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理由
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常套句ばかりじゃないか。なぜ、だまされるのか。綾は恋愛体質で、依存する傾向があるのだろう。だとすれば、憎悪を覚える対象に執着する可能性もじゅうぶんあり得るだろう。
「そいつ、奥さんとはうまくいってなかったのかな?」
「私はそう聞いてました。奥さんはきちんとしすぎてて、一緒にいると窮屈だって。まじめで堅物みたいです。つまんない女なんだなって思ってました」
「だから、離婚するって言葉を信じて付き合ってた?」
「あたりまえじゃないですか。それなのに、いざ、奥さんに不倫がバレたら、私は遊びだった、奥さんとは別れられないって言い出して、最低の男でした」
「婚約者の彼と別れることになった原因は、その最低な男のせい?」
綾はそうだとも違うとも言わないまま、ぽつりとつぶやく。
「既婚の彼と別れたあと、婚約者の彼に出会ったんです。すごく優しい人で、どうして今まで出会ってなかったんだろうって不思議に思うぐらい、相性も良くて。彼、付き合ってすぐに私と結婚したいって言ってくれて、ご両親にも紹介してくれたんです」
「誠実な人だったみたいだね」
「正直、顔はタイプじゃなかったけど、清潔感があってまじめで、私を大切にしてくれる人なんだなって、漠然と感じられるような人でした」
ささくれだった心を癒してくれる存在だったのだろう。婚約者の話をする彼女は、自分でも気づいていないのだろうが、優しい表情になっている。
「そんな人とどうして別れたんだ? 婚約者の浮気は嘘なんだろう?」
「そうですよ。嘘です。彼は浮気なんてしません。女遊びは絶対にしない人だったから。でも、そんな彼だから、私の過去の恋愛が許せなかったんだと思います」
「既婚の男と付き合ってたって、話したのか?」
「話すわけないじゃないですか。バラされたんですよ」
イラついた様子の綾は、口調がキツくなる。
「バラされた?」
「結婚式の会場も日取りも決めて、招待状も出して、一番幸せだったときに、彼宛に匿名の手紙が届いたんです」
「なんて?」
「あなたの婚約者、不倫してましたよって」
俺は眉をひそめる。
「彼はなんて?」
「本当か? って聞かれたけど、否定しました。彼は信じるって言ってくれたのに、私に内緒で、興信所を使って調査したんです」
「それで、嘘がバレた?」
「不倫をしてたのもショックだけど、嘘をつかれたのもショックだったって。でも、本当のことを言ったら、別れる気だったでしょ? って聞いたら、そうだって。結局、どう答えたって、彼とは別れるしかなかった」
「後悔した?」
過去の不倫も、嘘も全部。
「しましたよ、もちろん」
そうは言うが、彼女を見ていると、傷つけられた後悔ばかりで、周囲を傷つけた反省は見られないように思う。
ため息をつくと、綾はむきになって言う。
「後悔してるから、啓介さんには正直に話してるんです。彼女がいる啓介さんとは付き合えないから、はやく彼女さんと別れてほしいって思ってるんですっ」
「それだけ?」
「それだけって?」
「狙いはそれだけ? 俺を好きだって言うのは、ほかに狙いがあるんだろう? そんなに、俺と彼女を別れさせたい?」
「狙いなんてないですよ。啓介さんと付き合いたいだけなんです」
「俺と付き合ったら、また嫌がらせされるとは思わない?」
「え……?」
さっきまでの勢いが嘘のように、綾は息を飲む。
「結婚が決まった途端に、過去の不倫を暴露するような人間が、君のそばにいるってことに気づいてるか? そいつを見つけないことには、君はいつまでも過去のあやまちを引きずることになる」
「私は啓介さんと付き合えたら、それで……」
「犯人に心当たりは?」
綾を遮って、尋ねる。彼女は俺を睨みつけると、口をつぐむ。
「君は、婚約者に手紙を送りつけた犯人に復讐しようとしてるんじゃないのか? だから、俺に近づいた」
祥子に脅迫文を送りつけたのは、綾に間違いないだろう。今の話を聞いて確信した。婚約者に不倫の事実を知らせたのは祥子だと、彼女は誤解してる。
「全部、わかってるんですね。やっぱり、警察官だった人は違うんだー。そうですよ。私は成沢祥子に復讐したいんです。いいえ、桐谷将司と結婚してた、桐谷祥子に。将司との離婚を私のせいにして、私の結婚の邪魔するなんて許せない」
「手紙を出したのが、祥子だっていう証拠は?」
「あの人以外にいないじゃないですか」
「証拠はないんだな」
すごんで見せるが、綾はひるまない。
「証拠なんかなくたって、あの人が私を恨んでるのはわかってる」
「俺は違うと思うよ。祥子はそんな卑怯なことはしない」
「だまされてるんですよ、啓介さんも。だってそうですよね。あの人はまだ将司を愛してるから、あんなことしたんです。知ってます? 不倫されると、心の回復に数年かかるんですって。あなたは利用されてるだけ。離婚して、たった一年で新しい恋なんてできるわけないんです」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる綾は気づいていないのだろう。祥子の苦しみや悲しみを何も知らないのに決めつけて、自分をも傷つけて、救いがたい哀れな女になっていることを。
「年数とか、関係ないさ。君には祥子が幸せそうに見えるのかもしれないが、壊れた心は戻らないよ。治ったように見えるだけさ。強度の弱くなったガラスは、ちょっとした衝撃で簡単に壊れてしまう。これ以上、祥子に関わらないでほしい」
祥子の心が修復不可能なぐらい粉々になってしまう前に。だから、俺は眉をひそめる綾に言う。
「俺が祥子を生涯大切にするって約束したから、彼女は元気を取り戻してくれただけよ。それを利用されてるっていうなら、それでもいいんだよ、俺は」
その覚悟を持って、祥子を愛すると誓ったのだから。
「そいつ、奥さんとはうまくいってなかったのかな?」
「私はそう聞いてました。奥さんはきちんとしすぎてて、一緒にいると窮屈だって。まじめで堅物みたいです。つまんない女なんだなって思ってました」
「だから、離婚するって言葉を信じて付き合ってた?」
「あたりまえじゃないですか。それなのに、いざ、奥さんに不倫がバレたら、私は遊びだった、奥さんとは別れられないって言い出して、最低の男でした」
「婚約者の彼と別れることになった原因は、その最低な男のせい?」
綾はそうだとも違うとも言わないまま、ぽつりとつぶやく。
「既婚の彼と別れたあと、婚約者の彼に出会ったんです。すごく優しい人で、どうして今まで出会ってなかったんだろうって不思議に思うぐらい、相性も良くて。彼、付き合ってすぐに私と結婚したいって言ってくれて、ご両親にも紹介してくれたんです」
「誠実な人だったみたいだね」
「正直、顔はタイプじゃなかったけど、清潔感があってまじめで、私を大切にしてくれる人なんだなって、漠然と感じられるような人でした」
ささくれだった心を癒してくれる存在だったのだろう。婚約者の話をする彼女は、自分でも気づいていないのだろうが、優しい表情になっている。
「そんな人とどうして別れたんだ? 婚約者の浮気は嘘なんだろう?」
「そうですよ。嘘です。彼は浮気なんてしません。女遊びは絶対にしない人だったから。でも、そんな彼だから、私の過去の恋愛が許せなかったんだと思います」
「既婚の男と付き合ってたって、話したのか?」
「話すわけないじゃないですか。バラされたんですよ」
イラついた様子の綾は、口調がキツくなる。
「バラされた?」
「結婚式の会場も日取りも決めて、招待状も出して、一番幸せだったときに、彼宛に匿名の手紙が届いたんです」
「なんて?」
「あなたの婚約者、不倫してましたよって」
俺は眉をひそめる。
「彼はなんて?」
「本当か? って聞かれたけど、否定しました。彼は信じるって言ってくれたのに、私に内緒で、興信所を使って調査したんです」
「それで、嘘がバレた?」
「不倫をしてたのもショックだけど、嘘をつかれたのもショックだったって。でも、本当のことを言ったら、別れる気だったでしょ? って聞いたら、そうだって。結局、どう答えたって、彼とは別れるしかなかった」
「後悔した?」
過去の不倫も、嘘も全部。
「しましたよ、もちろん」
そうは言うが、彼女を見ていると、傷つけられた後悔ばかりで、周囲を傷つけた反省は見られないように思う。
ため息をつくと、綾はむきになって言う。
「後悔してるから、啓介さんには正直に話してるんです。彼女がいる啓介さんとは付き合えないから、はやく彼女さんと別れてほしいって思ってるんですっ」
「それだけ?」
「それだけって?」
「狙いはそれだけ? 俺を好きだって言うのは、ほかに狙いがあるんだろう? そんなに、俺と彼女を別れさせたい?」
「狙いなんてないですよ。啓介さんと付き合いたいだけなんです」
「俺と付き合ったら、また嫌がらせされるとは思わない?」
「え……?」
さっきまでの勢いが嘘のように、綾は息を飲む。
「結婚が決まった途端に、過去の不倫を暴露するような人間が、君のそばにいるってことに気づいてるか? そいつを見つけないことには、君はいつまでも過去のあやまちを引きずることになる」
「私は啓介さんと付き合えたら、それで……」
「犯人に心当たりは?」
綾を遮って、尋ねる。彼女は俺を睨みつけると、口をつぐむ。
「君は、婚約者に手紙を送りつけた犯人に復讐しようとしてるんじゃないのか? だから、俺に近づいた」
祥子に脅迫文を送りつけたのは、綾に間違いないだろう。今の話を聞いて確信した。婚約者に不倫の事実を知らせたのは祥子だと、彼女は誤解してる。
「全部、わかってるんですね。やっぱり、警察官だった人は違うんだー。そうですよ。私は成沢祥子に復讐したいんです。いいえ、桐谷将司と結婚してた、桐谷祥子に。将司との離婚を私のせいにして、私の結婚の邪魔するなんて許せない」
「手紙を出したのが、祥子だっていう証拠は?」
「あの人以外にいないじゃないですか」
「証拠はないんだな」
すごんで見せるが、綾はひるまない。
「証拠なんかなくたって、あの人が私を恨んでるのはわかってる」
「俺は違うと思うよ。祥子はそんな卑怯なことはしない」
「だまされてるんですよ、啓介さんも。だってそうですよね。あの人はまだ将司を愛してるから、あんなことしたんです。知ってます? 不倫されると、心の回復に数年かかるんですって。あなたは利用されてるだけ。離婚して、たった一年で新しい恋なんてできるわけないんです」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる綾は気づいていないのだろう。祥子の苦しみや悲しみを何も知らないのに決めつけて、自分をも傷つけて、救いがたい哀れな女になっていることを。
「年数とか、関係ないさ。君には祥子が幸せそうに見えるのかもしれないが、壊れた心は戻らないよ。治ったように見えるだけさ。強度の弱くなったガラスは、ちょっとした衝撃で簡単に壊れてしまう。これ以上、祥子に関わらないでほしい」
祥子の心が修復不可能なぐらい粉々になってしまう前に。だから、俺は眉をひそめる綾に言う。
「俺が祥子を生涯大切にするって約束したから、彼女は元気を取り戻してくれただけよ。それを利用されてるっていうなら、それでもいいんだよ、俺は」
その覚悟を持って、祥子を愛すると誓ったのだから。
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