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たとえ一緒になれなくても
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しおりを挟む夕方になり、アパートを出て郁さんとの待ち合わせ場所へ急ぐ。
夏也との思い出を消そうと部屋の片付けをしていたら遅くなってしまった。
待ち合わせ場所に郁さんは先に来ていて、私を見つけるとすぐに笑顔で片手をあげた。
「お待たせしてすみません」
ぺこりと頭を下げて謝罪すると、郁さんは「あやまられるほど待ってない」と軽く笑った。
「レストラン……、予約の時間に間に合いますか?」
「間に合うよ。食事するだけだと思った? 何かプレゼントしようと思ってもいるよ」
「え、プレゼントですか?」
「困る?」
郁さんは私の首すじに指を差し込み、髪を梳いてくる。
彼が眺めているのは、ネックレスとイヤリングだろう。
自分で購入したお気に入りのアクセサリーをつけてきた。だから何もやましいことはないけれど。
「プレゼントは受け取れません……」
目を伏せる。郁さんの表情が悲しげに落ち込むから、見ていたくなかった。
「理由は聞くまでもないか」
私の後ろ頭をなでる彼の手が、そのまま背中にさがる。
そっと寄り添う私たちは恋人同士に見えるだろう。でも真実は違う。
「彼氏と別れたくなくなった?」
夏也と別れ話をする。そのことは郁さんに伝えた。
仕事中はプライベートな話をお互いにさけていて、真実は告げられないままだった。
「やっぱり別れられないんです」
「そう」
私を抱き寄せる彼の腕に力がこもる。言いたいことはたくさんあるけれど、あえてうなずいただけ。そんな思いが伝わってくる。
「郁さんと結婚どころか、お付き合いすることもできないんです」
「それが悩んで君が出した答え?」
あの日抱き合ったことで、私たちは一歩前進したはずだった。それなのに何も変えることができなかった。
むしろ私たちが堕ちた場所は深い闇の中のよう。罪を重ねたものが明るい光に照らされて幸福になれるなんて、どうして信じていたのだろう。
「俺との関係はどうするつもり?」
冷たい私の手を、郁さんは優しく握りしめる。
目線をあげたら、彼もまた身をかがめる。同じ高さで目を合わせ、私たちは見つめ合う。そして私は言った。
「たとえ一緒になれなくても、この関係を続けてくれますか?」
郁さんを失いたくない私は、また一つ罪を重ねた。
「このままの関係とは?」
郁さんはまっすぐ私を見つめている。一つの嘘も見逃さないとするかのように。
でも私は一つも嘘をついていない。正直でいることが正しいとは思わないけれど、彼の前では素直でいたかった。
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