんだろうけど、兄も特に訂正しなかったみたいです」
「言ってくれたらよかったのに……失礼だったわよね。でも、訂正する必要ないぐらい、私に興味なかったのね」
ちょっと肩をすくめると、大知くんは薄く笑う。
「兄がマッチングアプリやるなんて、ちょっと意外だったから、チアキさんってどんな女性か聞いてみたんですよ」
「そうね。彰さんって、アプリなんて使わなくても出会いのありそうな方だものね」
「それはチアキさんもエミさんも一緒じゃないですか。俺、兄から千秋さんの写真見せてもらった時、本当に驚いたんです。だって、絶対彼氏いると思ってたし」
ハッとして、私は尋ねる。
「ねー、彰さんと出会う前から、私たちアパートで会ったりしてたわよね?」
「はい。兄から写真見せてもらったときには、俺、千秋さんのこと好きでした」
キャッって、絵美は両手でほおを包む。そうだった。大知くんは臆面もなく、好意を他人にさらせる人だった。
「千秋さんと話してみたくて、兄のメールアドレスもらったんです。兄のふりしてメールしたりして、すみませんでした。ずっと言わなきゃって思ってたんですけど」
「だから、お盆に会いたいって連絡くれたのね?」
「はい。なのに、体調崩したりして、情けないです。急きょ、兄に事情を説明して、代わりに行ってもらいました。俺が変なメールしたばっかりに、兄にまで話を合わせてもらっておかしなことになっちゃって」
変なメールって、あなたのことばかり考えてるってメールだろう。あれを送ったのが大知くんだったから、彰さんも会いたくても会えないときに連絡したいからメールを続けて欲しいなんて、苦し紛れを言ったのだろう。
「だから、エミさんにもご迷惑おかけして、すみませんでした」
「え、私……?」
絵美は急に話をふられて、驚く。
「兄のこと、疑ってましたよね。だから今日、彰を呼び出したんですよね?」
私と絵美は顔を見合わせる。全部お見通しだったみたいで、気まずい。
「兄を誤解しないでほしいです。エミさんをアプリで見つけたときに、名前を間違えられたらいけないって、彰からショウに変えたんです。エミさんには誤解されたくないって思ってたからだと思います」
「わ、いやだ。そんなこと言われたら、恥ずかしいじゃない」
絵美は真っ赤になって、顔の前で手を振る。そんな彼女を、優しい目で見守る大知くんは、確かに彰さんに似た雰囲気をあわせもってる。
「兄にも来るように連絡しました。もうすぐ来ると思いますから、このあと、デートしてください」
「えっ?」
「お嫌なら、断ってもらってかまいません」
大知くんが頭を下げたとき、ラウンジに彰さんが姿を見せる。彼は絵美を見つけると、ふんわりと優しい笑顔を見せる。絵美しか見えてないみたい。
「絵美、よかったね。行っておいでよ」
「千秋ー、もー、やだ。……ありがとう」
うっすら涙を浮かべて、絵美はすぐに彰さんに向かって走っていく。
「うまくいきますよ。兄、本気みたいだから」
「絵美、結婚したいみたい。意外と早く、結婚するかも」
「じゃあ、絵美さんと千秋さん、姉妹になりますね」
「え……」
伸びてきた大知くんの手のひらが、私のほおに触れる。
「ずっと好きでした。これからもずっと愛してますから、千秋さんも」
「うん。私もずっと愛してる」
【完】
翌日、私と絵美は、昨日とまったく同じ時刻に、レストンホテルのラウンジにいた。
「来るかな? 彰さん」
絵美はさっきから、ラウンジの入り口の方ばかり見てる。
「来ると思う。私たちが何か疑ってるなんて、気付いてないから」
「そうだよね。びっくりだよね。私たち、好きな男の趣味、かぶらないしさー」
「彰さんとは、なんとなく流れで会うことになっただけだから」
今はショウを名乗る彼と食事したのは、事実。そこは否定できないけど、気軽に出会えるアプリだから、深い感情なんて存在してない。
「でも彼は、絶対千秋の顔に惚れてたでしょ?」
「実際会ってみたら、タイプじゃなかったって感じだったよ」
困り顔をする私に、「責めてないって」と、絵美は笑う。そして、入り口に目を向けたまま、私の方へいきなり手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと、千秋」
指先で私の腕をチョンチョンと、絵美はつつく。
「来たの?」
「違う。めっちゃイケメン発見っ!」
「は、何それ」
「だって、ほんとだって。あ、やだっ、こっち見てる。わっ、来るよ、千秋。イケメンが、こっちに来るっ」
騒ぐ絵美にあきれながら、振り返る。
テーブルの間を通って、私たちに近づいてくる青年がいる。彼は私を見つけると、うれしそうに笑った。
私がよく知る、その笑顔で。
「大知くん……、なんで」
「えっ! 大知くん? 千秋の彼氏っ?」
そう絵美が叫んだとき、大知くんは私たちのテーブルまでやってきた。
「千秋さん、やっと会えた」
彼は穏やかにほほえむ。どこかすっきりとした晴れ晴れしさを含んだ笑顔で。
「やっとって……、昨日会ったばっかり」
「違いますよ。こっちの俺と、ってこと」
大知くんはスマホをポケットから取り出すと、彰名義のメールアドレスを見せてくる。
「えっ、どういうこと? 彰さんが大知くんなの?」
そう言いながら、そんなはずはないって思ってる。私が出会った彰さんは、間違いなく同い年の青年だった。大知くんがどんなに変装したって、慣れっこない大人の男性。
「お盆に入るとき、呼び出したのは俺です」
「お盆……? あの時、来たのは彰さんだったわ」
鳴宮駅で待ち合わせをした。時間に遅れてやってきた彼は、間違いなく私の知る彰さんだった。
「そうです。俺、熱があって、千秋さんに移したらいけないって思って……」
「え……」
そう。確かに、彰さんはそう言ってた。
一緒に来るはずだった人が、体調不良で来れなくなったって。でもそれが、大知くんだったなんて。
「待って。混乱してる」
ほおに手を当てると、大知くんはくすりと笑って、私の隣に腰を下ろす。そして、絵美に頭を下げる。
「千葉大知です。エミさんですよね? 千秋さんの友だちかなって、ちょっと思ってたんです。千秋さんと同い年だし、下着メーカーで働いてるって聞いてたし、時々、千秋さんがエミさんの話してくれたから」
「あっ、そうなの。私もちょっと混乱してるけど、大知くんが、彰さん?」
絵美も目を開きっぱなし。大知くんが何の話してるのか、全然わかってないみたい。それは、私も同じ。
「ねー、大知くん。彰さんって、誰なの?」
「彰は、兄です。でも、アキラじゃないです」
「えっ! お兄さんっ?」
それに、アキラじゃないって。
大知くんは愉快そうに肩を揺らす。鳩が豆鉄砲を食ったようにぽかんとする私たちがおかしくてたまらないみたい。
「兄の名前は、彰と書いて、ショウって読むんです。千秋さんがプロフィールの漢字見て、アキラだって勘違いしたんだろうけど、兄も特に訂正しなかったみたいです」
「言ってくれたらよかったのに……失礼だったわよね。でも、訂正する必要ないぐらい、私に興味なかったのね」
ちょっと肩をすくめると、大知くんは薄く笑う。
「兄がマッチングアプリやるなんて、ちょっと意外だったから、チアキさんってどんな女性か聞いてみたんですよ」
「そうね。彰さんって、アプリなんて使わなくても出会いのありそうな方だものね」
「それはチアキさんもエミさんも一緒じゃないですか。俺、兄から千秋さんの写真見せてもらった時、本当に驚いたんです。だって、絶対彼氏いると思ってたし」
ハッとして、私は尋ねる。
「ねー、彰さんと出会う前から、私たちアパートで会ったりしてたわよね?」
「はい。兄から写真見せてもらったときには、俺、千秋さんのこと好きでした」
キャッって、絵美は両手でほおを包む。そうだった。大知くんは臆面もなく、好意を他人にさらせる人だった。
「千秋さんと話してみたくて、兄のメールアドレスもらったんです。兄のふりしてメールしたりして、すみませんでした。ずっと言わなきゃって思ってたんですけど」
「だから、お盆に会いたいって連絡くれたのね?」
「はい。なのに、体調崩したりして、情けないです。急きょ、兄に事情を説明して、代わりに行ってもらいました。俺が変なメールしたばっかりに、兄にまで話を合わせてもらっておかしなことになっちゃって」
変なメールって、あなたのことばかり考えてるってメールだろう。あれを送ったのが大知くんだったから、彰さんも会いたくても会えないときに連絡したいからメールを続けて欲しいなんて、苦し紛れを言ったのだろう。
「だから、エミさんにもご迷惑おかけして、すみませんでした」
「え、私……?」
絵美は急に話をふられて、驚く。
「兄のこと、疑ってましたよね。だから今日、彰を呼び出したんですよね?」
私と絵美は顔を見合わせる。全部お見通しだったみたいで、気まずい。
「兄を誤解しないでほしいです。エミさんをアプリで見つけたときに、名前を間違えられたらいけないって、彰からショウに変えたんです。エミさんには誤解されたくないって思ってたからだと思います」
「わ、いやだ。そんなこと言われたら、恥ずかしいじゃない」
絵美は真っ赤になって、顔の前で手を振る。そんな彼女を、優しい目で見守る大知くんは、確かに彰さんに似た雰囲気をあわせもってる。
「兄にも来るように連絡しました。もうすぐ来ると思いますから、このあと、デートしてください」
「えっ?」
「お嫌なら、断ってもらってかまいません」
大知くんが頭を下げたとき、ラウンジに彰さんが姿を見せる。彼は絵美を見つけると、ふんわりと優しい笑顔を見せる。絵美しか見えてないみたい。
「絵美、よかったね。行っておいでよ」
「千秋ー、もー、やだ。……ありがとう」
うっすら涙を浮かべて、絵美はすぐに彰さんに向かって走っていく。
「うまくいきますよ。兄、本気みたいだから」
「絵美、結婚したいみたい。意外と早く、結婚するかも」
「じゃあ、絵美さんと千秋さん、姉妹になりますね」
「え……」
伸びてきた大知くんの手のひらが、私のほおに触れる。
「ずっと好きでした。これからもずっと愛してますから、千秋さんも」
「うん。私もずっと愛してる」
【完】
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