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名を刻む儀式

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「一真は美鈴を家まで送ってやれ」

 カフェからの帰り道、T字路で白夜くんがそう言った。白夜くんの命令を拒む一真ではなく、一人家路に向かう白夜くんを見送る前に歩き出した彼と共に、私は帰路に着く。
 奇妙な沈黙が居心地悪い時間はそれほど長くは続かなかった。

「白夜様も心配されているようですねー。美鈴様にだけですよ。こんな風に気を遣ってみせるのは」
「……白夜くんを一人にして大丈夫かしら」
「おや、美鈴様も心配なさって下さるのですね」

 一真の言葉に気恥ずかしく感じて気を逸らそうとしたが、どつぼにはまったみたいだ。

「そうじゃないの。あ、……そうじゃないわけじゃないのだけど。なんて言ったら私の気持ちが伝わるのかしら」

 一真は珍しく、ふふっと息を漏らして笑う。

「仮に白夜様の身に何か起きれば、それは美鈴様の仕業ではないと証明できますね」
「白夜くんはそこまで考えて?」
「いえ。ただ美鈴様を純粋に心配されて、私に送るようにおっしゃったのだと思いますよ。ご自身で送って差し上げればよろしいのにとは思いますが、恥じらいが邪魔するのでしょう」

 一真の言い方に引っかかるところがあって気になって仕方ない。そう思いながらも、はっきりとは聞けない。

「……白夜くん、女の子と歩くの嫌いよね。学校でも女の子と一緒にいるところなんて見たことないわ」
「誠実な方ですから」
「いろいろと誤解する人もいるわ。私だって誤解していたのかもと思うことがあるの」
「かまいませんよ。本来の自分を理解する人など一握りでしょう。美鈴様に誤解されていないのであれば、それだけでいいのです」

 一真の言葉には戸惑いしかない。返す言葉に困ってしまう。

「……一真が思ってるほど、白夜くんは私を気にしてないと思うの」
「足りないのは白夜様の努力ですねー」
「一真も誤解してると思うわ。白夜くんが優しいのは、私にだけじゃないと思うの。私に優しいのかどうかもわからないけれど……」
「誤解というより、気づいていないということはあるかもしれません」
「気づいてない?」
「ええ、美鈴様のことですよ」

 静かに、そして優しく一真は微笑む。底なしの愛情が彼の中には溢れているように見える。だからこそ、不合理なことも飲み込み、白夜くんのために生きる道を選んだのだと思える。

 しみじみとそんなことを考えながら一真の瞳を見つめていたら、彼は口元をほころばせる。

「あんまり見つめられては誤解されます。白夜様は内に強い怒りを秘めますから、それが表に現れた時は私では止めきれませんので」
「さっきから気になっているの。一真はまるで白夜くんが私を気にしてるみたいに言うのね」
「違うと思われますか?」
「それはそう。そんな風に感じたことはないの」
「しかし、私の勘は当たっていると思いますよ。美鈴様は白夜様をお好きでいらっしゃる。それに気づいてませんよね」
「えっ……!」

 私は思わず驚きの声をあげた。一真は笑みを浮かべたまま、動揺する私を楽しげに見つめている。

「そ、……それは勝手な想像だわ。そう見えたなら、私がきっと軽率な行動をしたからで……」

 一真は私を静かに見守っている。沈黙したらどんな言葉を返されるかと思うと、落ち着かなくて気が急く。

「もちろん、白夜くんが嫌いなんてことはないの。困ってるっていうなら助け合うのは当たり前だと思うし、その相手が白夜くんじゃなくても私は同じことをすると思うわ」
「もう白夜様は美鈴様に助けは求めないとおっしゃいました。それはどう思われたのです?」
「……それはびっくりしたわ。だって何も解決してないのにもう会わないなんて言うから。私は今日話したこと、相談したかったから余計に。白夜くんに会えなくなるなんてさみしいとか……、そんな風に思ったわけじゃないの」
「そうでしたか。では、私の早とちりでしたね。しかし、白夜様が美鈴様に会わない決心をされたのは、美鈴様のためです。美鈴様を想うからこそですよ。大切な人のためなら、自らの気持ちを隠し、身を引いてでも守りたいと思うものです」
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