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しきたりと願い

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 太陽の光が射し込む窓は小さい。昼間でも薄暗い蔵の中を懐中電灯の明かりで照らした彩斗美は、すぐに入り口付近にある照明のスイッチを見つけた。
 埃のかぶった傘のある白熱電球のランプが点灯すると、ようやく足元が確認できるようになる。懐中電灯を点けたまま、彩斗美は中へと進む。

 ランプの大きさにはそぐわない、大きな蔵だ。定期的に掃除はしているらしいと彩斗美の言う通り、手入れが行き届いているとまではいかないまでも、雑然とはしていない。目的のものは比較的早く見つかりそうだ。

「おばあちゃんの話だと、この辺にあるはずなんだけど……。ごめん、美鈴、懐中電灯持っててくれる?」

 彩斗美から懐中電灯を受け取り、彼女の目の前を照らす。壁際には、何段か積まれた桐の箱がある。彩斗美は一番上の小さな箱を下ろし、中を覗く。

「巻き物みたいなのが入ってるから、この辺の箱全部だと思う」
「思ったより、たくさんあるね」
「大変だけど、全部出してみよっか。古い文献だったら、一番奥にありそうだし」

 卯乃さんの話では、蔵にある桐の箱の中には、呼結神社に関連する書物が入っているという。それらしい箱はすぐに見つかったが、途方もない量に見える。

「ごめんね、彩斗美、大変なことさせて」
「いいって。あれから夜中に抜け出したりしてない?」
「たぶん、大丈夫そうなの。霧子も何も言わないし。このまま収まればいいなって思ってはいるんだけど」

 それは希望でしかない。根本的には何も解決していないことを、彩斗美も心配してくれている。

「でもさ、美鈴は安哉くんと結婚するんでしょ? そう考えると、美鈴に憑いてるその巫女の目当ては、安哉くんじゃないわけでしょ? このまま大人しくしてるとは思えないけどなー」
「そうだね……、いったい誰を探してるんだろう」
「それは、この書物の中にヒントがあるかも。一個ずつ見ていくしかないね」

 彩斗美はそう言って、自分の背丈ほどまで積まれた桐の箱を軽く叩いた。

 私たちは両手で抱えれるほどの大きさの箱を、順番に母屋へと運んだ。埃はかぶっているものの、箱は古びておらず、真新しささえある。全く誰の目にも触れずに残ってきた書物というわけではなさそうだ。

 全部で五箱あるそれを、白い手袋をはめた彩斗美が一つずつ開いていく。中には書物の他に、巻き物や書簡、詩などがあった。どれも時代を感じるものばかり。彩斗美が古びた本をそっと開いてみるが、案の定何が書いてあるか理解できない。

 巻き物の一つに家系図があり、かろうじて読めるものがあるものの、巫女に関わる手がかりを見つけることは皆無な気がした。

「おばあちゃんね、自分の前世は千年前の巫女だったんじゃないかって言ってた。だから、その辺りのことが書かれた文献が見つかればって思うんだけど」
「卯乃さんの前世の記憶って、千年も前のものなの?」
「天皇家の娘が巫女になってた時代だよねー」
「天皇家……」

 正直、遥か昔のことすぎて驚いた私だが、天皇家と聞いて息を飲む。

「なに? 何かある?」
「あ、……うん。実は安哉くんの家、天皇家の血筋なの。安哉くんと私は遠い親戚で、私の先祖と安哉くんの先祖は同じ人につながるって聞いたことあって」
「はー、何それ。初耳」
「だってほら、安哉くんのお父さんは大学教授だし、うちは弁護士で、今は皇族とはあんまり関係なく生活してるから」

 だから彩斗美に、先祖のことを話す必要は感じたことがなかったのだと言えば、彼女は指に顎を乗せて考え込む。

「じゃあさ、安哉くんと美鈴の結婚も、想像もつかないはるか昔から続いてるしきたりだったりするわけ?」
「詳しくは知らないんだけど、たぶん」
「話は戻るけど、千年前に巫女だった女の人が結ばれない恋に落ちて、今になってその相手を探してる可能性はあるよね」

 彩斗美の話は突飛だ。想像もつかないし、その巫女が私に憑いてる理由もわからない。

「……どうなのかな」
「その巫女が好きだった男の人が、安哉くんの前世だったりする可能性もあるよね? この間、安哉くんとデートしたんでしょ? あれから夜中に出歩いたりしてないなら、満足してるのかも。はやく安哉くんと結婚しちゃえばいいのに」
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