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なんとなく
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「へえー、気遣い屋の茉莉にダメ出しばっかりするなんて、気難しいの? その人」
「気難しい……、うーん、まだ半年しか一緒に仕事してないけど、なんていうか、こう……一緒にいて息がつまるっていうかー。悪い人ではないんだろうけど」
「相性が悪いって感じ?」
なかなかいい言葉が見つからなくて、うーん、と唸る私を見て、高木萌乃香はにやにやする。
決して今の私の状況をバカにしてるわけじゃない。深刻にならない程度に心配してくれている、という感じ。
萌乃香はアパートの隣人。帰宅時間が一緒になることが多く、何度か顔を合わせるうちに親しくなった。
私の二歳年下の26歳。気づけば、三年の付き合いで、今では名前も呼び捨てで呼び合う関係。
金曜日は時々、萌乃香の部屋でお酒を飲みながら、こうして仕事のグチを話したりもする。
「もうちょっと飲む?」
可愛いもふもふのパジャマ姿の萌乃香が注ぐのは、彼女が用意した赤ワイン。
おつまみのカマンベールチーズやサラミは私の差し入れ。と言っても、会社帰りにコンビニに寄って購入したものだけど。
チーズにぱくりと噛みつきながら、空のグラスに満たされていく赤い液体を眺める。満たされるのはグラスばかりで、私の心は空虚なまま。
「なんか仕事やめたくなっちゃった」
ぽろりと本音が出る。
「あんなにやりがいがあるって言ってたのにね。営業事務ってそんなに大変?」
「コミュニケーション取るのは好きな方なのに、今の営業担当とはさっぱりダメ」
「あっちに問題あるんでしょ?」
あはは、と萌乃香は陽気に笑って、それは頷けないと苦い顔をする私に言う。
「茉莉、彼氏いるでしょー。結婚したらいいのに」
「結婚かぁー。そうだよねー。もう28だもんねー」
テーブルにあごを乗せて、赤ワインが注がれたグラスを目の前で揺らす。
グラスに映り込む、とろんとまぶたの落ちる私の顔は、まるで失恋したみたいに無様だ。
結婚より仕事! と情熱を燃やしていた私の仕事に対する意欲が、営業担当と馬が合わないというだけでこんなにも低下してしまうなんて思ってもみないことだった。
「茉莉、奥さん向きって感じじゃないけど、器用だし、主婦に飽きたらまた仕事すればいいって」
「それ、本気?」
あきれて笑うが、萌乃香はいたって真面目なようだった。
「もちろん。結婚がすべてじゃないけど、仕事がすべてでもないしさ。要領よくキャリア積んで、息抜きしたくなったら彼氏に甘えてればいいって」
「両方手抜きしてるみたい」
「茉莉は真面目すぎるの。そんな性格してると、いつかドカンと禁断の恋とかしちゃうんだからー」
「まさかー」
赤ワインをのどに流し込む。
全然酔えない。きっと、結婚を否応なしに意識してしまう年齢になってしまったからだ。
結婚の話題が遠い世界ではなくて、冗談が冗談にもならないほど身近なものになっているのだろう。
「長いんだっけ? 彼氏さんと」
冷蔵庫から冷えたチューハイを萌乃香は運んでくる。マメな彼女はきっと結婚に向いている。
「大学卒業してからだから、もう5年かな?」
「長いね。いくらでも恋愛できた期間、全部彼氏に捧げちゃってたんだ」
「そうかな。夏也は夏也で楽しくやってるし、私も好きなようにさせてもらってたし、人生捧げてた感じは全然ないよ」
「じゃあ、茉莉にはちょうどいい彼氏って感じ? 明日にでも逆プロポーズしてみたら? 意外と、その夏也さんって彼氏も切り出すタイミング探してるかもしれないよ?」
「そうかなぁ」
そう言いつつ、萌乃香にそそのかされたわけでもないけれど、私はまんざらでもない気持ちになっていた。
「へえー、気遣い屋の茉莉にダメ出しばっかりするなんて、気難しいの? その人」
「気難しい……、うーん、まだ半年しか一緒に仕事してないけど、なんていうか、こう……一緒にいて息がつまるっていうかー。悪い人ではないんだろうけど」
「相性が悪いって感じ?」
なかなかいい言葉が見つからなくて、うーん、と唸る私を見て、高木萌乃香はにやにやする。
決して今の私の状況をバカにしてるわけじゃない。深刻にならない程度に心配してくれている、という感じ。
萌乃香はアパートの隣人。帰宅時間が一緒になることが多く、何度か顔を合わせるうちに親しくなった。
私の二歳年下の26歳。気づけば、三年の付き合いで、今では名前も呼び捨てで呼び合う関係。
金曜日は時々、萌乃香の部屋でお酒を飲みながら、こうして仕事のグチを話したりもする。
「もうちょっと飲む?」
可愛いもふもふのパジャマ姿の萌乃香が注ぐのは、彼女が用意した赤ワイン。
おつまみのカマンベールチーズやサラミは私の差し入れ。と言っても、会社帰りにコンビニに寄って購入したものだけど。
チーズにぱくりと噛みつきながら、空のグラスに満たされていく赤い液体を眺める。満たされるのはグラスばかりで、私の心は空虚なまま。
「なんか仕事やめたくなっちゃった」
ぽろりと本音が出る。
「あんなにやりがいがあるって言ってたのにね。営業事務ってそんなに大変?」
「コミュニケーション取るのは好きな方なのに、今の営業担当とはさっぱりダメ」
「あっちに問題あるんでしょ?」
あはは、と萌乃香は陽気に笑って、それは頷けないと苦い顔をする私に言う。
「茉莉、彼氏いるでしょー。結婚したらいいのに」
「結婚かぁー。そうだよねー。もう28だもんねー」
テーブルにあごを乗せて、赤ワインが注がれたグラスを目の前で揺らす。
グラスに映り込む、とろんとまぶたの落ちる私の顔は、まるで失恋したみたいに無様だ。
結婚より仕事! と情熱を燃やしていた私の仕事に対する意欲が、営業担当と馬が合わないというだけでこんなにも低下してしまうなんて思ってもみないことだった。
「茉莉、奥さん向きって感じじゃないけど、器用だし、主婦に飽きたらまた仕事すればいいって」
「それ、本気?」
あきれて笑うが、萌乃香はいたって真面目なようだった。
「もちろん。結婚がすべてじゃないけど、仕事がすべてでもないしさ。要領よくキャリア積んで、息抜きしたくなったら彼氏に甘えてればいいって」
「両方手抜きしてるみたい」
「茉莉は真面目すぎるの。そんな性格してると、いつかドカンと禁断の恋とかしちゃうんだからー」
「まさかー」
赤ワインをのどに流し込む。
全然酔えない。きっと、結婚を否応なしに意識してしまう年齢になってしまったからだ。
結婚の話題が遠い世界ではなくて、冗談が冗談にもならないほど身近なものになっているのだろう。
「長いんだっけ? 彼氏さんと」
冷蔵庫から冷えたチューハイを萌乃香は運んでくる。マメな彼女はきっと結婚に向いている。
「大学卒業してからだから、もう5年かな?」
「長いね。いくらでも恋愛できた期間、全部彼氏に捧げちゃってたんだ」
「そうかな。夏也は夏也で楽しくやってるし、私も好きなようにさせてもらってたし、人生捧げてた感じは全然ないよ」
「じゃあ、茉莉にはちょうどいい彼氏って感じ? 明日にでも逆プロポーズしてみたら? 意外と、その夏也さんって彼氏も切り出すタイミング探してるかもしれないよ?」
「そうかなぁ」
そう言いつつ、萌乃香にそそのかされたわけでもないけれど、私はまんざらでもない気持ちになっていた。
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