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別離までの距離
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沙耶からの電話に驚きながらも、コートをつかんでマンションを飛び出していた。
会社近くのレストランで食事をしていたから、もうマンションの近くまで来ていて、迎えに来てもらうほどの距離ではないのだと、申し訳なさそうに話す沙耶に付き合っている時間すらもったいなくて、「そこで待ってろ」とだけ言いおいて。
沙耶は大通りの交差点にいるという。マンションに近い交差点と言ったら、走っていけば数分で着く。
迎えに行く時間で彼女が帰って来れる距離を、俺はコートを羽織りながら走っていく。
大通りの交差点にたどり着くと、横断歩道を渡った先に沙耶が立つのが見えた。彼女もまた俺に気づく。すると、彼女は隣にいた男になにやら告げた。
赤信号が青信号に変わる。横断歩道を渡り出す俺に背を向けて、その男は立ち去った。
「沙耶っ」
「湊くん、ありがとう。走ってきたの? 手袋もしないで、寒そうだよ」
沙耶に駆け寄り、少し呼吸を乱す俺の視線に気づいた彼女は、「浅田主任だよ。偶然会って、送ってくれるって言ってくれたけど、湊くんに電話したの」と言う。
「朔は?」
朔と一緒なら、やつが送ってくるとばかり思っていたが。
「朔くんは純ちゃんを駅まで送っていったの」
「へえー、何より妹の方が大事らしいな。女が出来る日は遠いな」
「でも、朔くんは好きな人がいるんでしょ?」
ふと思い出したように沙耶は言う。
「ああ、そんな話だったな」
沙耶がプレゼントしたチョコレートで、朔が迷惑したとの話になった時、彼女が勝手に誤解したことを俺も思い出す。
「朔くんの好きな人って、どんな人だろうね。今日聞いたら良かった」
「聞いても仕方ないだろ」
「うん……、そうだけど」
「また朔に会うのか?」
「約束はしてないけど……」
「じゃあ、もういいだろ?」
「うん……。もう朔くんには会わない方がいいのかな……」
歯切れ悪くうつむく沙耶の手を握ると、彼女は「ごめんね、寒いよね」と手を握り返してくる。
「会わずに済むなら、その方がいいだろうね」
「朔くんとはお友達になれると思ったの……」
歩き出す俺についてくる沙耶の横顔はさみしげだ。あんなに朔を気に入っていたのにどうしたことだろう。
朔が彼女を傷つけるようなことを言ったのだろうか。いや、想像できない。
ならば、逆か。沙耶は朔に会ってはいけないと感じるような感情を芽生えさせたのか。
「沙耶、電話くれて嬉しかったよ。君はいつも俺を頼らないから」
「本当は朔くんが送ってくれるって言ってくれたんだけど……。これからは湊くんに電話するね」
「ああ、そうしろ」
身体を寄せてくる沙耶の肩を抱いた。
誰にでもなつく女が、好意を寄せた男に会いたくないと思う気持ちの真意を、俺は軽く見ていただろうか。
「湊くん、今夜もずっと一緒にいてね……」
「ああ」
今夜も君を離さないだろう。君が何も考えられなくなるほどに。
朔に出来ることは何もない。彼女はそれを知らなければならない。君が頼るのは朔ではなく、俺だけなんだと教えてやろう。
そうしたら君は、朔のことで悩む顔を見せなくなるだろうか。そんなささいなことで焦げる胸の内を、君は潤してくれるだろうか。
「やっぱり……、湊くんと一緒にいるのが一番いい」
「珍しいね、君がそんな風に甘えるなんて」
沙耶の肩を抱いた手に力を込めると、彼女は少し安心したように身体の力を抜いた。
沙耶からの電話に驚きながらも、コートをつかんでマンションを飛び出していた。
会社近くのレストランで食事をしていたから、もうマンションの近くまで来ていて、迎えに来てもらうほどの距離ではないのだと、申し訳なさそうに話す沙耶に付き合っている時間すらもったいなくて、「そこで待ってろ」とだけ言いおいて。
沙耶は大通りの交差点にいるという。マンションに近い交差点と言ったら、走っていけば数分で着く。
迎えに行く時間で彼女が帰って来れる距離を、俺はコートを羽織りながら走っていく。
大通りの交差点にたどり着くと、横断歩道を渡った先に沙耶が立つのが見えた。彼女もまた俺に気づく。すると、彼女は隣にいた男になにやら告げた。
赤信号が青信号に変わる。横断歩道を渡り出す俺に背を向けて、その男は立ち去った。
「沙耶っ」
「湊くん、ありがとう。走ってきたの? 手袋もしないで、寒そうだよ」
沙耶に駆け寄り、少し呼吸を乱す俺の視線に気づいた彼女は、「浅田主任だよ。偶然会って、送ってくれるって言ってくれたけど、湊くんに電話したの」と言う。
「朔は?」
朔と一緒なら、やつが送ってくるとばかり思っていたが。
「朔くんは純ちゃんを駅まで送っていったの」
「へえー、何より妹の方が大事らしいな。女が出来る日は遠いな」
「でも、朔くんは好きな人がいるんでしょ?」
ふと思い出したように沙耶は言う。
「ああ、そんな話だったな」
沙耶がプレゼントしたチョコレートで、朔が迷惑したとの話になった時、彼女が勝手に誤解したことを俺も思い出す。
「朔くんの好きな人って、どんな人だろうね。今日聞いたら良かった」
「聞いても仕方ないだろ」
「うん……、そうだけど」
「また朔に会うのか?」
「約束はしてないけど……」
「じゃあ、もういいだろ?」
「うん……。もう朔くんには会わない方がいいのかな……」
歯切れ悪くうつむく沙耶の手を握ると、彼女は「ごめんね、寒いよね」と手を握り返してくる。
「会わずに済むなら、その方がいいだろうね」
「朔くんとはお友達になれると思ったの……」
歩き出す俺についてくる沙耶の横顔はさみしげだ。あんなに朔を気に入っていたのにどうしたことだろう。
朔が彼女を傷つけるようなことを言ったのだろうか。いや、想像できない。
ならば、逆か。沙耶は朔に会ってはいけないと感じるような感情を芽生えさせたのか。
「沙耶、電話くれて嬉しかったよ。君はいつも俺を頼らないから」
「本当は朔くんが送ってくれるって言ってくれたんだけど……。これからは湊くんに電話するね」
「ああ、そうしろ」
身体を寄せてくる沙耶の肩を抱いた。
誰にでもなつく女が、好意を寄せた男に会いたくないと思う気持ちの真意を、俺は軽く見ていただろうか。
「湊くん、今夜もずっと一緒にいてね……」
「ああ」
今夜も君を離さないだろう。君が何も考えられなくなるほどに。
朔に出来ることは何もない。彼女はそれを知らなければならない。君が頼るのは朔ではなく、俺だけなんだと教えてやろう。
そうしたら君は、朔のことで悩む顔を見せなくなるだろうか。そんなささいなことで焦げる胸の内を、君は潤してくれるだろうか。
「やっぱり……、湊くんと一緒にいるのが一番いい」
「珍しいね、君がそんな風に甘えるなんて」
沙耶の肩を抱いた手に力を込めると、彼女は少し安心したように身体の力を抜いた。
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