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第二話 御影家には秘密がありました

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「珍しいですね、千鶴さんが寝坊とは」
「あ、は、はい。ごめんなさい。今日はお出かけにならないとおっしゃっていたから、つい……」

 恥ずかしくて、赤らむ顔をうつむける。
 今までも体調がすぐれないことはあったし、そのたびに誠さんに迷惑をかけてしまうこともあった。けれど、すっかり安心しきって眠っていたのは初めてのことのように思う。

「いいんですよ。たまには俺も手料理をふるまいたいですから」
「俺は千鶴ちゃんの味付けの方が好きだけどなぁ。まあ、そうは言っても兄貴好みの味付けだけどさ」

 くすくす笑いながら玉子焼きを食べるのは、目がさめるような金髪の青年。
 彼は誠さんの弟の春樹さんで、半年ほど前から御影家で一緒に暮らしている。自称ミュージシャンだが、さほどミュージシャンとしての活動は盛んではなく、さまざまなアルバイトをしながらバンド活動をしているようだった。

「さあ、千鶴さん、立っていないで座ってください」
「はい。ありがとうございます」

 恐縮しながら席につくと、目の前にお茶碗が差し出される。真っ白でほかほかのごはんが盛られたお茶碗からは湯気が立つ。誠さんのぬくもりを感じられる、温かな白い湯気に癒される。

「春樹さん、今日はお仕事ですか?」

 気を取り直して斜向かいに座る春樹さんに尋ねる。そのときには誠さんもお味噌汁をテーブルに並べ終えて席についていた。

「ああ、そうだよ。さみしい?」

 にやにやと春樹さんは笑う。
 彼は私に好意を抱いてくれているようだが定かではない。からかいやすい私を相手に、ひまつぶししているようにも思える。

「そういう話ではないです。お食事の準備がありますから」
「そんな怒ったように言わなくてもさー。千鶴ちゃんが兄貴にべた惚れなのはわかってるし」

 冗談だって、と笑う春樹さんは、物静かな誠さんとは兄弟と思えないほどのお調子者で、御影家のムードメーカーでもある。
 誠さんと過ごす静かな時間も好きだけれど、春樹さんがいてくれる時間が楽しいのも事実。ふたりは両親のいない私にとってかけがえのない家族だった。

「みゃーん」と足もとでミカンが鳴く。私もいるよ、と言っているみたいで、そっとミカンにも微笑みかける。

「いつも春樹のことまで気にかけてもらって悪いね」

 優しい笑顔をこちらへ向けている誠さんへ視線を戻す。

「そんな。あたりまえのことをしているだけですから」

 ふるふると首を横に振れば、誠さんは何も言わないが、感謝しているというようにうなずいた。

「あんまり遅くならないように帰るよ。今朝は千鶴ちゃんの朝ごはん食べ損ねたからなぁ。夜ごはんは楽しみにしてる」

 春樹さんがそう答える。

「もし遅くなるようでしたら連絡くださいね」

 毎度繰り返す会話に、春樹さんも「わかってるってー」と手のひらをひらひらさせて笑った。

 今となってはあたりまえのように楽しい団らんを過ごせるのは誠さんのおかげ。

 具だくさんのお味噌汁を口に含むと、ほんのりとお野菜の甘い味がした。
 誠さんの作る食事より私の料理を春樹さんが褒めてくれるのは、誠さんが私の口に合う食事を作ってくれるからだということも知っている。
 相手のことを思いながら過ごせる家族をもてたことはほんとうに幸せなことだと思う。

 誠さんと春樹さんが軽口を叩きながら食事するのを眺めながら、そっと胸に手を当てた。
 家族がいながら、自殺してしまったという池上夏乃さんのことをふと思ったら、胸がちくりと痛んだのだ。
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