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しきたりと願い
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一真に案内されて中庭を進むと、大輪の白バラが咲く庭園にたどり着く。そこは、白夜くんの部屋の裏に面した、まるで絵本の挿絵のように美しい洋風庭園。
その中央では、エレガントなガーデンチェアに腰かける白夜くんがいる。ティーパーティーを楽しむ西洋貴族さながらの様相は、本当にパーティーでも開くのだろうかと錯覚してしまうほどだ。
「暖かいですので、お庭で過ごしましょう。本日は白夜様のお母様手作りのマドレーヌがございます」
白夜くんの向かい側に座ると、一真が紅茶を淹れてくれる。目の前に差し出された花柄模様のティーカップの奥には、手作りとは思えない綺麗な形のマドレーヌが、洗練されたデザインの真っ白なお皿に並ぶ光景が広がる。
「白夜くんのお母さんって、お菓子作りが上手なんだね」
思わず感嘆のため息が出る。
優雅なひとときを演出するこの空間すべてが非日常的。我が家のような一般家庭では考えられないティータイムの過ごし方を、この家の住人は普段から当たり前のようにしているのだ。
「まあ、プロだからな」
白夜くんは顔をしかめて言う。母親の話は気恥ずかしいのだろうか。話題にして欲しくなさそうだったが、私は思わず尋ねる。
「プロって、パティシエってこと?」
「ああ」
ちらりと白夜くんは一真に視線を向ける。私としゃべるのは億劫そうだ。だが、一真は知らん顔のまま、マドレーヌをお皿に盛り付けている。だからか、仕方なしに白夜くんは口を開く。
「近くにカフェがあるのは知ってるか? あれは母親がプロデュースしてる」
「そうなの? この間ね、あそこのケーキセット食べたの。一口サイズのいろんなケーキが乗っててすごく美味しかったわ」
「へえ、ああいうカフェに行くんだな。小遣いがいるはずだ」
白夜くんがバカにしたように言うから、一真がようやく口を挟む。
「高校生でも入りやすいカフェですよ。デートには最適です。美鈴様はどなたと行かれたのです?」
「え、誰って」
まさかそんなことまで聞かれるとは思わず戸惑うが、一真は薄く笑みを浮かべたまま勝手に納得した様子でうなずく。
「そのご様子だと、デートでしたか」
「あー、それは相手の気持ち次第だとは思うんだけど、私はデートのつもりはなくて、どこか二人でゆっくり話せる場所が欲しかっただけなの」
「やけに遠回しに言いますが、橘安哉と行かれたのですね? それはさぞかし楽しいひとときだったでしょうね」
「そんなこともないわ。もちろんカフェもケーキも素晴らしかったけど、安哉くんのこと何もわかってあげられてなかったって気づいただけだったの」
「それは橘安哉にも問題があったのでしょう」
「安哉くんはきっと私に考えさせないようにしてくれてたんだと思うの。だって考えたら、迷ってしまうから」
安哉くんと結婚する。ただそれだけを信じて生きていた頃の方が、きっと楽だっただろうと今は思うのだ。
「安哉は選択肢を与えたくなかっただけだろう。卑怯だからそういうことをするだけだ。それを優しさだなんて思うな」
白夜くんが投げやりに言う。
安哉くんを批判的に言うのは白夜くんだけだろう。安哉くんは呼結学校の学生から信頼が厚く、彼の考え方を否定する人に、私は出会ったことがない。
「何を信じたらいいかわからなくなる時があるの」
しきたりが嫌いだと言う白夜くんの意見に私は共感できる。しかし、いざ、しきたりを無視して生きていけるのかと考えるとまだまだ不安だ。
私にはやっぱり安哉くんしかいなくて、彼と結婚するのが一番かもしれないなんて思い悩むこともある。
「だから経験を積むんだろう? 何も知らないままだから、いろんなことに迷うんだ」
「白夜くんは正論を言うのね。でも正論のままに生きるのは難しいわ」
「俺はそうやって生きてる。美鈴にもそう生きろとは言わないが、愚かな人生にしたくなければ見聞は広げた方がいい」
一真に案内されて中庭を進むと、大輪の白バラが咲く庭園にたどり着く。そこは、白夜くんの部屋の裏に面した、まるで絵本の挿絵のように美しい洋風庭園。
その中央では、エレガントなガーデンチェアに腰かける白夜くんがいる。ティーパーティーを楽しむ西洋貴族さながらの様相は、本当にパーティーでも開くのだろうかと錯覚してしまうほどだ。
「暖かいですので、お庭で過ごしましょう。本日は白夜様のお母様手作りのマドレーヌがございます」
白夜くんの向かい側に座ると、一真が紅茶を淹れてくれる。目の前に差し出された花柄模様のティーカップの奥には、手作りとは思えない綺麗な形のマドレーヌが、洗練されたデザインの真っ白なお皿に並ぶ光景が広がる。
「白夜くんのお母さんって、お菓子作りが上手なんだね」
思わず感嘆のため息が出る。
優雅なひとときを演出するこの空間すべてが非日常的。我が家のような一般家庭では考えられないティータイムの過ごし方を、この家の住人は普段から当たり前のようにしているのだ。
「まあ、プロだからな」
白夜くんは顔をしかめて言う。母親の話は気恥ずかしいのだろうか。話題にして欲しくなさそうだったが、私は思わず尋ねる。
「プロって、パティシエってこと?」
「ああ」
ちらりと白夜くんは一真に視線を向ける。私としゃべるのは億劫そうだ。だが、一真は知らん顔のまま、マドレーヌをお皿に盛り付けている。だからか、仕方なしに白夜くんは口を開く。
「近くにカフェがあるのは知ってるか? あれは母親がプロデュースしてる」
「そうなの? この間ね、あそこのケーキセット食べたの。一口サイズのいろんなケーキが乗っててすごく美味しかったわ」
「へえ、ああいうカフェに行くんだな。小遣いがいるはずだ」
白夜くんがバカにしたように言うから、一真がようやく口を挟む。
「高校生でも入りやすいカフェですよ。デートには最適です。美鈴様はどなたと行かれたのです?」
「え、誰って」
まさかそんなことまで聞かれるとは思わず戸惑うが、一真は薄く笑みを浮かべたまま勝手に納得した様子でうなずく。
「そのご様子だと、デートでしたか」
「あー、それは相手の気持ち次第だとは思うんだけど、私はデートのつもりはなくて、どこか二人でゆっくり話せる場所が欲しかっただけなの」
「やけに遠回しに言いますが、橘安哉と行かれたのですね? それはさぞかし楽しいひとときだったでしょうね」
「そんなこともないわ。もちろんカフェもケーキも素晴らしかったけど、安哉くんのこと何もわかってあげられてなかったって気づいただけだったの」
「それは橘安哉にも問題があったのでしょう」
「安哉くんはきっと私に考えさせないようにしてくれてたんだと思うの。だって考えたら、迷ってしまうから」
安哉くんと結婚する。ただそれだけを信じて生きていた頃の方が、きっと楽だっただろうと今は思うのだ。
「安哉は選択肢を与えたくなかっただけだろう。卑怯だからそういうことをするだけだ。それを優しさだなんて思うな」
白夜くんが投げやりに言う。
安哉くんを批判的に言うのは白夜くんだけだろう。安哉くんは呼結学校の学生から信頼が厚く、彼の考え方を否定する人に、私は出会ったことがない。
「何を信じたらいいかわからなくなる時があるの」
しきたりが嫌いだと言う白夜くんの意見に私は共感できる。しかし、いざ、しきたりを無視して生きていけるのかと考えるとまだまだ不安だ。
私にはやっぱり安哉くんしかいなくて、彼と結婚するのが一番かもしれないなんて思い悩むこともある。
「だから経験を積むんだろう? 何も知らないままだから、いろんなことに迷うんだ」
「白夜くんは正論を言うのね。でも正論のままに生きるのは難しいわ」
「俺はそうやって生きてる。美鈴にもそう生きろとは言わないが、愚かな人生にしたくなければ見聞は広げた方がいい」
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