たとえ一緒になれなくても

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たとえ一緒になれなくても

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 困る。困るよ、夏也。

 ようやく夏也の手をほどき、ひざの上で手首をこすり合わせる。

 ジンジンと痛む手首を見下ろせば、指のあとが真っ赤にくっきりと浮かび上がる。

 あー、痛い。

 必死に痛みを消そうとさすってみるが、夏也を傷つけた罰だから一生消えない痛みだと思った。

 あの日の記憶がいつになっても消えない。

「どうして別れてくれないの……」

 あの日の言葉が知らず、口をついて出た。

 ベッドに仰向けになり、顔の上で腕を交差させ、まぶたをおさえる。

 涙がツーっと目尻からこぼれた。

 寝返りをうって、まくらに顔をうずめる。

 しばらくそうしていると、スマホが音を立てた。

 夏也?

 とおそるおそるのぞいてみると、『菅原郁』の文字がディスプレイに浮かび上がっている。

 日曜日に郁さんが電話をかけてくるなんて珍しい。

 用件はなんだろう。

 仕事だろうか。それとも……。

 ベッドの上で居住まいを正すと、咳払いをして電話に出た。

「もしもし、藤本です」

 冷静な声が出た。第一声に納得すると、仕事のスイッチが入る。

「急なお仕事ですか?」
「いや、君の声が聞きたいと思ってね。もう起きてた?」

 郁さんはまっすぐな思いを素直に伝えてくる。

「電話で、目が覚めました」
「ああ、それは悪かったね。お詫びといったらなんだけど、今夜一緒に食事をしないか?」
「一緒に食事したいなら、ストレートに言ってください」

 くすりと笑う。それでも目からは涙があふれてきていた。

「そう、食事がしたい。茉莉に会いたい」
「わかりました。何時に待ち合わせしますか?」

 そう言って私は、目頭をおさえながらちょっとだけ笑った。

 電話を切るとすぐにベッドから飛び降りて、クローゼットを開く。

 郁さんは上品できれいめなコーディネートが好き。

 夏也の趣味に合わせたかわいいワンピースをクローゼットの隅に動かして、郁さんの好みに合いそうなネイビーのツイードワンピースを見つけて取り出す。

「服、……買わなきゃ」

 ベッドの上にワンピースとコートを広げ、アクセサリーボックスを開ける。

 夏也からのプレゼントを取り出し、紙袋にまとめて入れていく。

 ボックスの中にほとんど残らないアクセサリーを眺めていたら、ため息が出た。

 私は夏也に大切にされていた。

 その想いに応えたくて、努力もしてきた。

 恋が終わってしまうと、その努力や思い出がひどく色褪せてみえる。

 夏也を愛してきた大切な時間を封印するように、私は紙袋の口をまるめた。
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