せめて契約に愛を

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寝室までの距離

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「だから話し合いは必要ないって言うの? 遊び相手はたくさんいても、本気の恋はしてないから安心しろって……? そう、言うの?」
「そうだよ。君はこれから俺を好きになればいい」
「それだけのこと……みたいな言い方するんだね」
「簡単だよ。もう君の心はキスを受け入れた時から俺に傾きかけてるんだから。だから、入籍したと聞いて、一緒に暮らしてもいいと思ったんだろ?」

 それを否定することは出来なくて。でも、まだ湊くんを受け入れる決心はつかなくて。

「寝室は別なんだ。そこまで急かす気はないよ」
「だから安心しろって、やっぱりおかしいよ」
「だったら今夜、俺に抱かれてみるか? それがこのくだらない長話に決着がつく唯一の方法だよ」

 湊くんはおもむろに立ち上がり、カウンターの前に立つ私に歩み寄ると腕をつかんできた。

「離して……」

 とっさに腕を引いてみたが、男性の力を簡単に振り払うことは容易ではなかった。

「そんなに嫌?」

 湊くんが顔を近づけるから、横に顔をそらす。鼻先に彼の唇が触れる。

「キスもダメ?」
「今は大事な話をしてるの」
「君を好きだという俺の告白を、本当は信じてないんだろ? だから迷いがあるんだ」
「信じてないわけじゃない。でも、結婚は大事なことだから……」
「本当に結婚相手は俺でいいのか? そんな風に悩むのは無駄だよ。俺たちはもう夫婦なんだから」
「私が言ってるのは、お互いに後悔のない結婚をしましょうっていうことだよ。私に失望する日が来たら湊くんはどうするの? 簡単に別れたりできないでしょ?」
「どうして失望するだなんて思う? 君は誰が見ても可愛いよ。慎重な性格も悪くない。足りないのは、経験だけだよ」

 湊くんの腕によって回転させられた私の身体は、ソファーの上に投げ出されていた。はずみでめくれたスカートをとっさに押さえたが、彼の視線はそこから徐々に這い上がる。

 身体を起こそうとすると、湊くんは私の顔の横に両腕を立ててかぶさってきた。

「君のしぐさ一つ一つがいつも新鮮で可愛いよ」
「湊くん……、ダメだよ。私まだ、そこまで……」
「好きじゃない? だったら、足りない思いを今から埋めよう。すぐに君は俺を好きになる……」

 最後の言葉が言葉になるかならないかのうちに、唇は重なった。

 湊くんはいつも強引な物の言い方をするのに、キスは優しい。そっと重なり合う唇をだんだんと深くしていく。
 彼になら全てを捧げても後悔しないんじゃないかと、そんな気持ちになってくるのだから不思議だ。

 彼にもその思いは伝わったのだろうか。わずかに離れた彼の唇が弧を描く。

「君の身体はやっぱり素直だね」

 いつの間にか、私の手は湊くんの胸元をつかんでいたようだ。それは拒絶するためではなく。
 自分でもゆるめれない指を、彼はたやすくほどいて、自らの指にからませる。細い身体と同様の繊細な長い指なのに、男の人だと感じさせるたくましさはどこから来るのだろう。

 この指に、この繊細な手に抱かれるのだと思ったら、急に胸が激しく波打つ。抱かれる。それは私にとって未経験のこと。不安や恐怖よりも、戸惑いが強い。

 私の指とつながっていない方の彼の指が、私の髪をさぐると髪留めをはじいた。

「髪を下ろしてると、ちょっと色っぽいね」

 軽くウェーブする私の髪を好きなように動かして、湊くんは愛しいものを見るような目で私を見下ろす。
 頬に沿う髪の先を胸の方へと伸ばした指は、そのままコートのボタンをつかむ。

「君らしくないね。コートを脱ぐのも忘れてまで、俺に抗議したかったんだ?」
「抗議とは違うけど……」
「じゃあ、コートはいらないね」

 三つ四つと容易くボタンが外され、胸元が開く。

「君と心を通わせるには、ブラウスも不要だよ」
「湊くん……。ほんとに、私……」
「抗議があるなら、全部終わってからにしろよ」

 湊くんの口調は少し強くなり、さらにブラウスのボタンは外される。長い指は優しく胸元を撫で、彼の唇はむき出しになった肌に落ちてくる。

「湊くん……、ダメ……」
「切羽詰まると、余計に君は魅力的だ」

 私の制止なんて制止にもならなくて。湊くんの唇は肌の上を優しく滑る。その度に萎縮する身体を感じながら、私はぎゅっと目を閉じた。
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