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ひたひたと迫る厄災
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しおりを挟む天音がすみれを生徒さんたちに紹介する。それから、隣の部屋で赤ちゃんが眠っているから、今日はひかえめにおしゃべりしてくださいと話す声が、ふすまの奥に聞こえたあと、静かに講義は始まった。
「バウンサー、ここでいいですか?」
「はい、ありがとうございます」
すみれから預かったバウンサーをたたみの上へ置くと、颯太は叶羽をそっと寝かせる。起きてしまうかも、と心配したけれど、すっかり寝入っている。
「かわいいですね」
「あまり手がかからない子みたいで、助かってます」
「賢い子なんですね」
「きっと、父親似です」
「まあ」
ふふっと笑って颯太を見上げるが、すぐに笑みを消す。たわいない会話だったはずなのに、彼はまじめな表情で私を見下ろしていた。
「綾城さんはお若いですよね。お付き合いされてる方とか、いらっしゃるんですか?」
唐突に問われて、困惑した。
「え……、あ、……えぇ」
あいまいにうなずくと、颯太がひざをつめてくる。
なんだろう、急に。思わず、驚いて後ろへ下がるが、パッと手をつかまれた。
「初めてお見かけした時から、美しい人だなぁと思ってたんです」
困る。生徒さんのご主人に容姿を褒められるなんて、初めてだ。
「あの、……ありがとうございます。その、お付き合いと言いますか、婚約者がおります」
やんわりと、彼の手を離させる。
どうしよう。天音を呼ぼうか。しかし、講義が続いている。大きな声を出して、生徒さんに妙なうわさを立てられてはいけない。
「婚約者がいるから、言い寄られたら困りますか?」
「言い寄るって、岩山さんはご結婚されてるのに、ご冗談を」
笑ってごまかそうとするが、颯太はますます、にじり寄ってくる。逃れるように、じりじりと後ろへさがる。
「結婚してるかどうかなんて、関係ないと思いませんか?」
「え?」
冷たい目をして、颯太は私を見つめていた。
どうしてそんな冷めきった目をしてるのだろう。恐ろしくなって、動けない。これでは、ヘビににらまれたカエルだ。
「好きだから、一緒にいたいだけなんです。家庭を壊すつもりもない。だけど、欲しくなるんですよね」
「何をおっしゃって……」
「デートしませんか? 俺と」
淡々とした誘いだった。
「え……」
「今度の日曜日、午後2時に大野寺駅前のカフェで待っています。話はそのときに」
颯太は早口で一方的に言うと、バウンサーをゆっくりと揺らし、思い詰めた目で叶羽の顔を見つめていた。
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