24 / 26
月が夢を見る場所
2
しおりを挟む
「行くの?」
「真乃屋と関わるのはもうやめにしたかったんだけど、俺が行かないと無実の人が苦しむから」
「無実だって言えるんだね」
足もとをじっと見つめている彼は、首をかしげたようにも、わずかにうなずいたようにも見えた。半信半疑なのかもしれない。
「あの日、行ったの?」
今度ははっきりとうなずいた。それを隠すつもりはまったくないみたいだった。
「真乃屋先生から手紙をもらったんだ。会って話したいことがあるって。果歩と付き合ってたときにも会ってくれなかった先生がそう言うなんて、何かあったのか気になって会いに行った」
「そうなんだ……」
果歩さんとの交際はどんなものだったのだろう。積極的に知りたいとは思わないけれど、彼からその話を聞くとやっぱり複雑な気持ちになる。
「望ちゃん、果歩とはもうずっと前に終わってて、会いたいとか会いたくないとか、そういう気持ちもないんだ」
陽仁さんは困り顔をする。私が動揺したって気づいたのかもしれない。彼が誤解されないようにと話すから、余計に落ち着かない。
「あ、うん。わかってるよ。でもびっくりするよね、そんな手紙もらったら」
わざと果歩さんから話題をそらした。彼は眉をひそめ、あきらめたようにため息をついた。
「真乃屋先生は数ヶ月前から体調不良でひどく落ち込んでたらしいよ。死を意識したのかもしれないね。俺に詫びたかったって頭を下げたんだ」
「陽仁さんの作品を真似たのは認めたんだね」
「先生にはたくさん相談に乗ってもらったよ。完成予想図を見せたとき、先生の目の色が変わって、俺より熱心になってたようにも思う。あの作品は先生がいたから完成したんだ。だから、俺に黙って作品を発表した先生には失望した。それは事実だよ」
「……許してるの?」
それを聞いていいのか迷いながら尋ねた。彼はふたたび、困ったような顔をする。
「うらんではないよ」
それが精一杯の返答みたいだった。
「今の話を聞いたら、警察に疑われるのは陽仁さんになっちゃうよ」
「そうだね。望ちゃんには、信じてほしいって言うしかないよ」
「信じてるよ。でも……」
陽仁さんはひざの上でこぶしを握った。
「先生のお宅に着いたとき、男の人が血相変えて家から出てくるのを見たよ。あの人が、果歩の恋人だってそのときは知らなかった。先生の部屋に行ったら、テーブルが倒れてて、弟子ともめたって苦笑いしてたよ」
「じゃあ、本当に律紀さんは無実なんですね」
「律紀っていうんだ、あの人。先生は可愛がってた弟子に、盗作作家だなんて言われてショック受けてた。だから果歩が、自殺をはかったって言いに来たときは、そうかもしれないって思った」
「だから、盗作の件を公表するつもりはなかったの?」
「公表したって、マイナスにしかならないよ。それに、あれは合作のようなもので、盗作の意識はなかったから」
だから、沈黙してたと彼は言う。でも、律紀さんが任意同行されたと知って、事情が変わった。
「これから果歩と一緒に警察に行くよ。全部話してくる。だからさ、望ちゃん」
陽仁さんは私に向き直った。ひざの上の手を取られて驚くと、彼は目を細めた。
「俺はさ、望ちゃんと付き合いたいって思ってる」
ストレートな告白に、胸がどきりとした。
「望ちゃんが好きだって、ずっと思ってたよ。毎週末が楽しみだった。できたら、もっと会いたいって思ってる」
私だって陽仁さんが好きだろう。でも、戸惑ってしまって、すぐに言葉が出なかった。彼は頼りなげに眉をさげて、「ごめん」と申し訳なさそうにした。
「俺の無実が証明されたら、望ちゃんにまた会いに来たいと思ってる。でも、迷惑なら……」
「迷惑じゃないです」
彼が離れていこうとしてる気がして、手を握り返していた。
事故なのか自殺なのか、知ってるのは真乃屋和雄自身しかいないだろう。はやく目覚めて真実を語ってほしいと願った果歩さんの気持ちが、今なら痛いほどわかる。好きな人が疑われたら、誰だって同じ気持ちになると思う。
「待ってます。陽仁さんが会いに来てくれるの、待ってる」
「待っててくれるんだ」
「絶対、戻ってきてください。信じてますから」
陽仁さんはうなずくようにまばたきをして、惜しみながら私の手を離すと、玄関を出ていった。ふたたび静寂な朝が辺りを包み込んだ。
「真乃屋と関わるのはもうやめにしたかったんだけど、俺が行かないと無実の人が苦しむから」
「無実だって言えるんだね」
足もとをじっと見つめている彼は、首をかしげたようにも、わずかにうなずいたようにも見えた。半信半疑なのかもしれない。
「あの日、行ったの?」
今度ははっきりとうなずいた。それを隠すつもりはまったくないみたいだった。
「真乃屋先生から手紙をもらったんだ。会って話したいことがあるって。果歩と付き合ってたときにも会ってくれなかった先生がそう言うなんて、何かあったのか気になって会いに行った」
「そうなんだ……」
果歩さんとの交際はどんなものだったのだろう。積極的に知りたいとは思わないけれど、彼からその話を聞くとやっぱり複雑な気持ちになる。
「望ちゃん、果歩とはもうずっと前に終わってて、会いたいとか会いたくないとか、そういう気持ちもないんだ」
陽仁さんは困り顔をする。私が動揺したって気づいたのかもしれない。彼が誤解されないようにと話すから、余計に落ち着かない。
「あ、うん。わかってるよ。でもびっくりするよね、そんな手紙もらったら」
わざと果歩さんから話題をそらした。彼は眉をひそめ、あきらめたようにため息をついた。
「真乃屋先生は数ヶ月前から体調不良でひどく落ち込んでたらしいよ。死を意識したのかもしれないね。俺に詫びたかったって頭を下げたんだ」
「陽仁さんの作品を真似たのは認めたんだね」
「先生にはたくさん相談に乗ってもらったよ。完成予想図を見せたとき、先生の目の色が変わって、俺より熱心になってたようにも思う。あの作品は先生がいたから完成したんだ。だから、俺に黙って作品を発表した先生には失望した。それは事実だよ」
「……許してるの?」
それを聞いていいのか迷いながら尋ねた。彼はふたたび、困ったような顔をする。
「うらんではないよ」
それが精一杯の返答みたいだった。
「今の話を聞いたら、警察に疑われるのは陽仁さんになっちゃうよ」
「そうだね。望ちゃんには、信じてほしいって言うしかないよ」
「信じてるよ。でも……」
陽仁さんはひざの上でこぶしを握った。
「先生のお宅に着いたとき、男の人が血相変えて家から出てくるのを見たよ。あの人が、果歩の恋人だってそのときは知らなかった。先生の部屋に行ったら、テーブルが倒れてて、弟子ともめたって苦笑いしてたよ」
「じゃあ、本当に律紀さんは無実なんですね」
「律紀っていうんだ、あの人。先生は可愛がってた弟子に、盗作作家だなんて言われてショック受けてた。だから果歩が、自殺をはかったって言いに来たときは、そうかもしれないって思った」
「だから、盗作の件を公表するつもりはなかったの?」
「公表したって、マイナスにしかならないよ。それに、あれは合作のようなもので、盗作の意識はなかったから」
だから、沈黙してたと彼は言う。でも、律紀さんが任意同行されたと知って、事情が変わった。
「これから果歩と一緒に警察に行くよ。全部話してくる。だからさ、望ちゃん」
陽仁さんは私に向き直った。ひざの上の手を取られて驚くと、彼は目を細めた。
「俺はさ、望ちゃんと付き合いたいって思ってる」
ストレートな告白に、胸がどきりとした。
「望ちゃんが好きだって、ずっと思ってたよ。毎週末が楽しみだった。できたら、もっと会いたいって思ってる」
私だって陽仁さんが好きだろう。でも、戸惑ってしまって、すぐに言葉が出なかった。彼は頼りなげに眉をさげて、「ごめん」と申し訳なさそうにした。
「俺の無実が証明されたら、望ちゃんにまた会いに来たいと思ってる。でも、迷惑なら……」
「迷惑じゃないです」
彼が離れていこうとしてる気がして、手を握り返していた。
事故なのか自殺なのか、知ってるのは真乃屋和雄自身しかいないだろう。はやく目覚めて真実を語ってほしいと願った果歩さんの気持ちが、今なら痛いほどわかる。好きな人が疑われたら、誰だって同じ気持ちになると思う。
「待ってます。陽仁さんが会いに来てくれるの、待ってる」
「待っててくれるんだ」
「絶対、戻ってきてください。信じてますから」
陽仁さんはうなずくようにまばたきをして、惜しみながら私の手を離すと、玄関を出ていった。ふたたび静寂な朝が辺りを包み込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる