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寄り添う心に新たな出会い
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惣一郎さんの死は、夢物語の一部なのだと、心のどこかで、そう信じたい気持ちがあったのだと思う。
西園寺家へひそかに呼ばれ、遺骨の納められた骨箱を見せられたとき、全身から力が抜けていくのを感じた。
どんなときも、私を妻として、できる限りのことをすると約束してくれた優しい彼は、本当にもうこの世にいない。
誰にも見送られず、灰になってしまった。
西園寺家を守るためとは言え、お葬式もなく、さみしい姿になってしまった惣一郎さんを直視していられなかった。
千隼さんの帰宅を待ちたかったけれど、ショックが大きかったのか、布団に横になるとすぐに眠ってしまった。
千隼さんには何度も抱かれた。毎回、子を得るためだけの関係じゃないと錯覚するほど、幸福を感じる優しい営みだった。
それでも、きっと心も身体も、疲れていたのだと思う。
ひたいに何か触れた気がして、驚いてまぶたを開けると、千隼さんが会いに来てくれていた。
彼はもう、こんな無謀なやり方で子を得るのはやめようと持ちかけてきたが、惣一郎さんも千隼さんも失うなんて耐えられなくて、すがりついていた。
その日の夜は、いつもより激しかった。
はやく子を授かりたくて、私も必死に彼を受け止めた。
西園寺家に嫁ぐために生まれた私は、その権利を失ったら何も残らない。怖かったのだと思う。生きる意味を失うのが、恐ろしかった。
そんな浅はかな心を持つ私に、子はやってこないのだ。それをまざまざと見せつけられた朝は泣いた。
そして今もひとり、つぼみの膨らむ梅の木を眺めながら、ほおを流れる涙を止められないでいる。
「つゆり……っ」
裏口から現れた千隼さんが駆け寄ってくる。ああ、そうだ。今日は土曜日だった。夜に訪ねてくるものと思っていたから、油断していた。
あわてて涙をぬぐうが、私の前でひざをつく彼の手によって、ほおは包まれていた。心配げな彼を見たら、心が痛む。隠しきれなかった。
「どうしましたか?」
「……ごめんなさい。赤ちゃん……、できなかったの」
しくしくと痛むお腹に手を当てる。彼も察したのか、頼りなげに眉を下げた。
「謝らなくていいんです」
背中をさすってくれる彼の優しさに、ますます涙があふれた。
口に手をあててむせび泣く私を、無言で抱きしめてくれる。しばらくそうしてるうちに、次第に落ち着きを取り戻す。
「動揺してしまって、ごめんなさい。簡単にどうなるものではないと、わかっていたんですけど……」
「無理もないとは思いますが、子を授かりたいと強く願えば願うほど、ストレスになってるのかもしれませんし。ゆっくり、俺たちの間に来てくれる日を待ちましょう」
「ゆっくりって……、でも時間が……」
「それがいけないのかもしれない。半年というのも、根拠のない期限です。期限なんてなくてもいいじゃないですか。子を授かれても授かれなくても、いいんですよ」
大丈夫です、と彼は安心させてくれる。
「授かれなかったときは、俺も一緒に西園寺さんに頭を下げますよ。その期限を、つゆりは半年と言ったけど、無理だと諦める日が来たときでいいんです」
「あまり先のことを考えないでいいと?」
「そうです。考えすぎは良くないですよ」
「でも……」
授かれなかったときのことも考えておかないといけない。
行き場を失った私の末路は、誰が決めるというのか。
どうにも落ち着かないでいると、ひょいと彼は顔をのぞき込んでくる。いつもの楽観的な、明るい彼だ。
「駆け落ちしましょうか」
まるで、カフェに行きませんか? と軽く誘うみたいな口調で言う。
「え……」
「何もかもうまく行かなかったら、駆け落ちしましょう。つゆりを守るぐらいのことは、俺にはどうってことないんですよ」
惣一郎さんの死は、夢物語の一部なのだと、心のどこかで、そう信じたい気持ちがあったのだと思う。
西園寺家へひそかに呼ばれ、遺骨の納められた骨箱を見せられたとき、全身から力が抜けていくのを感じた。
どんなときも、私を妻として、できる限りのことをすると約束してくれた優しい彼は、本当にもうこの世にいない。
誰にも見送られず、灰になってしまった。
西園寺家を守るためとは言え、お葬式もなく、さみしい姿になってしまった惣一郎さんを直視していられなかった。
千隼さんの帰宅を待ちたかったけれど、ショックが大きかったのか、布団に横になるとすぐに眠ってしまった。
千隼さんには何度も抱かれた。毎回、子を得るためだけの関係じゃないと錯覚するほど、幸福を感じる優しい営みだった。
それでも、きっと心も身体も、疲れていたのだと思う。
ひたいに何か触れた気がして、驚いてまぶたを開けると、千隼さんが会いに来てくれていた。
彼はもう、こんな無謀なやり方で子を得るのはやめようと持ちかけてきたが、惣一郎さんも千隼さんも失うなんて耐えられなくて、すがりついていた。
その日の夜は、いつもより激しかった。
はやく子を授かりたくて、私も必死に彼を受け止めた。
西園寺家に嫁ぐために生まれた私は、その権利を失ったら何も残らない。怖かったのだと思う。生きる意味を失うのが、恐ろしかった。
そんな浅はかな心を持つ私に、子はやってこないのだ。それをまざまざと見せつけられた朝は泣いた。
そして今もひとり、つぼみの膨らむ梅の木を眺めながら、ほおを流れる涙を止められないでいる。
「つゆり……っ」
裏口から現れた千隼さんが駆け寄ってくる。ああ、そうだ。今日は土曜日だった。夜に訪ねてくるものと思っていたから、油断していた。
あわてて涙をぬぐうが、私の前でひざをつく彼の手によって、ほおは包まれていた。心配げな彼を見たら、心が痛む。隠しきれなかった。
「どうしましたか?」
「……ごめんなさい。赤ちゃん……、できなかったの」
しくしくと痛むお腹に手を当てる。彼も察したのか、頼りなげに眉を下げた。
「謝らなくていいんです」
背中をさすってくれる彼の優しさに、ますます涙があふれた。
口に手をあててむせび泣く私を、無言で抱きしめてくれる。しばらくそうしてるうちに、次第に落ち着きを取り戻す。
「動揺してしまって、ごめんなさい。簡単にどうなるものではないと、わかっていたんですけど……」
「無理もないとは思いますが、子を授かりたいと強く願えば願うほど、ストレスになってるのかもしれませんし。ゆっくり、俺たちの間に来てくれる日を待ちましょう」
「ゆっくりって……、でも時間が……」
「それがいけないのかもしれない。半年というのも、根拠のない期限です。期限なんてなくてもいいじゃないですか。子を授かれても授かれなくても、いいんですよ」
大丈夫です、と彼は安心させてくれる。
「授かれなかったときは、俺も一緒に西園寺さんに頭を下げますよ。その期限を、つゆりは半年と言ったけど、無理だと諦める日が来たときでいいんです」
「あまり先のことを考えないでいいと?」
「そうです。考えすぎは良くないですよ」
「でも……」
授かれなかったときのことも考えておかないといけない。
行き場を失った私の末路は、誰が決めるというのか。
どうにも落ち着かないでいると、ひょいと彼は顔をのぞき込んでくる。いつもの楽観的な、明るい彼だ。
「駆け落ちしましょうか」
まるで、カフェに行きませんか? と軽く誘うみたいな口調で言う。
「え……」
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