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強欲な甘い結婚
花里の土地
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***
昨夜は興奮していたからか、寝つきが悪かった。目が覚めても、ようやく寝入ったばかりだったのに、という失意で、ぼんやりと真っ白の天井を見上げていた。
頭が冴えてくると、急にあのことが気になり出した。ベッドから飛び降りるなり、ジュエリーボックスの中をのぞく。
イエローサファイアのブレスレットは、お気に入りのアクセサリーたちと一線を画し、何ものにも揺るがない貴婦人のように輝いていた。
胸がうずく。やっぱり、昨夜の出来事は夢じゃなかったのだ。
「ほんとに私、海堂さんと……」
胸元に手をあてる。彼の指先や唇の感触を思い出したら、鏡に映る私が真っ赤になっていく。
「絶対、何かの間違い」
頭を左右に振る。
あんなにカッコいい人が、私を好きになるはずない。ちょっと遊ばれたんだ。きっと、そう。
そう思い込もうとするのに、うまくいかない。
だって、ウェディングドレスをまとった私は、美しい母に少しばかり近づけたと感じられるぐらい、普段の私とは全然違った。
もしかしたら、ひとめぼれされても不思議じゃなかったかもしれない。また会ってみたい。そんな風に思う私がいる。
着替えを済ませると、部屋を出た。階段を降りていくと、リビングの方から母の話し声が聞こえてくる。
リトルグレイスの定休日の今日は、月曜日。サラリーマンの父は仕事に出かけているはず。
いつもより遅く起きてしまったにしても、来客があるような時間ではないし、電話でもしてるのだろうかと、そっとドアを開けたら、案の定、受話器を耳にあてる母の後ろ姿が見えた。
その背中がどことなく頼りない。もともと華奢な人だけど、いつもより小さく見える。
「はい。……はい。主人が帰りましたら、伝えておきます。……えぇ、できましたら、放棄したいんですけど、できませんものね。……はい。では、はい、また。……失礼します」
受話器を置く母を確認して、リビングに踏み込んだ。すぐに母は私に気づき、笑顔をつくる。
「つばさちゃん、おはよう。何か飲む?」
「自分でやるからいいよ。今の電話、なんだったの?」
「それがね……」
リビングのいすに腰をおろした母は、言うのを迷うように言葉をにごした。
冷蔵庫から牛乳を取り出して、グラスにそそぐと、母の向かいに座る。
「何かよくない電話?」
浮かない表情の母が心配になって尋ねると、彼女は言う。
「そうね。……いずれ、つばさちゃんの問題にもなるから話した方がいいわよね」
「私の問題?」
「相続よ。先月、花里のおばあちゃんが亡くなったでしょう?」
「あ、おばあちゃん。うん……」
花里のおばあちゃんは、母方の祖母だ。祖父は私が中学生になった年に亡くなり、祖母は先月亡くなった。
葬儀は長野県にある花里家で行われた。私たち家族はご焼香のみさせてもらい、夜になって母だけが花里家を訪ねた。
両親は駆け落ち婚だったけど、数十年の月日を経て、ようやく敷居をまたげるようにはなっていた。
「土地を相続するんだっけ?」
その話は、うっすらと聞いていた。
葬儀から帰宅した夜、父が「困ったね。彼らも持て余す土地なんだろう」と言っていたからだ。
花里家の本邸には現在、母の実弟である、花里の長男が暮らしている。母には弟二人と妹がおり、4人兄弟なのだそう。
だから、父の言う、彼ら、というのは、母の実弟、実妹の3人。その3人が持て余す土地を、母に相続させようとしているのだという。
「どんな土地なの?」
「それがね、何億とする土地なのよ」
「えっ、億……?」
思いがけない額に驚いて、息を飲んだ。もっと現実的な額だと思っていた。
母の困り顔を見れば、リビングで解決できるような話じゃないのだとわかる。
「相続税を払うだけでも大変よ。もし相続なんてしたら、固定資産税だって払っていかなきゃいけないし。長野の土地でしょう? 管理だって難しいわ。まして、うちはサラリーマンの収入しかないし」
「相続放棄はできないの?」
「さっきの電話、お相手は弟の弁護士よ。相続放棄は弟が許さないの。よっぽど、わけありの土地なのね。花里に泥を塗ったんだから、最後ぐらい親孝行しろって言ってるらしいけど、きっとそれは建前」
旧家である花里家には莫大な財産があるとは聞いていたが、家を出た母は相続放棄するつもりでいた。しかし、それすら一筋縄ではいかないようだ。
「わけあり……?」
「何か埋められてるんじゃないかしら。近所の人に聞いたんだけれど、ずいぶん昔にね、おじいさんが売却しようとして、うまくいかなかったみたいだから」
「何かって、産業廃棄物とか? じゃあ、埋められてるものを掘り起こすだけでも費用がかかるね」
「そうなの。どう転がってもお金のいる土地なのよ」
「その土地をお母さんに相続させようなんて、ひどい話だね」
「私のせいで、弟たちも嫌な思いしたみたいだから」
母は肩身が狭そうに、肩をすくめた。
婚約者がいながら、父と駆け落ちをした母は、その点に触れられると何も言えなくなってしまうみたいだった。
「どうするの?」
「いま、お父さんが動いてくれてるの。相続税は銀行で借りて、あとはなんとか売却できないかって」
「売れない土地なんでしょ?」
「そうなのよ……。本当にね、困った話なの。つばさちゃんには迷惑かからないように動いてるから。がんばるわね、お母さんたち」
「私にも、何かできることがあるといいんだけど」
私と母は顔を見合わせたが、何の策も浮かばなくて、お互いにため息をつくしかなかった。
昨夜は興奮していたからか、寝つきが悪かった。目が覚めても、ようやく寝入ったばかりだったのに、という失意で、ぼんやりと真っ白の天井を見上げていた。
頭が冴えてくると、急にあのことが気になり出した。ベッドから飛び降りるなり、ジュエリーボックスの中をのぞく。
イエローサファイアのブレスレットは、お気に入りのアクセサリーたちと一線を画し、何ものにも揺るがない貴婦人のように輝いていた。
胸がうずく。やっぱり、昨夜の出来事は夢じゃなかったのだ。
「ほんとに私、海堂さんと……」
胸元に手をあてる。彼の指先や唇の感触を思い出したら、鏡に映る私が真っ赤になっていく。
「絶対、何かの間違い」
頭を左右に振る。
あんなにカッコいい人が、私を好きになるはずない。ちょっと遊ばれたんだ。きっと、そう。
そう思い込もうとするのに、うまくいかない。
だって、ウェディングドレスをまとった私は、美しい母に少しばかり近づけたと感じられるぐらい、普段の私とは全然違った。
もしかしたら、ひとめぼれされても不思議じゃなかったかもしれない。また会ってみたい。そんな風に思う私がいる。
着替えを済ませると、部屋を出た。階段を降りていくと、リビングの方から母の話し声が聞こえてくる。
リトルグレイスの定休日の今日は、月曜日。サラリーマンの父は仕事に出かけているはず。
いつもより遅く起きてしまったにしても、来客があるような時間ではないし、電話でもしてるのだろうかと、そっとドアを開けたら、案の定、受話器を耳にあてる母の後ろ姿が見えた。
その背中がどことなく頼りない。もともと華奢な人だけど、いつもより小さく見える。
「はい。……はい。主人が帰りましたら、伝えておきます。……えぇ、できましたら、放棄したいんですけど、できませんものね。……はい。では、はい、また。……失礼します」
受話器を置く母を確認して、リビングに踏み込んだ。すぐに母は私に気づき、笑顔をつくる。
「つばさちゃん、おはよう。何か飲む?」
「自分でやるからいいよ。今の電話、なんだったの?」
「それがね……」
リビングのいすに腰をおろした母は、言うのを迷うように言葉をにごした。
冷蔵庫から牛乳を取り出して、グラスにそそぐと、母の向かいに座る。
「何かよくない電話?」
浮かない表情の母が心配になって尋ねると、彼女は言う。
「そうね。……いずれ、つばさちゃんの問題にもなるから話した方がいいわよね」
「私の問題?」
「相続よ。先月、花里のおばあちゃんが亡くなったでしょう?」
「あ、おばあちゃん。うん……」
花里のおばあちゃんは、母方の祖母だ。祖父は私が中学生になった年に亡くなり、祖母は先月亡くなった。
葬儀は長野県にある花里家で行われた。私たち家族はご焼香のみさせてもらい、夜になって母だけが花里家を訪ねた。
両親は駆け落ち婚だったけど、数十年の月日を経て、ようやく敷居をまたげるようにはなっていた。
「土地を相続するんだっけ?」
その話は、うっすらと聞いていた。
葬儀から帰宅した夜、父が「困ったね。彼らも持て余す土地なんだろう」と言っていたからだ。
花里家の本邸には現在、母の実弟である、花里の長男が暮らしている。母には弟二人と妹がおり、4人兄弟なのだそう。
だから、父の言う、彼ら、というのは、母の実弟、実妹の3人。その3人が持て余す土地を、母に相続させようとしているのだという。
「どんな土地なの?」
「それがね、何億とする土地なのよ」
「えっ、億……?」
思いがけない額に驚いて、息を飲んだ。もっと現実的な額だと思っていた。
母の困り顔を見れば、リビングで解決できるような話じゃないのだとわかる。
「相続税を払うだけでも大変よ。もし相続なんてしたら、固定資産税だって払っていかなきゃいけないし。長野の土地でしょう? 管理だって難しいわ。まして、うちはサラリーマンの収入しかないし」
「相続放棄はできないの?」
「さっきの電話、お相手は弟の弁護士よ。相続放棄は弟が許さないの。よっぽど、わけありの土地なのね。花里に泥を塗ったんだから、最後ぐらい親孝行しろって言ってるらしいけど、きっとそれは建前」
旧家である花里家には莫大な財産があるとは聞いていたが、家を出た母は相続放棄するつもりでいた。しかし、それすら一筋縄ではいかないようだ。
「わけあり……?」
「何か埋められてるんじゃないかしら。近所の人に聞いたんだけれど、ずいぶん昔にね、おじいさんが売却しようとして、うまくいかなかったみたいだから」
「何かって、産業廃棄物とか? じゃあ、埋められてるものを掘り起こすだけでも費用がかかるね」
「そうなの。どう転がってもお金のいる土地なのよ」
「その土地をお母さんに相続させようなんて、ひどい話だね」
「私のせいで、弟たちも嫌な思いしたみたいだから」
母は肩身が狭そうに、肩をすくめた。
婚約者がいながら、父と駆け落ちをした母は、その点に触れられると何も言えなくなってしまうみたいだった。
「どうするの?」
「いま、お父さんが動いてくれてるの。相続税は銀行で借りて、あとはなんとか売却できないかって」
「売れない土地なんでしょ?」
「そうなのよ……。本当にね、困った話なの。つばさちゃんには迷惑かからないように動いてるから。がんばるわね、お母さんたち」
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