8 / 60
満月は、吉兆か凶兆か
8
しおりを挟む
「あっ、でも、千隼さんがお嫌でしたら、西園寺さまにはご納得いただけるよう、説得するつもりでいます。千隼さんにだって、お幸せになる権利はあります。これから先、お好きな方と結婚することもあるでしょう。いくら、父の名乗りをあげないと約束しても、血を分けた子がこの世にいることは変わらないのです。生涯、会えぬ我が子を思いながら生きるのは、おつらいのではないかと」
一気に言う。まくし立てるように言ってしまっただろうか。不安になって、彼をぬすみ見ると、やはり彼はけげんそうだった。
「西園寺さんのことを言っているのですか?」
「えっ、……あ、そうではなくて。ただ、千隼さんの心配を……」
そう答えると、千隼さんは息をつくように笑った。
「つゆりさんは俺の心配ばかりする。何度も言いますが、心配は無用なのですよ。俺は結婚しないし、子を残すつもりもないのです」
「そう……なのですか?」
彼は確かにうなずく。
「事情は話しました。俺は桐生であって桐生ではない。それを知ったとき、子孫を残してはいけない人間だ。強くそう思いました。幸い、桐生にはもう一人、正式な後継ぎがいます。弟の千蔭ももう、二十歳をすぎ、立派な青年です。桐生家のすべては、千蔭に託します」
「それでは……、千隼さんがあまりにも……」
「かわいそうですか?」
「あ、そんな意味では……」
戸惑う私を見て、千隼さんはくすりと笑う。
「実を言うと、好きな女性はいるのです」
「え……っ」
予想だにしない話が飛び出して、胸が急にバクバクと音を立てる。
「その女性には婚約者がいましてね。叶わない恋と諦めていました。彼女と結婚できないなら、生涯独身でかまわないのです」
「そ、そうだったのですね。そのような方がいらっしゃったのですね……」
「ええ。ですから、つゆりさんが俺の子を産みたいと覚悟したなら、最大限の協力をします。西園寺家でしたら、つゆりさんも子も、末永く幸せに暮らせるでしょう」
「千隼さんは暮らせないのですか……?」
「俺は西園寺家とは無縁です。何も心配しないでください」
千隼さんは心配いらないと何度も言うけれど、本当にそれでいいのだろうか。黙り込んでいると、彼の手が、そっと私の手に重なってくる。
「千隼さ……」
「このままホテルへ行きますか?」
「えっ!」
唐突な誘いに驚いて、大きな声を出してしまい、ハッと口に手を当てる。そんな様子がおかしかったのか、千隼さんは目を細めた。
「来週から忙しくなります。今夜が一番、ゆっくりとふたりで過ごせると思うのですが?」
そうだった。来週から仕事が忙しくなると、昼間に聞いたばかりだったじゃないか。彼にはあまり時間がない。
さっさと済ませて……というものでもないとは思うけれど、彼にとってはその程度のことかもしれない。そうでなければ、私を抱くだなんて承知しないだろう。
「こ、今夜って、今すぐ?」
往生際悪く尋ねると、ふと、彼は真剣な目をした。
「惣一郎さんの死は、いつまでも隠し通せるものではないでしょう。惣一郎さんの子であると見せかけるには、はやい方がいいと思いますよ」
これは遊びではないのだ。色恋沙汰など何もない。私たちは、西園寺家のために最良の選択をさせられているだけ。
動揺したりして情けない。私は、綾城つゆり。綾城の名に恥じぬよう、西園寺家に嫁がねばならない。何度、肝に銘じたら気がすむのだろう。
「わかりました。では、私の部屋へいらしてください。裏口からでしたら、誰の目にも触れずに私の部屋へ来られますから」
一気に言う。まくし立てるように言ってしまっただろうか。不安になって、彼をぬすみ見ると、やはり彼はけげんそうだった。
「西園寺さんのことを言っているのですか?」
「えっ、……あ、そうではなくて。ただ、千隼さんの心配を……」
そう答えると、千隼さんは息をつくように笑った。
「つゆりさんは俺の心配ばかりする。何度も言いますが、心配は無用なのですよ。俺は結婚しないし、子を残すつもりもないのです」
「そう……なのですか?」
彼は確かにうなずく。
「事情は話しました。俺は桐生であって桐生ではない。それを知ったとき、子孫を残してはいけない人間だ。強くそう思いました。幸い、桐生にはもう一人、正式な後継ぎがいます。弟の千蔭ももう、二十歳をすぎ、立派な青年です。桐生家のすべては、千蔭に託します」
「それでは……、千隼さんがあまりにも……」
「かわいそうですか?」
「あ、そんな意味では……」
戸惑う私を見て、千隼さんはくすりと笑う。
「実を言うと、好きな女性はいるのです」
「え……っ」
予想だにしない話が飛び出して、胸が急にバクバクと音を立てる。
「その女性には婚約者がいましてね。叶わない恋と諦めていました。彼女と結婚できないなら、生涯独身でかまわないのです」
「そ、そうだったのですね。そのような方がいらっしゃったのですね……」
「ええ。ですから、つゆりさんが俺の子を産みたいと覚悟したなら、最大限の協力をします。西園寺家でしたら、つゆりさんも子も、末永く幸せに暮らせるでしょう」
「千隼さんは暮らせないのですか……?」
「俺は西園寺家とは無縁です。何も心配しないでください」
千隼さんは心配いらないと何度も言うけれど、本当にそれでいいのだろうか。黙り込んでいると、彼の手が、そっと私の手に重なってくる。
「千隼さ……」
「このままホテルへ行きますか?」
「えっ!」
唐突な誘いに驚いて、大きな声を出してしまい、ハッと口に手を当てる。そんな様子がおかしかったのか、千隼さんは目を細めた。
「来週から忙しくなります。今夜が一番、ゆっくりとふたりで過ごせると思うのですが?」
そうだった。来週から仕事が忙しくなると、昼間に聞いたばかりだったじゃないか。彼にはあまり時間がない。
さっさと済ませて……というものでもないとは思うけれど、彼にとってはその程度のことかもしれない。そうでなければ、私を抱くだなんて承知しないだろう。
「こ、今夜って、今すぐ?」
往生際悪く尋ねると、ふと、彼は真剣な目をした。
「惣一郎さんの死は、いつまでも隠し通せるものではないでしょう。惣一郎さんの子であると見せかけるには、はやい方がいいと思いますよ」
これは遊びではないのだ。色恋沙汰など何もない。私たちは、西園寺家のために最良の選択をさせられているだけ。
動揺したりして情けない。私は、綾城つゆり。綾城の名に恥じぬよう、西園寺家に嫁がねばならない。何度、肝に銘じたら気がすむのだろう。
「わかりました。では、私の部屋へいらしてください。裏口からでしたら、誰の目にも触れずに私の部屋へ来られますから」
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる