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強欲な甘い誘惑
試着会後
しおりを挟む「つばさちゃん、素敵だったわねー。写真もバッチリたくさん撮ったわよ。見てみる?」
着替えを済ませてロビーへ行くと、ソファーに腰かけた美梨さんが、カメラの液晶モニターをつけた。
「あっ、見たいです! その前に、飲み物買ってきていいですか? のど乾いちゃって。美梨さんも何か飲みますか?」
「お願いしちゃっていい?」
「はい。何にします?」
「アイスコーヒーにするわ、ブラックで」
「わかりました。ちょっと行ってきますね」
ロビーの奥に、来客用のドリンクバーがある。無料でさまざまなドリンクが楽しめるみたい。
ドリンクバーには先客がいた。アップルティーを紙コップに注ぎ入れる若い女性の後ろに、スーツ姿の男性がふたりいる。
彼らの後ろに並ぶと、思いがけない名前が耳に飛び込んできた。
「今年は海堂佑磨さんが来てたな。あのうわさ、本当かな?」
「あー、かもな。落とせる見込みがついたんだろ。とうとうってやつだな」
「海堂さんもえげつないよな。あそこ、誰も落とせなかっただろ。今度はどんな手、使ったんだろうな」
「言葉遣いには気をつけろよ。敏腕なんだろ」
ふたりはヒソヒソ話しながら、飲み物を持って立ち去った。
えげつないって、なんだろう。商売のやり方が汚いとか……そんなニュアンスなんだろうか。
巨大グループと言われる企業の一端を垣間見た気がして、びっくりしてしまう。
もしかしたら、本当にとんでもない人たちに関わっちゃったのかもしれない。
後ろから咳払いが聞こえて、ハッと振り返ると、男の人が足踏みをしてる。あわててブラックコーヒーとアイスティーを注ぐと、美梨さんのもとへ戻った。
「ヘア、いい感じにお直ししてもらえたのねー。とってもかわいいわ」
美梨さんは「ありがとう」とコーヒーを受け取って、スタッフにアレンジしてもらった私の髪をほめた。
「帰りはお食事して帰るかもって言ったら、今日の服装に合うようにメイクも直してくれました。とても親切で、楽しかったです」
「本当にね。天ヶ瀬さんも素敵だったわよねー。私、ああいう西洋貴族風の人、好き」
「すごく紳士でしたね」
西洋貴族か。言われてみると、しっくり来る。鼻も高くて日本人離れした顔立ちだった。
「写真、たくさん撮っちゃった。つばさちゃんもいる? 天ヶ瀬さん一人だけの写真」
一人だけ? そんなのいつの間に撮影したのだろう。抜け目がない。
「あ、私は一緒に撮ってもらったのがあれば……」
天ヶ瀬さん一人の写真をもらっても、持て余しちゃう気がして、やんわりと断ると、美梨さんは意外そうな顔をした。
「そうなの? 天ヶ瀬さんはタイプじゃなかった? すごく息が合ってたのに」
「タイプっていうか」
年が離れているし、恋愛対象として見ていなかったから、そう聞かれると戸惑う。好きとか嫌いとかそういうのではない。
「じゃあ、海堂さんは? 何度見ても素敵よ、彼は。つばさちゃんは海堂さんの方が好きかしら」
「そうですね。すごくカッコよくてびっくりしちゃいました」
「やっぱり、そうよねー。つばさちゃんは海堂さんみたいなタイプが好きよね」
「あっ、違うんです」
同意したのは、佑磨さんがカッコいいという点においてだけだったんだけど。
「いいのいいの、照れなくても。海堂さんみたいな万人受けするイケメンはモテるわよね。ほら、海堂さんだって、つばさちゃん見て驚いてたじゃない? きっと見惚れちゃったのよ」
「えぇ……、違いますよ。驚くのは当然です。秘書さんが仕事中に写真撮影してたんですもん」
ノリでいろんなことが決まっていった写真撮影だったけど、落ち着いて考えてみれば、かなり天ヶ瀬さんには迷惑をかけていたと思う。
いくら、本宮ブライダルと海堂グループが懇意の仲だったとしても。
「あははっ、そうよね。それでかな? 海堂さんが、天ヶ瀬さんの写真は飾るなって指示したみたい。高山さんも残念そうだったわ。来年の試着会のパンフレットに使えそうだったのにって」
「そうなんですか?」
「本当にお似合いだったから、もったいないわよねー。でもね、安心して。私のカメラのことはなんにも言ってなかったらしいから、現像は自由よ。せっかくだもの、天ヶ瀬さんの写真もつばさちゃんにあげるわね」
結局、もらえるらしい。
「見て見て、つばさちゃん。天ヶ瀬さんがつばさちゃんに楽しそうに話しかけてるオフショット。すごくいい感じに撮れたと思うの」
そう言って、美梨さんはカメラの液晶モニターを私の方へ向けた。
私はあいづちを打ちつつ、ロビーへと視線を泳がせた。佑磨さんたちはすぐに帰ったのだろう。それらしき姿を見つけることはできなかった。
もう会うことはないだろうけど、お礼の一つぐらい言いたかったなと、そう思っていた。
だから、それからしばらくして、リトルグレイスに佑磨さんがやってきた時は驚いた。
彼は店内をじっくりと見てまわって、ショーケースに飾られたブレスレットを選んだ。それは入荷したばかりの新作で、美梨さんはお目が高いと喜んでいた。
『彼女へのプレゼントかしらね』
美梨さんは楽しそうにうわさ話をしたけれど、そのブレスレットがまさか、一週間後に私の手首におさまることになるなんて、そのときはまったく想像していなかった。
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