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「雅人くん、おまたせっ」
「全然待ってないよ」
「うそ。手、真っ赤だよ」
「雪穂の方こそ、寒そうだ」
私は手袋をはずすと、雅人の冷え切って赤くなる手を握りしめた。
すぐに雅人は手を入れ替えて、私の両手を優しく包み込む。
「雅人くん、大丈夫だよ。ありがとう」
「雪が降るなんて思ってなかったから、ごめんな、急に呼び出して」
「ううん、雅人くんに会いたかったから」
寒くないよ、って私が笑うと、雅人は優しい目をする。
「俺さ、転勤が決まったんだ」
「転勤?」
「前から打診はあったんだけど、雪穂の仕事が落ち着くまでって思ってて」
「……私の仕事と何か関係あるの?」
不安そうに見上げた雅人の表情は、私と違って清々しい。
「最近仕事がひと段落ついたって言ってただろ」
「あ……、うん」
「俺の会社、一度は遠隔地に転勤しないと出世できないって話、前にしたよな」
「……そうだね。そんな話、してたね」
私の表情は暗く、浮かないだろう。それでも雅人はかまわず、続ける。
「今なら、転勤しても、雪穂にさみしい思いさせないって思ったから、上司に相談したんだ」
「それで、転勤が決まったの?」
「そうだよ。なあ、雪穂」
雅人はコートのポケットをごそごそと探る。そして取り出したのは、リボンのかかった小さな正方形の箱。
それを見た途端に、私の表情はさらに曇る。
「これ、雪穂に」
「……」
無言で箱を受け取る。
「開けてみて」
そう雅人に促されても、私は箱を握りしめたまま、動けないでいた。
すると、ぽたりと箱に水滴が落ちる。
「ごめんね……、雅人くん」
ぽたぽたと落ちるのは涙だった。目もとをぬぐう私に、雅人は「泣くのは早いよ」って笑う。
「俺、もう31だろ。雪穂だって27までには結婚したいって言ってたし。結婚するなら、今しかないって思ってさ。開けてみてよ、雪穂」
私は泣きながら首を横にふる。
「できない。できないよ……」
「じゃあ、俺が開けるよ」
雅人は真っ赤に冷えた手で箱をつかむと、リボンをほどく。しかし、箱のふたはうまく開けられない。
「ごめん。手がかじかんで……」
情けねーなって、雅人は箱を開けようと苦心する。
指は滑ったが、幾度か繰り返すうちにようやくふたが開く。
箱の中には、プラチナリングにひと粒ダイヤの指輪がおさめられていた。幸せな未来を描くのであろう雅人の明るい表情のように、それは輝いていた。
「雪穂、受け取ってくれる?」
ふたの空いた箱を差し出す雅人を、私は悲しげに見つめる。
「雪……」
「雅人くん、ごめんね。ごめんね……」
何度もあやまって、指輪をつかんだ。手のひらの中におさまる指輪を握りしめて、ふたたび私はポロポロと涙を流す。
「ごめんね、雅人くん……。うれしいけど、私……」
私は手のひらを開く。
不安そうに、不可解そうに私を見つめていた雅人の唇が、「あっ」と薄く開いたときには、指輪は降り積もっていた雪の中に落ちていた。
雅人はすぐにしゃがみこみ、雪の中をさぐった。一面真っ白な雪の中、必死に必死に指輪を探した。
「雅人くん……」
私もしゃがみ、雪の中で雅人の手を握りしめた。
私たちは無言で見つめ合った。
お互いの気持ちを確かめるように、ただただ見つめ合っていた。
「雅人くん、もう、探さないで」
「雪穂、どうして」
わけがわからない。
俺たちはずっと順調だったじゃないか。
雅人はそう続けた。
「今日ね、雅人くんに言おうと思ってたことがあったの」
「なに?」
雅人の声は不安そうに震えた。私の唇も震えて、涙で彼の顔が見えなくなる。
「……もう会わないって。これが最後だって。雅人くんは私じゃなくても幸せになれるよって」
「そんなこと言うなよ……」
雅人の表情には、くっきりと絶望が浮かぶ。
「ごめんね。私のこと、探さないで……」
そう言って、私は雪を散らして走り去った。
「雅人くん、おまたせっ」
「全然待ってないよ」
「うそ。手、真っ赤だよ」
「雪穂の方こそ、寒そうだ」
私は手袋をはずすと、雅人の冷え切って赤くなる手を握りしめた。
すぐに雅人は手を入れ替えて、私の両手を優しく包み込む。
「雅人くん、大丈夫だよ。ありがとう」
「雪が降るなんて思ってなかったから、ごめんな、急に呼び出して」
「ううん、雅人くんに会いたかったから」
寒くないよ、って私が笑うと、雅人は優しい目をする。
「俺さ、転勤が決まったんだ」
「転勤?」
「前から打診はあったんだけど、雪穂の仕事が落ち着くまでって思ってて」
「……私の仕事と何か関係あるの?」
不安そうに見上げた雅人の表情は、私と違って清々しい。
「最近仕事がひと段落ついたって言ってただろ」
「あ……、うん」
「俺の会社、一度は遠隔地に転勤しないと出世できないって話、前にしたよな」
「……そうだね。そんな話、してたね」
私の表情は暗く、浮かないだろう。それでも雅人はかまわず、続ける。
「今なら、転勤しても、雪穂にさみしい思いさせないって思ったから、上司に相談したんだ」
「それで、転勤が決まったの?」
「そうだよ。なあ、雪穂」
雅人はコートのポケットをごそごそと探る。そして取り出したのは、リボンのかかった小さな正方形の箱。
それを見た途端に、私の表情はさらに曇る。
「これ、雪穂に」
「……」
無言で箱を受け取る。
「開けてみて」
そう雅人に促されても、私は箱を握りしめたまま、動けないでいた。
すると、ぽたりと箱に水滴が落ちる。
「ごめんね……、雅人くん」
ぽたぽたと落ちるのは涙だった。目もとをぬぐう私に、雅人は「泣くのは早いよ」って笑う。
「俺、もう31だろ。雪穂だって27までには結婚したいって言ってたし。結婚するなら、今しかないって思ってさ。開けてみてよ、雪穂」
私は泣きながら首を横にふる。
「できない。できないよ……」
「じゃあ、俺が開けるよ」
雅人は真っ赤に冷えた手で箱をつかむと、リボンをほどく。しかし、箱のふたはうまく開けられない。
「ごめん。手がかじかんで……」
情けねーなって、雅人は箱を開けようと苦心する。
指は滑ったが、幾度か繰り返すうちにようやくふたが開く。
箱の中には、プラチナリングにひと粒ダイヤの指輪がおさめられていた。幸せな未来を描くのであろう雅人の明るい表情のように、それは輝いていた。
「雪穂、受け取ってくれる?」
ふたの空いた箱を差し出す雅人を、私は悲しげに見つめる。
「雪……」
「雅人くん、ごめんね。ごめんね……」
何度もあやまって、指輪をつかんだ。手のひらの中におさまる指輪を握りしめて、ふたたび私はポロポロと涙を流す。
「ごめんね、雅人くん……。うれしいけど、私……」
私は手のひらを開く。
不安そうに、不可解そうに私を見つめていた雅人の唇が、「あっ」と薄く開いたときには、指輪は降り積もっていた雪の中に落ちていた。
雅人はすぐにしゃがみこみ、雪の中をさぐった。一面真っ白な雪の中、必死に必死に指輪を探した。
「雅人くん……」
私もしゃがみ、雪の中で雅人の手を握りしめた。
私たちは無言で見つめ合った。
お互いの気持ちを確かめるように、ただただ見つめ合っていた。
「雅人くん、もう、探さないで」
「雪穂、どうして」
わけがわからない。
俺たちはずっと順調だったじゃないか。
雅人はそう続けた。
「今日ね、雅人くんに言おうと思ってたことがあったの」
「なに?」
雅人の声は不安そうに震えた。私の唇も震えて、涙で彼の顔が見えなくなる。
「……もう会わないって。これが最後だって。雅人くんは私じゃなくても幸せになれるよって」
「そんなこと言うなよ……」
雅人の表情には、くっきりと絶望が浮かぶ。
「ごめんね。私のこと、探さないで……」
そう言って、私は雪を散らして走り去った。
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