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ハッと気づくと、カーテンの隙間から朝陽が漏れていた。
やけに外が明るい。
そう思って窓を開けると、辺り一面銀世界が広がっていた。
雪は止んでいる。
すぐに青年のことを思った。
昨日、大通りの広場で出会った青年のことだ。
あの青年が気にかかって、変な夢を見たのだろう。
結婚も考える仲だったふたりが別れる夢なんて、気分のいい夢ではなかった。だから余計に私の心に残った。
それにもう一つ、気になることがあった。
私はタンスの引き出しを開けると、ジュエリーケースの中から一つ指輪を取り出した。
この指輪とあの青年が、昨日の奇妙な夢を私に見させたのかもしれない。
そう思ったら、私はすぐに着替えを済ますと、朝食も食べずにアパートを飛び出していた。
大通りにある広場へ到着すると、すでに黒髪の青年はいた。
昨日と同じように、スコップを手にして雪を掘っている。
走ってきた私は、息が整うのを待って、青年の背中に声をかけた。
「何か探してるんですか?」
雪の中にひざをついたまま、青年は私を振り返る。
彼は無言で私をジロジロと眺めた。指輪を握りしめた手を胸にあてて、私は彼が声を発するのを辛抱強く待った。
青年はふたたびスコップで雪をかいたが、私が立ち去らないことに気づくと、ふらりと立ち上がってこちらへやってきた。
「ここの管理の人? そんな風に見えないけど」
「昨日も叱られたの?」
「まあ」
苦笑いする青年は、ズボンについた雪をはらって、スコップをポケットにしまう。
「もう、やめるの?」
そう尋ねたのが意外だったのか、彼は目を丸くする。
「いや、あなたが来たから」
「私はここの管理者じゃないわ。あなたが何をしてるのか気になって来たの」
「気になるって、どうしてですか?」
彼の問いに対し、それを答えるか、しばらく迷った。だけど、私は勇気をふりしぼって言った。
奇妙な行動を取る彼になら、奇妙な出来事を理解してもらえるような気がしたのだ。
「夢を見たの」
青年は眉をわずかにあげたが、何も言わずに私の次の言葉を待った。
「すごくリアルな夢だったの。いつだったかもちゃんとわかってる。1971年の2月。私は夢の中で、『雪穂』って呼ばれてた」
「雪穂……」
そうつぶやいて、青年は絶句する。
「あなたは、雅人という人を知ってる?」
もう50年近く昔の話だ。しかも夢の中の。知ってるはずはない。
自分でもおかしなことを聞いてる。その自覚はあったけれど、尋ねずにはいられなかった。
きっと彼だって、こんな場所をスコップで掘り起こすなんておかしなこと、おかしいと思わずにしてるなんて思えなかった。
「俺、前世を探してるんです」
「前世?」
思いがけないことを青年が言うから驚くと、彼は力なくうなずく。
「ずっと前から、俺も繰り返し繰り返し見る夢があるんです」
「あなたも?」
「夢の中で、俺は『雅人』って呼ばれてました。あんまり同じ夢を見るから、占い師に見てもらったんです。そうしたら前世の記憶だって言われたんです」
「雅人さんが、あなたの前世?」
疲れ切った様子の青年は、ふたたび力なくうなずいた。
「雅人は雪穂にふられたんです。でもどうしても忘れられなくて、俺に探せって言ってくるんだと思います」
未練たらたらだって苦笑いする青年の目の前へ、指輪を握りしめている手を差し出す。
「探すって、もしかして、この指輪?」
「どうして指輪を探してるって……」
「雪穂が探さないでって言ったから」
手のひらを開く。
青年は私の手の中にある指輪を目にとめると、躊躇しながらそれをつまんで持ち上げた。
「……似てるけど、違うかな」
しばらく指輪を眺めた青年は残念そうにそう言う。
「違うってわかるの?」
「それはわかるよ。何度も夢に見たから」
私は小さなため息を吐き出す。
もしこの指輪だって青年が言ったなら、夢はただの夢だと思おうとしていたのに。
「この指輪、私がデザインしたの。夢に出てきた指輪をもとに。上司からデザインが古いって言われちゃってボツになって。でも、初めてデザインしたものだから記念に自分だけの指輪を作ったの」
「デザインしたって、あなたが?」
あっ、と私は声を上げて、ポシェットの中から名刺を取り出す。
「私、ジュエリーデザイナーの長谷川杏奈って言います」
青年は私の差し出す名刺を受け取る。
「俺は、曽野慎治。大学三年です」
「三年生だと、はたち?」
「21です。あなたは?……って、失礼ですね。もし長谷川さんが25歳なら、つじつまがまた一つ合うと思って」
「つじつまって?」
ほんの少し動悸がはやくなる。
私たちは同じ夢を見るという共通点のほかに、まだ何かあるのかと。
「雅人は俺にいろんな夢を見せるんです。雪穂にここでふられた四年後に、雅人は交通事故で死にました。もしかしたら死にたかったのかもしれないけど」
「なぜ?」
「雪穂が亡くなってるって知ったからです」
私はハッと息を飲む。
大好きだった雅人に会うとき、なぜ、これが最後、と思っていたのか、それに気づいた気がして。
「雪穂は病気でした。雅人がプロポーズしたその年に、病でこの世を去っていました」
雪穂が死んだ四年後、雅人も死んだ。
生まれ変わりの順序が正しいのならば、ふたりの生まれ変わりである私たちが、四歳差ならつじつまが合うというのだろう。
「病気だったことを雪穂さんは話せなかったのね」
「話してても、雅人は苦しんだでしょう。でも、あの指輪をプレゼントすることはできたはずです」
曽野さんは真っ白な雪を絶望に満ちた目で見つめる。
「あの指輪が見つかったら、俺の夢が前世の記憶だったって証明できると思ってました」
「私の存在が、その証明になる?」
「わかりません。長谷川さんが冗談でそんなことを言う意味もないし。でももし、長谷川さんの前世が雪穂だって言うなら、雅人は喜んでるんじゃないかな」
「喜ぶ?」
首をかしげると、曽野さんはちょっと髪をかいて、気恥ずかしそうに笑った。
「だって長谷川さん、綺麗だから」
ハッと気づくと、カーテンの隙間から朝陽が漏れていた。
やけに外が明るい。
そう思って窓を開けると、辺り一面銀世界が広がっていた。
雪は止んでいる。
すぐに青年のことを思った。
昨日、大通りの広場で出会った青年のことだ。
あの青年が気にかかって、変な夢を見たのだろう。
結婚も考える仲だったふたりが別れる夢なんて、気分のいい夢ではなかった。だから余計に私の心に残った。
それにもう一つ、気になることがあった。
私はタンスの引き出しを開けると、ジュエリーケースの中から一つ指輪を取り出した。
この指輪とあの青年が、昨日の奇妙な夢を私に見させたのかもしれない。
そう思ったら、私はすぐに着替えを済ますと、朝食も食べずにアパートを飛び出していた。
大通りにある広場へ到着すると、すでに黒髪の青年はいた。
昨日と同じように、スコップを手にして雪を掘っている。
走ってきた私は、息が整うのを待って、青年の背中に声をかけた。
「何か探してるんですか?」
雪の中にひざをついたまま、青年は私を振り返る。
彼は無言で私をジロジロと眺めた。指輪を握りしめた手を胸にあてて、私は彼が声を発するのを辛抱強く待った。
青年はふたたびスコップで雪をかいたが、私が立ち去らないことに気づくと、ふらりと立ち上がってこちらへやってきた。
「ここの管理の人? そんな風に見えないけど」
「昨日も叱られたの?」
「まあ」
苦笑いする青年は、ズボンについた雪をはらって、スコップをポケットにしまう。
「もう、やめるの?」
そう尋ねたのが意外だったのか、彼は目を丸くする。
「いや、あなたが来たから」
「私はここの管理者じゃないわ。あなたが何をしてるのか気になって来たの」
「気になるって、どうしてですか?」
彼の問いに対し、それを答えるか、しばらく迷った。だけど、私は勇気をふりしぼって言った。
奇妙な行動を取る彼になら、奇妙な出来事を理解してもらえるような気がしたのだ。
「夢を見たの」
青年は眉をわずかにあげたが、何も言わずに私の次の言葉を待った。
「すごくリアルな夢だったの。いつだったかもちゃんとわかってる。1971年の2月。私は夢の中で、『雪穂』って呼ばれてた」
「雪穂……」
そうつぶやいて、青年は絶句する。
「あなたは、雅人という人を知ってる?」
もう50年近く昔の話だ。しかも夢の中の。知ってるはずはない。
自分でもおかしなことを聞いてる。その自覚はあったけれど、尋ねずにはいられなかった。
きっと彼だって、こんな場所をスコップで掘り起こすなんておかしなこと、おかしいと思わずにしてるなんて思えなかった。
「俺、前世を探してるんです」
「前世?」
思いがけないことを青年が言うから驚くと、彼は力なくうなずく。
「ずっと前から、俺も繰り返し繰り返し見る夢があるんです」
「あなたも?」
「夢の中で、俺は『雅人』って呼ばれてました。あんまり同じ夢を見るから、占い師に見てもらったんです。そうしたら前世の記憶だって言われたんです」
「雅人さんが、あなたの前世?」
疲れ切った様子の青年は、ふたたび力なくうなずいた。
「雅人は雪穂にふられたんです。でもどうしても忘れられなくて、俺に探せって言ってくるんだと思います」
未練たらたらだって苦笑いする青年の目の前へ、指輪を握りしめている手を差し出す。
「探すって、もしかして、この指輪?」
「どうして指輪を探してるって……」
「雪穂が探さないでって言ったから」
手のひらを開く。
青年は私の手の中にある指輪を目にとめると、躊躇しながらそれをつまんで持ち上げた。
「……似てるけど、違うかな」
しばらく指輪を眺めた青年は残念そうにそう言う。
「違うってわかるの?」
「それはわかるよ。何度も夢に見たから」
私は小さなため息を吐き出す。
もしこの指輪だって青年が言ったなら、夢はただの夢だと思おうとしていたのに。
「この指輪、私がデザインしたの。夢に出てきた指輪をもとに。上司からデザインが古いって言われちゃってボツになって。でも、初めてデザインしたものだから記念に自分だけの指輪を作ったの」
「デザインしたって、あなたが?」
あっ、と私は声を上げて、ポシェットの中から名刺を取り出す。
「私、ジュエリーデザイナーの長谷川杏奈って言います」
青年は私の差し出す名刺を受け取る。
「俺は、曽野慎治。大学三年です」
「三年生だと、はたち?」
「21です。あなたは?……って、失礼ですね。もし長谷川さんが25歳なら、つじつまがまた一つ合うと思って」
「つじつまって?」
ほんの少し動悸がはやくなる。
私たちは同じ夢を見るという共通点のほかに、まだ何かあるのかと。
「雅人は俺にいろんな夢を見せるんです。雪穂にここでふられた四年後に、雅人は交通事故で死にました。もしかしたら死にたかったのかもしれないけど」
「なぜ?」
「雪穂が亡くなってるって知ったからです」
私はハッと息を飲む。
大好きだった雅人に会うとき、なぜ、これが最後、と思っていたのか、それに気づいた気がして。
「雪穂は病気でした。雅人がプロポーズしたその年に、病でこの世を去っていました」
雪穂が死んだ四年後、雅人も死んだ。
生まれ変わりの順序が正しいのならば、ふたりの生まれ変わりである私たちが、四歳差ならつじつまが合うというのだろう。
「病気だったことを雪穂さんは話せなかったのね」
「話してても、雅人は苦しんだでしょう。でも、あの指輪をプレゼントすることはできたはずです」
曽野さんは真っ白な雪を絶望に満ちた目で見つめる。
「あの指輪が見つかったら、俺の夢が前世の記憶だったって証明できると思ってました」
「私の存在が、その証明になる?」
「わかりません。長谷川さんが冗談でそんなことを言う意味もないし。でももし、長谷川さんの前世が雪穂だって言うなら、雅人は喜んでるんじゃないかな」
「喜ぶ?」
首をかしげると、曽野さんはちょっと髪をかいて、気恥ずかしそうに笑った。
「だって長谷川さん、綺麗だから」
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