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真実と終わる恋

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 彩斗美と別れた場所に戻ると、彼女は二人の男子学生と立ち話をしていた。凛とした後ろ姿が美しい一真と、退屈げで不機嫌そうな白夜くんだ。

 私は小箱を抱えたまま彼らに駆け寄る。足音に気づいて最初に振り返ったのは一真だが、白夜くんもすぐに私に気づく。
 彼の強い光を宿す黒玉の瞳に見つめられるとドキリとして、この場から逃げ出したくなるぐらいの恥ずかしさを覚えて落ち着かなくなる。しかし、彼はそんな私を強さと優しさの混じる眼差しで受け止めてくれる。そして、冷静さを取り戻させてくれる。

「あ、美鈴っ。早かったねー」

 手を振る彩斗美に駆け寄ると、一真が私の手元に視線を止めて、ふんわりと微笑む。

「美鈴様が橘安哉と大切な話をしていると伺ったものですから、お待ちしておりました」
「えー! 違う違う。夜桜さんが美鈴は? って聞いてくるから。それに本命はおばあちゃんでしょー?」

 一真は相変わらずだ。私はおかしく思いながらも、慌てて否定する彩斗美に首を傾げて尋ねる。

「卯乃さんがどうかしたの?」
「うん、なんか除霊してもらいたい女の霊がいるんだって」

 彩斗美はちらりと白夜くんに視線を向けた後、私にすり寄るとこっそり耳打ちする。

「……ほら、遊んでばっかりいるから恨まれたりするんだよ。除霊の前に上手な別れ方を学んで欲しいよねー。いくらお代を払ってもらったってうちは便利屋じゃないんだから」
「彩斗美……、聞こえるよ……」

 白夜くんの耳には届いているだろう。不機嫌を通り越して怒りを覚えたのか、白夜くんは眉をひそめたまま微動だにしない。

「だそうですよ、白夜様。次は遺恨を残さない別れ方をなさって下さい」

 一真まで面白半分に言うから、白夜くんの目はますますつり上がる。

「それは美鈴次第だが、別れることはないから安心しろ」
「へ? 美鈴次第?」
「美鈴、行くぞ。家まで送る」

 きょとんとする彩斗美から私を引き離すように、白夜くんは私の手を握ると歩き出す。並んだらすぐに手は離されてしまったけれど、腕が触れ合うほどの距離に胸は高鳴る。

「家まで送るなんて言って、美鈴様と一緒にいたいだけなんですよ」

 いつまでもぽかんとしている彩斗美に、一真はくすりと笑いながら言う。そして、白夜くんの後ろを、距離を置きながらいつものようについてくる。
 会話が聞こえない距離に一真はいてくれるのだろう。振り返ると、彩斗美も遠慮してか、一真と並んでいる。

「一真のことは気にしなくていい。余計なことを話すのは俺の前でだけだ」
「聞かれてるんじゃないかなんて気にしてるわけじゃないの。離れて歩かなくてもって思って」
「一真のことは信用できるからな」

 まるで一真だけを信用してると思ってるみたいな言い方だ。白夜くんはどこか卑屈な人だ。だからいつも私は素直でいないと、彼に誤解されてしまうと不安になるのだ。

「私は……、白夜くんのことも信用してるの。安哉くんだってそう。だからこれを白夜くんにって、渡してくれたの」

 桐の小箱を白夜くんに差し出すと、彼はそれを受け取り、中を確認する。

「安哉くんは私たちのこと、どこまで知ってるの?」

 そう尋ねると、白夜くんは小箱に蓋をして、私に戻す。

「私たちって言うのは俺たちのことか? 婚約中の女に手を出したことは話してない」
「……あ、……いやだ。そうじゃなくて、私たちの前世のこと」

 白夜くんは真面目な顔で私をからかう。それを楽しんでいるのかすらわからなくて、私ばかり赤くなる。

「さあな、詳しくは話してない。安哉なりに考えて落とし所を見つけたんじゃないか? きっと半信半疑なんだろうな。俺たちみんなが抱えてる思いだ」
「この小箱には何が入ってるの?」
「クリスマスに開けよう。美鈴はその箱を持って、俺の家に来てくれ」
「クリスマスに白夜くんの家に行くの?」
「他の日はアルバイトなんだろう? それに、クリスマスは一緒にいたい」
「……あ、なんて言ったらいいのかわからないけど」
「心の準備だけしてこい」

 それはどういう意味?
 だから、なんて答えたらいいのかわからないと言っているのに。

「もちろん、一真もいるのよね?」
「ああ」

 白夜くんは短くしか返事しない。あまり触れて欲しい話題ではないのかもしれない。

「除霊……するんだね。私、結局何も出来なくて」

 私は話を変える。彼に聞きたいことはたくさんある。帰り道で話せる時間はわずかだけれど、彼の側にこの先ずっといられるなら、慌てなくてもいいのだとも思う。

「そんなことはない。今があるのは、美鈴が来てくれたからだ」
「感謝してるみたいな言い方も出来るのね」
「時々しゃくに触る言い方をするな、美鈴も」
「……そんなつもりじゃなくて……」
「そういうところも可愛いと思う」
「え、……ほんとに、いやだ……。真面目な話をしてるのにそうやって茶化すのは良くないと思うの」
「俺だって真面目な話をしてるつもりだけどな」

 白夜くんは唇の端を持ち上げて、赤くなる私を見ては笑みを浮かべた。
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