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約束の場所で待ってる

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 目覚めると、すでに昼の12時を過ぎていた。しかし、よく眠ったという清々しさはなかった。

 12月の日の出は何時だろう。
 私から離れない蓮を抱きしめながら、夜が白々と明けるさまを窓に見た記憶は残っている。

 そのあと、もう眠ろう、と頭をなでてくれた蓮の腕の中で、眠った。あれから何時間経ったのだろう。

 枕にほおをうずめる蓮は、まるで子どものように、すやすやと健やかな寝顔を見せている。

 蓮を起こさないようにそっとベッドを抜け出して着替えると、バッグを持ち上げた。

 結局、都合よく呼び出されて、寝てしまった。

「何してるんだろ」

 ぽつりとつぶやいて、マンションを静かに出た。

「寒い」

 部屋を出た途端、蓮のぬくもりが思い出されて、泣きたくなった。

 たしかに昨夜、私たちは愛し合っていた。だけど、抱き合ってる間だけしか愛がないなんて悲しい。

 エントランスを出て、深い息を吐く。

 お腹が空いた。何か食べて帰ろうか。
 気づくと、自然と足がラルゴに向いていた。

 店内はクリスマスカラーに彩られていた。じきにクリスマスがやってくる。

 毎年、クリスマスなんて意識しなかったけれど、今年もひとりで過ごすのかな、と気になった。

 蓮は誰と過ごすのだろう。誰でもいいなら、私と過ごしてくれるだろうか。

 カウンターへ行き、ホットコーヒーをふたつ、持ち帰りで購入した。ペーパーカップを紙袋に入れてもらい、すぐにきびすを返して店を出た。

 私はまだ、蓮と話をしてない。
 奈緒さんとの誤解を解いて体を重ねたけれど、私はまだ彼にとって遊び相手でしかない。

 私を恋人にしてほしい。

 そう望んだら、彼は迷惑がるだろうか。

 ふたたび、蓮のマンションに戻り、エレベーターに駆け寄った。

「あっ、待って」

 私が乗り込むとすぐ、ひとりの女性が飛び込んできた。

 息が止まるかと思った。奈緒さんだった。

 ボタンに伸ばしかけていた手をとっさに引っ込め、後ろへ下がる。

「ごめんなさいっ。……あら?」

 私を二度見した奈緒さんは、7のボタンを押す。蓮の部屋は7階にある。彼に会いに来たのだろうことはすぐにわかった。

「お久しぶりです」

 頭を下げて、3のボタンを押した。はやく降りたい。奈緒さんとなるべく一緒にいたくなかった。

「あなた、ここに住んでたの?」

 手に下げた紙袋に視線が注がれる。ラルゴのロゴの入った紙袋に、コーヒーがふたつ見えている。

「友だちに会いに来たんです」

 苦しまぎれにそう答えると、奈緒さんはふしぎがるように私を眺めた。

「へー、友だちがここに? そうなの。私は蓮に会いに来たの」
「うまくいってるんですね」

 私は能面のような顔をしてるかもしれない。淡々と出る言葉と、動揺で拍動する胸のちぐはぐさに、心が追いつかない。

「うーん、まだこれからなのかな。蓮に会いたいって呼び出されたら、期待しちゃうよね」

 呼び出された?

 はち切れそうだった心臓が、バクンッと大きな音を立てて弾けたみたいな衝撃を受けた。

「そうなんですか」
「うん。本当は夕方に来てって言われたんだけど、はやく会いたくて来ちゃった」
「夕方って……」

 私もそう。蓮は私を抱くことしか考えてないから、夕方に呼び出した。

「そういうことかなぁって思うけど、蓮となら、いいかなって。少しずつ、昔みたいな関係に戻れると思う」

 奈緒さんは蓮に愛されてる自信があるから、そう言う。

 でも私は昨夜、蓮の本心を確認したんじゃなかったか。あれは全部、私をその気にさせる、嘘だった……?

「あ、じゃあ、私はここで」

 開くドアに気付いて、足を踏み出す。

「じゃあね」

 奈緒さんが手を振る。
 ドアが閉じる前に、彼女に背を向けて、エレベーターが上昇する音が聞こえると同時に階段を駆け降りた。

 マンションを振り返る余裕もなく、アパートに逃げ帰った。

 バッグとラルゴの紙袋をテーブルの上に乗せて、ベッドの中へ飛び込む。

 蓮が嘘をついた。

 奈緒さんとなんでもないなんて嘘。
 私と同じように彼女を呼び出して、今夜は彼女を抱くのだ。

 激しく抱き合った昨夜はなんだったのだろう。快楽に溺れる私を見て、彼は自尊心をくすぐられる喜びをかみしめてたんだろう。

 バカみたい。バカみたい。バカみたい。

 布団を頭からかぶって目を閉じた。全部忘れてしまいたい。寝て起きたら、記憶がなくなってたらいいのに。

 次にまぶたを開けると、辺りは薄暗くなっていた。仮眠というには、長く眠ってしまっていたみたい。

 のどがカラカラだ。ベッドから抜け出して、グラスに注いだ水を飲み干す。

 お腹も空いてるのに、何も食べる気がしない。

 失恋したのかな……、私。
 ううん。最初から最後まで、蓮とは遊びだっただけ。
 失恋が起きるような、高尚な恋もできてなかった。

 ぼんやりしていると、バッグの中のスマホが音を立てる。取り出すと、黒瀬蓮の名前が目に飛び込んできた。

 迷ったけれど、電話に出た。空腹と疲労と、むなしさが正常な判断を奪ってるようだった。

「起きたらいないから心配したよ」

 開口一番、蓮は私を気づかうように、優しくそう言った。だけど、私の心はどこか空っぽで、何も響いてこなかった。

「心配……?」
「何回か電話したんだけどさ」
「寝てたの」
「そっか」

 つぶやいて、蓮は沈黙した。

「それだけ?」
「え……、あ、あのさ、奈緒に会った?」
「会ったわ」
「奈緒に会ったから、帰った?」

 蓮の歯切れが悪い。

 彼の部屋で、私と奈緒さんが鉢合わせしたんじゃないかって気にしてるんだろうか。

「奈緒さんにはエレベーターで会って。蓮くんに会いに来たみたいだったから、そのまま帰ったの」
「奈緒、なんか言った?」

 さぐりを入れてくる。

「心配しなくても大丈夫よ。私、蓮くんとのこと、なんにも話してない」
「心配ってさ……」
「奈緒さん、私と蓮くんが付き合ってるんじゃないかって気にしてるみたいだったから」
「だからって、帰らなくてよかったよ」

 じゃあ、奈緒さんと一緒に蓮の部屋へ戻ればよかったというのだろうか。それは残酷だ。

「恋人だなんて思われたくないから帰ったの。いろいろ勘ぐられるのは、面倒じゃない」

 それこそ、体だけの関係だなんて、絶対知られたくないって思ってる。

「……佳澄さんは面倒だって思ってるんだ。まあ、そうだよね。奈緒はしつこいし」

 しつこいから突き放せずに相手してると言わないばかりだ。

「ごめんね。もう切るね」

 怒りより、むなしさが勝って情けなくなってきた。

 結局、蓮は誰も愛さないのだ。

 奈緒さんに向けてる愛を私に向けてほしい。
 そう望むこともできない。そこに愛などないのだから。

 嘘と真実が混ざり合う蓮の言葉を、私は都合よく受け止めて、彼の愛を得られない自分をなぐさめるしかできない。

 彼には私を気にかける優しさはあっても、私を恋人として愛したりはしない。追えば追うほど、むなしさが募るだけなのだ。

「どうして佳澄さんが謝るの? 奈緒のことは、俺も悪かったよ」
「いいの。ほんとに、ごめんね。切るね」
「佳澄さん……」

 蓮の声を聞いているのがつらくて電話を切った。途端に、涙がこぼれた。
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