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第一話 七下の雨
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しおりを挟む昼過ぎに、有村くんはひとりで切り絵体験コーナーへやってきた。友だちも誘ってみたが、興味がないと断られてしまったらしい。それでも彼は意欲的で、見本の風鈴を見るやいなや、「こういうのが欲しかったんだ」と目を輝かせた。
「画用紙の色はどうしますか?」
「何色があるの?」
「青に赤、緑や紫といろいろありますよ」
色画用紙をいくつか広げてみせると、有村くんはそれらをじっと見つめて考え込む。
風鈴と言えばこの色、お母さんの好きな色、自分の好きな色、窓辺に合う色……さまざまな色を想像しているのかもしれない。そんな様子をほほえましく見つめていると、ビニール袋をさげた朝晴がやってくる。
「有村くんも来てたのか。昼は食べたか?」
「うん、さっき友だちと」
「そうか。八坂さんはどうです? たこ焼きやのおじさんが八坂さんにもって」
朝晴がビニール袋を持ち上げて見せる。たこ焼きのいい香りがふわっと広がる。
「わざわざ持ってきてくださったんですか? ありがとうございます。さっきまで女の子たちがたくさん体験に来てくれてたので、お昼はまだなんです」
「じゃあ、あとで一緒に食べましょう。有村くんはこれから作るのか?」
朝晴はパイプ椅子に腰かけると、有村くんの手もとをのぞき込む。彼はほんの少し居心地悪そうにしたが、青の色画用紙を指差す。
「青がいいけど、青はこの色だけですか?」
「それでしたら、露草に縹、あとは水色に近い空色とありますよ」
未央はそう言って、寒色の色画用紙の中からいくつか選び取る。
「青にもいろんな色があるんだなぁ。俺は縹色がいいかな」
「先生は黙っててよ」
有村くんは唇をとがらせて不満を漏らしつつ、縹色と空色を何度か見比べたあと、空色を持ち上げた。
「これにします」
「清涼感があっていいですね」
「いいかな?」
「とっても。窓際に飾ると、光を透過して優しい雰囲気になると思いますよ」
窓辺で揺れる風鈴を想像したのだろうか、有村くんは満足そうに笑む。思慮深くて真面目な子なのだろう。
「カッターで手を切らないように注意してくださいね」
行儀良くパイプ椅子に座って準備を待つ有村くんに、型紙と鉛筆、デザインナイフを渡す。
「鉛筆で下書きしないで作る方法もあるんですけど、今日は初めてなので、ガイドラインを引いて作りましょう」
色画用紙の上に、鈴の型紙を乗せてあげる。
「まずは型紙に合わせて、鈴と短冊両方の下書きをしてくださいね」
「下書きしたら、カッターで切り抜くだけ?」
「そうですよ。難しくないですし、ゆっくりでいいですよ」
「井沢先生がいると緊張するな」
有村くんはちらりと朝晴を見やり、深呼吸すると鉛筆を手に取る。
「有村くんは工作得意だろう」
「そういう話じゃないから。あっ、線が曲がっちゃった。先生は黙っててって」
手もとをのぞき込む朝晴とじゃれ合うような有村くんがかわいらしくて笑ってしまう。
「生徒さんに慕われてるんですね」
「だといいですけどね」
朝晴が苦笑いすると、下書きをしながら有村くんが言う。
「みんな言ってるよ。井沢先生は先生らしくないから面白いって」
「それって、好かれてる?」
くすくす笑う朝晴は、やっぱり誰が見ても先生らしくないのだろう。けれど、生き生きと話す有村くんを見ていると、そういうところが生徒の本来の姿を引き出す力にもなっているのかもしれないと思う。
「先生らしくないは褒め言葉」
「それじゃあ、ありがたく受け取っておこう」
有村くんは無言でうなずいて、慎重に線を引いていく。熱心に取り組む姿を、朝晴も無言で見守る。
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