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真実と終わる恋

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「明日から冬休みだねー。神社の仕事は忙しくなるばっかりだけど、それ以外はこのところ妙に平和だよね。美鈴もあれからおかしなこと起きてないんでしょー?」

 下駄箱を出て校門へ向かう途中、彩斗美は感慨深げにそう口にする。

 あれからというのは、白夜くんと安哉くんが話し合いをしたあの日からだろう。彩斗美には前世にまつわることは全て話した。しかし、二人の話し合いがどのようなものだったかまでは私も知らない。

「そうなの。不思議なぐらい何もないの」

 彩斗美の言うように、二人が話し合いの場を設けた日から本当に平和だ。前と変わらない平凡な日々が続いている。
 だけど、心残りはある。白夜くんが詳しく話してくれないのはなぜなのか。それは奇子さんが現れないことと関係しているのか。思い悩む日もまた同時に続いている。

「ほら、やっぱり堀内白夜の呪いだったんじゃない?」

 彩斗美は急にそんなことを口走る。白夜くんはいまだに学校の中では浮いた存在で、彼のことを軽口で話題にするのは彩斗美ぐらいだろう。

「そう、かな……」
「そうだよー。考えてみたら、白夜くんと関わるようになってから変なことが起きるようになったでしょ? 視聴覚室の見回りもなくなったし、白夜くんのアルバイトもやめたんでしょ? それからずっと平和だよね」
「……でも呪いなんて」
「ああいう男は秘密主義者って感じで何考えてるかわかりにくいし、やっぱり関わらない方が良かったんだって」
「うん……」
「まあ……、橘白夜は白夜くんの前世で、安哉くんの先祖だってわかっただけでも良かったよね。前世のこと、もう忘れようよ、美鈴。調べてみようなんて私も言ったけど、今の美鈴見てると、今のままで大丈夫な気がするよ」
「何か重要なことを知らない気はしてるの」

 私と白夜くん、そして安哉くんは千年前も同じ時間を生きていた。三人の最期の顛末を私は知らない。
 白夜くんは私に、「解決したら会いに行く」とだけ言って私をアルバイトから解雇した。
 その後、白夜くんに廊下ですれ違うことはあっても、話をする機会がないまま、冬休みを迎えようとしている。

「知らなくていいことなのかも。だから白夜くんと安哉くんが話さないなら、無理に知ろうとしなくていいと思うな。安哉くんはともかく、白夜くんにそんな優しさがあるとは思えないけど」
「教えてくれないことが優しさなら、尚更知らなきゃいけない気もして……」
「美鈴はもう白夜くんと関わらないこと。それで解決なんだって」
「そのことなんだけど……」

 私の気持ちは彩斗美にまだ話していない。この様子だと、話しても反対されそうだ。

「ほらほら、この話はもう終わり。明日から神社のアルバイト頑張ってもらわなきゃいけないんだから、あんまり悩まないの。美鈴目当ての参拝客が多いんだから、覚悟してよー」
「あ、うん。冬休みいっぱいでアルバイトは終わりだけど頑張るね」
「うちの神社としては痛手だけど仕方ないね。でもびっくりしちゃった。美鈴が大学受験するなんて言うから。呼結大学なら受験勉強なんてしなくても受かるのに」
「うん……、悩んだけど、私もそれがいい気がして」
「私も? 誰かからアドバイスされたの?」

 相変わらず彩斗美は敏感に反応する。

「安哉くん……じゃないよね。安哉くんは呼結大学行くよね」
「違うの。私が悩んで決めたことなの」

 言い直すけれど、彩斗美は「ふーん」と疑り深い目をする。しかし、いつものようにそれ以上は踏み込んでこない。

「そう言えば、クリスマスはデートなの?」

 また彩斗美は唐突に言う。

「えっ……」
「だって大晦日も三が日もアルバイトに来るって言いながら、クリスマスだけは休みたいなんて、何かあるって言ってるようなものだよ?」
「……あ、予定は……ないの。でももしかしたら予定が入るかもしれなくて」
「何それー? デートの誘い待ち?」
「そんなんじゃ……」
「あっ、安哉くんでしょ? それとも……、まさか夜桜さんっ?」

 真っ赤になる私に彩斗美は詰め寄ってくる。視線をそらすと、下駄箱の方から一人の青年が飛び出てくるのが見えた。
 慌てている様子の彼は、辺りをきょろきょろと見回し、私たちに視線を止めると走り出す。こちらに向かって一直線に駆けてくる彼は、安哉くんだ。

「美鈴っ」

 安哉くんは少し離れたところから私の名を呼ぶ。

「わぁー、早速来たよ、美鈴。私、先に帰るね」
「待って、彩斗美っ。いいの、安哉くんとは一緒に帰らないから。ちょっとだけ待ってて。ごめんね」
「えー、そうなの? どうなってるのよ、美鈴たちは」

 彩斗美が呆れ顔をした時、安哉くんは私にたどり着き、肩で大きく息をしながら言う。

「大事な話があるんだ。ちょっと付き合ってくれないか」
「……少しだけなら」

 おずおずと私が答えると、彼は気まずそうな笑みを見せて、「長くはならないよ」と言って歩き出す。
 私はもう一度彩斗美に「ここで待ってて」と小声で言うと、安哉くんの背中を追いかけた。

 二つの校舎を隔てる中庭にたどり着くと、安哉くんは歩を緩めて立ち止まる。少し離れて歩く私もまた、彼と一定の距離を保ったまま足を止めた。

「白夜と、何か話した?」

 安哉くんは私を振り返ると、困り顔でそう切り出す。

「何も聞いてないの。あれから、白夜くんだけじゃなくて、一真とも話してなくて」

 私が首を横に振るのを見て、安哉くんは安堵のような表情で、しかし複雑そうに眉を寄せて笑む。

「白夜って何考えてるか全然わからないけどさ、結構真面目なやつだと思うよ」
「……そうね。私もそう思うわ。信用できる人よね」
「だから俺、白夜に託すことにした」

 唐突に何?と安哉くんを見つめる私の前へ彼は進み出て、鞄から取り出した長方形の桐の小箱を私に差し出す。

「これは橘白夜が初代橘安哉に託して、ある女性に渡そうとしたものなんだ」
「ある、女性……?」

 私の問いかけに、安哉くんは静かに頷く。

「ほら、前に話さなかったかな。呼結神社の巫女だった、斎宮奇子って女性のこと」
「橘白夜が奇子さんに渡そうとしたものなの?」

 心が急激にざわつく。
 私の中にまだ奇子さんはいて、穏やかでいた彼女の心が大きな波を立て始めている。私はそれをはっきりと感じる。
 まだ何も終わっていない。知らなきゃいけないことが私にはあるのだ。

「そう。橘白夜の願い、初代橘安哉はそれを聞いてやれずに今までずっと来た。それは彼の罪で、橘安哉である俺がその約束を果たす時が今、来たんだって思ってる」
「どうしてこれを私に?」
「美鈴から白夜に渡してくれないかな。どうも白夜は苦手でさ、あいつを前にしたら渡したくなくなって、意地悪するといけないから」
「白夜くんはこのこと知ってるの?」
「もちろん。白夜が半ば脅迫してきたんだ、寄越せって。それ、橘家の家宝の一つだからさ。両親説得するの大変だったんだよ」

 私はあっけに取られる。白夜くんの傲慢さは健在だ。それに付き合う安哉くんの苦悩は幾ばくか。

「……安哉くんは優しいのね」
「そうでもないよ。本来なら千年前に渡してたはずなんだから。それに……」
「なに? まだ何かあるの?」

 不安になる。安哉くんはちょっと気まずそうにまぶたを伏せながらも、意を決したように深呼吸して話し始める。

「美鈴には迷惑かけるよ。両親は納得しないからさ、ちょっとだけ手荒な発言した」
「どういうこと?」
「美鈴とは結婚したくない」
「え……」
「結婚相手は自分で探すからしきたりなんてやめてくれって、両親には話した。両親は美鈴に問題があるんだなんて勝手に誤解したかもしれない。河北家に迷惑がかかるようなことがあれば、俺が出るから」
「安哉くん……、自分が何をしたかわかってるの?」
「美鈴とは婚約解消だよ。今まで通り、幼馴染みとして仲良くやっていこう」

 そう言った安哉くんは清々しいぐらい爽やかな笑顔を見せる。
 何か吹っ切れたような表情を彼にさせたのは、白夜くんなのだろうか。白夜くんは偉大で、私に幸福をくれる。

「……本当に……?」

 声が震える。解放感とは違うと思う。それでも力の抜ける思いが、私に涙を流させる。

「なんだよ。嬉しいくせに泣いたりして。抱きしめたくなるからもう行って。あとは白夜に任せれば大丈夫だよ、美鈴」
「……ありがとう、安哉くん。必ず、必ずこれは白夜くんに渡すね」

 私は桐の小箱を抱きしめる。奇子さんが早く中を開けてって、触れたいって言っている。私が白夜くんに会いたいのと同じぐらいの気持ちで叫んでいる。
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