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寝室までの距離
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「沙耶……」
耳元で名前を呼ぶと、彼女の身体はますます硬くなる。綺麗な鎖骨の辺りにキスをしながら、そっと胸を撫でただけなのに、激しく緊張しているようだ。
ソファーに広がる柔らかな黒髪や、はだけたブラウスから覗く白い肌。緊張で赤らむ頬や潤む瞳。何もかもがなまめかしい。
普段は子供っぽいくせに、時折やけに大人の女を感じさせるのだからタチが悪い。
「ベッドに連れていきたい」
背中に回した腕で身体を起こさせると、沙耶は胸元をかきあわせながら俺を見上げる。その瞳はまっすぐで、けがれのないものだ。
「私だって覚悟してるけど……、こんな風なのは嫌だよ……」
「沙耶……」
うつむく沙耶は泣き出しそうに唇をかむが、泣いたりはしない。
頬に唇を寄せて、彼女を抱き寄せる。身体は俺に従うようにもたれかかってくるが、崇高な心は寄り添ってはいないのだ。
はやく俺のものにしたいのに、抱いたとしても彼女の心は俺のものにならないような気がする。薄っぺらい紙一枚でつながった関係は、やはりそれだけのものなのだろう。
「いつなら、君に触れていい?」
「え?」
「好きな女と毎日一緒にいるのに手が出せないでは、正直俺もキツイ。君に決心させるには、何日必要だ?」
「何日って……」
あきれて物も言えないとは、こういう表情のことを言うのだろう。沙耶は薄く唇を開く。
「最大の譲歩だが?」
そう言うと、沙耶は固く唇をかむ。異議を唱えるなら、今すぐ俺のベッドに連れていくつもりだ。
「ただ欲を満たすためだけなら、何も君でなくていい。むしろ君じゃない方が……」
「そんな言い方……、ひどい」
「それでも俺は君がいいと言ってるんだ。この意味はわかるだろう?」
沙耶は俺の目を見つめてくる。答えは出ているようだ。だが、どう言葉にしたらいいのかわからないのだ。
俺に好意があると言うだけだ。しかしそれを言ったら、彼女はこれから起きることに対処できるか不安でならないのだ。それほどに俺を好きではないから。
沙耶の乱れたブラウスを正しながら、俺はため息を吐き出す。
「やっぱりレストランに行くか。結婚記念日となる日に弁当では味気ないな」
立ち上がろうとすると、沙耶は俺の手を握ってきた。
「沙耶……?」
「湊くんが買ってきてくれたんだから、すごく嬉しいよ。ご飯は一緒に食べなくてもかまわないって言ったけど、こうやって一緒に食べれたらやっぱり嬉しい」
「君は普通の家庭に育ったんだな」
「湊くんもきっとそうだよ。だから優しい姿を見せてくれる」
沙耶はいつも俺を驚かせる。
「俺が優しい?」
「そんなに驚くこと?」
「はじめて言われたな」
「うそー。きっと覚えてないだけだよ。でも……」
「でも?」
沙耶はちょっと悩んで、そして赤らんで、不思議に思う俺の手をさらにぎゅっと握った。
「私にだけ優しいなら、嬉しい……」
「君は……、素直だな」
一瞬言葉を飲んだが、こんな風に沙耶は本心を見せてくれるのだと気付き、俺はやっと穏やかな気持ちを取り戻せる。
「それにしても……」
「なに?」
沙耶はあどけない笑顔で、俺を見上げる。
「君はやっぱり着痩せするタイプなんだ? その童顔に油断してると痛い目に合うな」
みるみるうちに赤くなる沙耶は、唇をわなわなとさせたが、反論しては来なかった。
俺はあははと声に出して笑う。不思議だ。こんな風に笑う俺がいることに、内心自分でも驚いているのだ。
「やっぱり湊くんは意地悪だよ」
沙耶はそう言うと、冷めたお茶を淹れ直すためか、湯呑みを持ってキッチンへと入っていった。
「沙耶……」
耳元で名前を呼ぶと、彼女の身体はますます硬くなる。綺麗な鎖骨の辺りにキスをしながら、そっと胸を撫でただけなのに、激しく緊張しているようだ。
ソファーに広がる柔らかな黒髪や、はだけたブラウスから覗く白い肌。緊張で赤らむ頬や潤む瞳。何もかもがなまめかしい。
普段は子供っぽいくせに、時折やけに大人の女を感じさせるのだからタチが悪い。
「ベッドに連れていきたい」
背中に回した腕で身体を起こさせると、沙耶は胸元をかきあわせながら俺を見上げる。その瞳はまっすぐで、けがれのないものだ。
「私だって覚悟してるけど……、こんな風なのは嫌だよ……」
「沙耶……」
うつむく沙耶は泣き出しそうに唇をかむが、泣いたりはしない。
頬に唇を寄せて、彼女を抱き寄せる。身体は俺に従うようにもたれかかってくるが、崇高な心は寄り添ってはいないのだ。
はやく俺のものにしたいのに、抱いたとしても彼女の心は俺のものにならないような気がする。薄っぺらい紙一枚でつながった関係は、やはりそれだけのものなのだろう。
「いつなら、君に触れていい?」
「え?」
「好きな女と毎日一緒にいるのに手が出せないでは、正直俺もキツイ。君に決心させるには、何日必要だ?」
「何日って……」
あきれて物も言えないとは、こういう表情のことを言うのだろう。沙耶は薄く唇を開く。
「最大の譲歩だが?」
そう言うと、沙耶は固く唇をかむ。異議を唱えるなら、今すぐ俺のベッドに連れていくつもりだ。
「ただ欲を満たすためだけなら、何も君でなくていい。むしろ君じゃない方が……」
「そんな言い方……、ひどい」
「それでも俺は君がいいと言ってるんだ。この意味はわかるだろう?」
沙耶は俺の目を見つめてくる。答えは出ているようだ。だが、どう言葉にしたらいいのかわからないのだ。
俺に好意があると言うだけだ。しかしそれを言ったら、彼女はこれから起きることに対処できるか不安でならないのだ。それほどに俺を好きではないから。
沙耶の乱れたブラウスを正しながら、俺はため息を吐き出す。
「やっぱりレストランに行くか。結婚記念日となる日に弁当では味気ないな」
立ち上がろうとすると、沙耶は俺の手を握ってきた。
「沙耶……?」
「湊くんが買ってきてくれたんだから、すごく嬉しいよ。ご飯は一緒に食べなくてもかまわないって言ったけど、こうやって一緒に食べれたらやっぱり嬉しい」
「君は普通の家庭に育ったんだな」
「湊くんもきっとそうだよ。だから優しい姿を見せてくれる」
沙耶はいつも俺を驚かせる。
「俺が優しい?」
「そんなに驚くこと?」
「はじめて言われたな」
「うそー。きっと覚えてないだけだよ。でも……」
「でも?」
沙耶はちょっと悩んで、そして赤らんで、不思議に思う俺の手をさらにぎゅっと握った。
「私にだけ優しいなら、嬉しい……」
「君は……、素直だな」
一瞬言葉を飲んだが、こんな風に沙耶は本心を見せてくれるのだと気付き、俺はやっと穏やかな気持ちを取り戻せる。
「それにしても……」
「なに?」
沙耶はあどけない笑顔で、俺を見上げる。
「君はやっぱり着痩せするタイプなんだ? その童顔に油断してると痛い目に合うな」
みるみるうちに赤くなる沙耶は、唇をわなわなとさせたが、反論しては来なかった。
俺はあははと声に出して笑う。不思議だ。こんな風に笑う俺がいることに、内心自分でも驚いているのだ。
「やっぱり湊くんは意地悪だよ」
沙耶はそう言うと、冷めたお茶を淹れ直すためか、湯呑みを持ってキッチンへと入っていった。
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