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しきたりと願い

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「え……、でも」
「美鈴は結婚したくないの? そりゃあ、私だってこの歳で許嫁とか結婚とか言われても現実味ないけど、安哉くんは結婚相手に向いてると思うけどなー」

 彩斗美は思案げに言う。

「それは今、安哉くんと話し合ってるところなの。結婚そのものが、私はどうしても今は受け入れられなくて」
「そっかー、そうだよね。相手がどーのってことじゃなくて、結婚自体が、だよね。美鈴も大変な思いしてきたんだね。でも、安哉くんとのこと話してくれてありがとう。力になれることは協力するからさ」
「彩斗美……」

 申し訳ないのと、感謝の気持ちで胸が詰まる。

「それにしても、この文献は手に負えないね。これはおばあちゃんにお願いするしかないか」

 彩斗美は腕を組み、途方にくれて言う。

「申し訳ないよ……」
「美鈴を放っておくわけにもいかないし、おばあちゃんの知り合いに偉い学者さんもいるからさ、案外簡単に見つかるかもしれないよ」
「そんなに簡単にわかるかな」
「千年前、呼結神社に関係してた天皇家のことを調べればいいんだもん。それだけわかれば、きっと何かわかるよ」
「だと、いいけど」
「じゃあ、そろそろ巫女の仕事しようか。今日は勝手に抜け出して神楽殿に行かないようにね」

 彩斗美は桐の箱に蓋をすると、白い手袋をはずして立ち上がる。せっかく出した書物だが、今日わかることは何もなさそうだ。

「自分では気をつけてるつもりなんだけど」
「無意識なのはわかってるって。バイト終わったらまたここに来る? おばあちゃんは夕方には帰ると思うけど」
「ごめん、彩斗美。これから土日はアルバイトが終わったら、別のアルバイトがあって」
「別のアルバイト?」

 彩斗美は目を丸くする。彼女が驚くのも無理はない。お小遣い程度を稼ぐなら、巫女のアルバイトで十分間に合っている。

「アルバイトっていうのか……、勝手にそういうことになっちゃって」
「何か知らないけど、美鈴っていろんなことに巻き込まれるんだねー。やっぱりお祓いしてもらったら?」
「祓って取れるようなものならいいけど」

 白夜くんとは、このところ話していない。昨日も視聴覚室で会うことはなかった。首のあざは治ったようだったけれど、今も不可思議な現象に悩んでいるのかはわからない。

「次はどんなアルバイト? カフェの店員とか? 美鈴ならどんなアルバイトもできそう」
「それがね、一真とおしゃべりするアルバイトなの」
「……は、なにそれ?」

 ぽかんとする彩斗美の反応が正常すぎて、私は肩を落とす。

「やっぱり驚くよね。霧子にだけは話したんだけどあきれられるし、両親にはとても言えなくて」
「夜桜さんの話し相手かぁ。……疲れそう。お金払わないとおしゃべりする相手も見つけられないって、ある意味気の毒な人だね。まあでも、家庭教師の仕事みたいなものだって思えばいいよね?」

 前向きな彩斗美の言葉に、私も励まされる。

「家庭教師……か。そうだね、そう思って行くことにする」
「でもさ、夜桜さん、美鈴が好きなんじゃない? アルバイトなんて口実としか思えないよねー」
「それはないと思うけど」
「そういう純粋なところに付け込まれてるんだって。話し相手なら他の女の子でもいいわけでしょ? なんで美鈴なのか聞いたの?」
「私が巫女だからって」
「はー? それなら私だっていいって話じゃない。やっぱり美鈴目当てなんだよー」
「でも、困ってる人は放っておけないから」
「真面目すぎ」

 確かに、と思う。私が引き受けなきゃいけない理由は何もない。ただ、白夜くんの首のあざを見せられたら、なんとかしなきゃと思えてならなかったのだ。

「もしかしたら彩斗美にも協力してもらわなきゃいけなくなるかもしれないの」

 私にはきっと何もできないだろう。その思いはある。

「なんか、いわくありげな感じ? 話せる時でいいから話して。こっちはこっちで美鈴に憑いてる巫女のこと調べておくから、まかせて」
「うん、また話すね。今日が最初で最後のアルバイトになればいいなって思ってはいるんだけど」
「夜桜さんって、ねちっこそうな人だから、それは無理だと思うなー」

 そう言われてなんとなく納得してため息をつく私に、彩斗美はとんでもない男に目をつけられたねと、くすりと笑った。
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