せめて契約に愛を

水城ひさぎ

文字の大きさ
24 / 119
寝室までの距離

4

しおりを挟む



「沙耶……」

 耳元で名前を呼ぶと、彼女の身体はますます硬くなる。綺麗な鎖骨の辺りにキスをしながら、そっと胸を撫でただけなのに、激しく緊張しているようだ。

 ソファーに広がる柔らかな黒髪や、はだけたブラウスから覗く白い肌。緊張で赤らむ頬や潤む瞳。何もかもがなまめかしい。
 普段は子供っぽいくせに、時折やけに大人の女を感じさせるのだからタチが悪い。

「ベッドに連れていきたい」

 背中に回した腕で身体を起こさせると、沙耶は胸元をかきあわせながら俺を見上げる。その瞳はまっすぐで、けがれのないものだ。

「私だって覚悟してるけど……、こんな風なのは嫌だよ……」
「沙耶……」

 うつむく沙耶は泣き出しそうに唇をかむが、泣いたりはしない。
 頬に唇を寄せて、彼女を抱き寄せる。身体は俺に従うようにもたれかかってくるが、崇高な心は寄り添ってはいないのだ。

 はやく俺のものにしたいのに、抱いたとしても彼女の心は俺のものにならないような気がする。薄っぺらい紙一枚でつながった関係は、やはりそれだけのものなのだろう。

「いつなら、君に触れていい?」
「え?」
「好きな女と毎日一緒にいるのに手が出せないでは、正直俺もキツイ。君に決心させるには、何日必要だ?」
「何日って……」

 あきれて物も言えないとは、こういう表情のことを言うのだろう。沙耶は薄く唇を開く。

「最大の譲歩だが?」

 そう言うと、沙耶は固く唇をかむ。異議を唱えるなら、今すぐ俺のベッドに連れていくつもりだ。

「ただ欲を満たすためだけなら、何も君でなくていい。むしろ君じゃない方が……」
「そんな言い方……、ひどい」
「それでも俺は君がいいと言ってるんだ。この意味はわかるだろう?」

 沙耶は俺の目を見つめてくる。答えは出ているようだ。だが、どう言葉にしたらいいのかわからないのだ。

 俺に好意があると言うだけだ。しかしそれを言ったら、彼女はこれから起きることに対処できるか不安でならないのだ。それほどに俺を好きではないから。

 沙耶の乱れたブラウスを正しながら、俺はため息を吐き出す。

「やっぱりレストランに行くか。結婚記念日となる日に弁当では味気ないな」

 立ち上がろうとすると、沙耶は俺の手を握ってきた。

「沙耶……?」
「湊くんが買ってきてくれたんだから、すごく嬉しいよ。ご飯は一緒に食べなくてもかまわないって言ったけど、こうやって一緒に食べれたらやっぱり嬉しい」
「君は普通の家庭に育ったんだな」
「湊くんもきっとそうだよ。だから優しい姿を見せてくれる」

 沙耶はいつも俺を驚かせる。

「俺が優しい?」
「そんなに驚くこと?」
「はじめて言われたな」
「うそー。きっと覚えてないだけだよ。でも……」
「でも?」

 沙耶はちょっと悩んで、そして赤らんで、不思議に思う俺の手をさらにぎゅっと握った。

「私にだけ優しいなら、嬉しい……」
「君は……、素直だな」

 一瞬言葉を飲んだが、こんな風に沙耶は本心を見せてくれるのだと気付き、俺はやっと穏やかな気持ちを取り戻せる。

「それにしても……」
「なに?」

 沙耶はあどけない笑顔で、俺を見上げる。

「君はやっぱり着痩せするタイプなんだ? その童顔に油断してると痛い目に合うな」

 みるみるうちに赤くなる沙耶は、唇をわなわなとさせたが、反論しては来なかった。
 俺はあははと声に出して笑う。不思議だ。こんな風に笑う俺がいることに、内心自分でも驚いているのだ。

「やっぱり湊くんは意地悪だよ」

 沙耶はそう言うと、冷めたお茶を淹れ直すためか、湯呑みを持ってキッチンへと入っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...