50 / 58
愛するがゆえに
5
しおりを挟む
*
ベリルのベッドで目覚める朝は何日ぶりだろう。
赤い部屋はベリルの王宮のものとほぼ変わりはないが、セオやサンがいない王宮はやはり色褪せて見える。
インカの王宮は甘ったるい匂いがした。首の痛みは良くなっていたが、どこか気だるく感じるのは匂いのせいかもしれない。
「母上がマリンに会いたいそうです。一人で行けますか?」
ベリルにそう言われ、ベッドから上体を起こしたばかりの真凛は背筋を伸ばす。
愛するセオの母親だ。いつか会わなければならないと思っていたし、会うことに迷いはないが、無意識に身体は強張るようだった。
「行くわ。私がそう望んだんだもの」
気丈に言えば、ベリルもそっと微笑む。
「そうですね。最初から話し合うべきだったかもしれません。話が通じない相手だと決めていたのは私たちの方かもしれませんね」
ベリルが扉を開く。その先にはどこまでも赤いじゅうたんが伸びている。廊下へ歩み出て、真凛はふと振り返る。
「どうかされましたか?」
案じるベリルを見上げ、真凛は祈りを込めて言う。
「この件が済んだら、一緒に王宮へ戻りましょう? サンもベリル王子に会いたがってるわ」
インカは美しかった。白い肌にかかる燃え盛る真っ赤な髪と同色の強さを秘めた瞳。この世に二人といない美女と言わしめた母の藍を凌ぐ美貌の持ち主。
そこにセオの面影を見つけて気がゆるむ。インカは真凛の警戒心が弱まるのを感じ取ったのか、魅惑的な笑みを浮かべて近づいてくる。
「ようやく来たか。ほう、タンザにもアイにも似ておらぬな。しかしその美貌は我の息子をたぶらかすものであるか」
インカはじろじろと真凛を眺めながら周囲を回る。
「……はじめまして、なんですね」
「ああ、タンザの可愛がりようは異常でな。そなたを我の目に触れさせることは一切なかった」
「父のことは何も知りません」
「我もタンザには興味ない」
愚かな王よ、とインカはつぶやき、真凛の背後で足を止めると、耳に口を寄せてくる。
「我の願いを聞いてくれるか?」
甘い吐息に全身がぶるりと震える。インカの計画に乗ってみるというベリルの意見に賛成したものの、その甘えるような声音は計画が何だかわからない真凛の恐怖心をあおる。
「セオはそなたを愛しておる。真実を知れば、いずれ王妃にと臨むであろう」
「王妃……? 真実って……」
振り返った先で、インカの赤い瞳が愉快げに下がる。
「ギルの支配する時代はアウイの死によって終わる。新たな時代を担う王はセオこそがふさわしい」
真凛は眉をひそめる。
「わからぬか? 欲しいものは待っているだけでは手に入らぬ。そなたでなければ、セオを王にすることはできぬのだ」
インカはそう言うと、右の耳たぶに下がる大きなイヤリングを外し、真凛の手のひらに落とす。それは丸いガラスの中に透明な液体の入ったデザインの、美しいイヤリングだった。
ベリルのベッドで目覚める朝は何日ぶりだろう。
赤い部屋はベリルの王宮のものとほぼ変わりはないが、セオやサンがいない王宮はやはり色褪せて見える。
インカの王宮は甘ったるい匂いがした。首の痛みは良くなっていたが、どこか気だるく感じるのは匂いのせいかもしれない。
「母上がマリンに会いたいそうです。一人で行けますか?」
ベリルにそう言われ、ベッドから上体を起こしたばかりの真凛は背筋を伸ばす。
愛するセオの母親だ。いつか会わなければならないと思っていたし、会うことに迷いはないが、無意識に身体は強張るようだった。
「行くわ。私がそう望んだんだもの」
気丈に言えば、ベリルもそっと微笑む。
「そうですね。最初から話し合うべきだったかもしれません。話が通じない相手だと決めていたのは私たちの方かもしれませんね」
ベリルが扉を開く。その先にはどこまでも赤いじゅうたんが伸びている。廊下へ歩み出て、真凛はふと振り返る。
「どうかされましたか?」
案じるベリルを見上げ、真凛は祈りを込めて言う。
「この件が済んだら、一緒に王宮へ戻りましょう? サンもベリル王子に会いたがってるわ」
インカは美しかった。白い肌にかかる燃え盛る真っ赤な髪と同色の強さを秘めた瞳。この世に二人といない美女と言わしめた母の藍を凌ぐ美貌の持ち主。
そこにセオの面影を見つけて気がゆるむ。インカは真凛の警戒心が弱まるのを感じ取ったのか、魅惑的な笑みを浮かべて近づいてくる。
「ようやく来たか。ほう、タンザにもアイにも似ておらぬな。しかしその美貌は我の息子をたぶらかすものであるか」
インカはじろじろと真凛を眺めながら周囲を回る。
「……はじめまして、なんですね」
「ああ、タンザの可愛がりようは異常でな。そなたを我の目に触れさせることは一切なかった」
「父のことは何も知りません」
「我もタンザには興味ない」
愚かな王よ、とインカはつぶやき、真凛の背後で足を止めると、耳に口を寄せてくる。
「我の願いを聞いてくれるか?」
甘い吐息に全身がぶるりと震える。インカの計画に乗ってみるというベリルの意見に賛成したものの、その甘えるような声音は計画が何だかわからない真凛の恐怖心をあおる。
「セオはそなたを愛しておる。真実を知れば、いずれ王妃にと臨むであろう」
「王妃……? 真実って……」
振り返った先で、インカの赤い瞳が愉快げに下がる。
「ギルの支配する時代はアウイの死によって終わる。新たな時代を担う王はセオこそがふさわしい」
真凛は眉をひそめる。
「わからぬか? 欲しいものは待っているだけでは手に入らぬ。そなたでなければ、セオを王にすることはできぬのだ」
インカはそう言うと、右の耳たぶに下がる大きなイヤリングを外し、真凛の手のひらに落とす。それは丸いガラスの中に透明な液体の入ったデザインの、美しいイヤリングだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる