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水城ひさぎ

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月が夢を見る場所

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「行くの?」
「真乃屋と関わるのはもうやめにしたかったんだけど、俺が行かないと無実の人が苦しむから」
「無実だって言えるんだね」

 足もとをじっと見つめている彼は、首をかしげたようにも、わずかにうなずいたようにも見えた。半信半疑なのかもしれない。

「あの日、行ったの?」

 今度ははっきりとうなずいた。それを隠すつもりはまったくないみたいだった。

「真乃屋先生から手紙をもらったんだ。会って話したいことがあるって。果歩と付き合ってたときにも会ってくれなかった先生がそう言うなんて、何かあったのか気になって会いに行った」
「そうなんだ……」

 果歩さんとの交際はどんなものだったのだろう。積極的に知りたいとは思わないけれど、彼からその話を聞くとやっぱり複雑な気持ちになる。

「望ちゃん、果歩とはもうずっと前に終わってて、会いたいとか会いたくないとか、そういう気持ちもないんだ」

 陽仁さんは困り顔をする。私が動揺したって気づいたのかもしれない。彼が誤解されないようにと話すから、余計に落ち着かない。

「あ、うん。わかってるよ。でもびっくりするよね、そんな手紙もらったら」

 わざと果歩さんから話題をそらした。彼は眉をひそめ、あきらめたようにため息をついた。

「真乃屋先生は数ヶ月前から体調不良でひどく落ち込んでたらしいよ。死を意識したのかもしれないね。俺に詫びたかったって頭を下げたんだ」
「陽仁さんの作品を真似たのは認めたんだね」
「先生にはたくさん相談に乗ってもらったよ。完成予想図を見せたとき、先生の目の色が変わって、俺より熱心になってたようにも思う。あの作品は先生がいたから完成したんだ。だから、俺に黙って作品を発表した先生には失望した。それは事実だよ」
「……許してるの?」

 それを聞いていいのか迷いながら尋ねた。彼はふたたび、困ったような顔をする。

「うらんではないよ」

 それが精一杯の返答みたいだった。

「今の話を聞いたら、警察に疑われるのは陽仁さんになっちゃうよ」
「そうだね。望ちゃんには、信じてほしいって言うしかないよ」
「信じてるよ。でも……」

 陽仁さんはひざの上でこぶしを握った。

「先生のお宅に着いたとき、男の人が血相変えて家から出てくるのを見たよ。あの人が、果歩の恋人だってそのときは知らなかった。先生の部屋に行ったら、テーブルが倒れてて、弟子ともめたって苦笑いしてたよ」
「じゃあ、本当に律紀さんは無実なんですね」
「律紀っていうんだ、あの人。先生は可愛がってた弟子に、盗作作家だなんて言われてショック受けてた。だから果歩が、自殺をはかったって言いに来たときは、そうかもしれないって思った」
「だから、盗作の件を公表するつもりはなかったの?」
「公表したって、マイナスにしかならないよ。それに、あれは合作のようなもので、盗作の意識はなかったから」

 だから、沈黙してたと彼は言う。でも、律紀さんが任意同行されたと知って、事情が変わった。

「これから果歩と一緒に警察に行くよ。全部話してくる。だからさ、望ちゃん」

 陽仁さんは私に向き直った。ひざの上の手を取られて驚くと、彼は目を細めた。

「俺はさ、望ちゃんと付き合いたいって思ってる」

 ストレートな告白に、胸がどきりとした。

「望ちゃんが好きだって、ずっと思ってたよ。毎週末が楽しみだった。できたら、もっと会いたいって思ってる」

 私だって陽仁さんが好きだろう。でも、戸惑ってしまって、すぐに言葉が出なかった。彼は頼りなげに眉をさげて、「ごめん」と申し訳なさそうにした。

「俺の無実が証明されたら、望ちゃんにまた会いに来たいと思ってる。でも、迷惑なら……」
「迷惑じゃないです」

 彼が離れていこうとしてる気がして、手を握り返していた。

 事故なのか自殺なのか、知ってるのは真乃屋和雄自身しかいないだろう。はやく目覚めて真実を語ってほしいと願った果歩さんの気持ちが、今なら痛いほどわかる。好きな人が疑われたら、誰だって同じ気持ちになると思う。

「待ってます。陽仁さんが会いに来てくれるの、待ってる」
「待っててくれるんだ」
「絶対、戻ってきてください。信じてますから」

 陽仁さんはうなずくようにまばたきをして、惜しみながら私の手を離すと、玄関を出ていった。ふたたび静寂な朝が辺りを包み込んだ。
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